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残党 その3

 俺は背中に手を回した。矢は刺さってない。自分の鎧と背負袋以外は何も触れなかった。なんとか背中を見ようと体をひねり、足の横の地面に太くて短いいしゆみの矢が落ちているのを見つけた。やじりの石は割れていて、残った石の一部が軸の切れ目に挟まったままだった。血が付いていた。石が血を吸ってもう乾いていた。その矢は地面の石の上を転がって風に吹かれて足元から離れていく。俺に拾われたくなくて逃げていくようだ。

 違和感のあった背中の背負袋の下を手で探ると小さい痛みが走った。大したことのない、岩やいばらで切ってしまったような小さい痛みだ。

 毒を吸い出したり洗うのは無理だ。傷が浅いことを期待して走るしかない。

 俺はなんとか足を前に出そうとするが、立坑たてこうの底からの全力疾走は俺から一時的な力を全部奪っていた。走るどころか普通の早さで歩くこともできない。はっはっはっと必死に息を吸うだけで精一杯だ。休憩を取らないと動けない。そして砂埃すなぼこりが気管に入ってむせてしまった。膝が笑っている。俺は両手を膝に付けて背中を丸めながら地面に向かって咳をした。

 そして上体を起こすと俺は背後を振り返った。

 追ってきている2人はすぐに見えた。足に目立つ黒いブーツを履いている。服の下に武器を隠したスタイルで、マントの前をぴっちり閉じて両手をその中に隠している。暗殺者集団といった雰囲気すらあった。そしてその後ろには波打った岩のしわの景色が続いていて、ほんのちょっと離れただけのはずが集落の穴は見えなくなっていた。何より他の人間が見えなかった。見張り台のような岩は同じ場所にあり、遠くには二つに割れた岩塊も見える。水平線よりちょっと上に向かっての視界はそれほど悪くないのに、その下はでこぼこしてどこに何があるのか、何人が潜んで接近しているのかまるで分からない。この視界のどこかに集落へと続く抜け穴があるはずだが、まるで見当がつかなかった。

 剣を振るどころの体力じゃない。しかしこういうときは前に出た方が生き残れる。それだけは俺も知っている。

 俺は両手剣を抜いた。先端3分の1には血が付いていた。血を払ってなかったからもうべったべただ。疲れて息も整わないが、俺は2人を待つのではなく前に出た。

「どっちが先だ?」俺は言った。

 女2人はマントから手も出さない。

 俺は足を前に出した。この土地の地面は固い岩なので、歩くのがとにかくしんどい。この3日間で膝に疲労が溜まっていることをいまさらながら実感した。

 足に衝撃を受けて俺はつんのめった。右のふくらはぎを後ろからたれたというのは感覚的に分かった。手をそっちに伸ばすと男のでかい指のような矢ががっつり刺さっている。俺はその矢を掴んだ。毒が塗られているんだからすぐに抜いた方がいいと咄嗟に判断して、一気に抜いた。足の筋肉がもっていかれるぶちぶちという感覚が中の骨に反響のように伝わってきた。

 あ、駄目だ。俺はここまでだ。俺は思った。

 全身から力が抜けるのをふんばり、最後まで歯を食い縛った。俺は素直に降参するような諦めのいい男ではない。「くそっ」とりあえず首と顔を腕で守った。

 そうやって次の矢を覚悟しているうちに、俺は気を失った。毒で死ぬと思った俺は、最後には泣きべそになっていた。


 俺が12歳のときに軍隊が俺の村にやってきた。徴兵は、この村から男を1人差し出せというもので、追加の2人目以上については1人につき金貨1枚を報酬に出すというオマケもついた。俺は最初の1人で、俺の村は追加を出さなかった。村全体で誰を差し出すかという話になったときに、割とすんなりとニツハでいいだろうと全員一致で決まってしまった。

 俺はまあまあショックだった。別に村一番の働き者ではなかったが、みんなと仲良くやってる普通の一員だと思っていたからだ。誰か1人差し出すなら俺、要らないのは俺、そんなのが合意できてるとはそのときまで気づかなかった。

 軍隊でも割とすんなり溶け込んだと思う。別にどこでも同じだ。軍隊の働き者ではなかったが、みんなと一緒に隊を作り、横に並んで槍を持って盾を構えた、普通の一兵卒だった。

 戦争が終わっても村に帰る気になれなかった。それでそのまま傭兵になった。いまさら帰りたいとは思わない。歓迎されるとも思えない。……まあ、どこかの誰かの大事な一人息子の身代わりに出征してくれたありがたい存在なのかもしれないけど。

 そして引退して冒険者になった。相変わらず将来がどうなるかまったく希望は持てなかった。

 男が全員徴兵されて女だけになってしまった村というものに、俺は同情しているわけでも逆恨みしているわけでもない。そういう説明のためにこんな話をしているわけではない。ただ、人の命は軽いということを理解してもらうためにこんな話をしている。俺の命も軽いが、集落の人間の命も、男も女も等しく軽い。死ぬときは死ぬ。生きるためには立ち止まってはいけない。


 気がつくと真っ暗で、両手両足を縛られていた。


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