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状況は悪化するも希望はまだある

 倒れているチトは俯せのまま俺を見た。火傷の跡がぐにゃりと歪んで見えた。俺は穴に近づいた。

 正面左右の銃眼が目に入ると頭を下げた。これで向こうからは兜しか見えないはずだ。

「いい度胸だ! もう少しねばってみろ! 噂を聞いてすぐに人が押し寄せてくるぞ!」俺は離れた位置から穴の中に響くように声を張り上げた。口の横に手を添えた。「有り金と女を1人差し出せ! そうすれば残りは見逃してやる!」

 俺の声が立坑たてこうの中に響いて底から返ってきた。ぐわんぐわんとでかい声だった。

 ギリツグとキュビュドが離れた場所から立ち止まって俺を見ていた。移動を再開してチトのいる窪みに合流する。俺はそちらに戻らず戦場の兵士のように地面に伏せた。砂の音をザリザリと鳴らしながら前進し、穴の中を覗き込んだ。

 右奥の隅にいたクミャリョが俺を見上げていた。様子に変化はないが、尻をついて丸くなっている。鎖帷子と兜のせいで部屋の隅っこにまとめられた荷物のようだ。こっちを見る目だけがギョロっと合った。そこから視線を通路沿いに動かすと、通路のほぼ真ん中でヒャギオガが伏せている。足に刺さった矢は抜いていなかった。赤い点が遠くからでも見える。

 俺が見ている中で、次の矢が放たれた。音は手前。右側の、ヒャギオガを一番狙いやすい壕からの狙撃だった。

 通路で伏せているヒャギオガが獲れたての魚のように跳ねた。「うぎゃっ」と、ふざけているような声が聞こえた。覚悟していても矢を受けると変な声が出るものだ。俺は戦場で見て知っていた。

 四辺に配置された銃眼じゅうがん付きの壕は通路の人間を上から狙い打ちするのに丁度いい。真ん中で伏せているヒャギオガはいいまとだった。

 俺は伏せた状態で口に手を当てて立坑に向かって叫んだ。「そいつをいたぶっても無駄だぞ! 俺達は容赦しない! さっきお前らが背中を打った奴もピンピンしている。そんなしょぼい矢で俺達を殺せるかよ!」その声も響いた。じっと待ったが反応はない。小石が転がる音すら聞こえない。

「そうだ!」クミャリョの怒声どせいが底から湧き上がってきた。「簡単に死ねると思うなよ、メスども!」

「そうだ!」俺も応えた。「殺してくださいとお前らは泣いて謝る!」言ったあと、テンションがおかしくなって俺は自分でもびっくりするくらいの大声で、「ぎゃははは!」と笑ってしまった。腹の底からおかしくて、笑いを抑えられなかった。笑っている自分が笑えてしまって、そこからさらに「ぎゃはははは」と声が出た。

 しばらく笑って疲れて息が続かなくなってやっと落ち着いた。「ふー、ぷ。くくく……」とまた笑いそうになる。これじゃ狂人だよと自分でも思うのだけど、それがまた面白くなってしまった。

 疲れた俺は立坑に声を響かせた。「あー、以上だ。首を洗って待ってろ」

 地面に伏せた状態でまたザリザリと音を立て、なんとか後ろに下がった。死角まで戻ってから立ち上がり振り返った。ギリツグとキュビュドもチトを囲んで立っていて、ガ・シュノナと一緒に俺を見ていた。いつのまにかチトは仰向けになっていた。

「あー、すまん。なんかおかしくなってきてさ。狂ったわけじゃないから安心してくれ」俺は変な言い訳をした。別に3人が俺を見る目は正気を疑っていたわけではなかった。日常にもたまにあるが、急に人がキャラと違うことをやったのでびっくりするというあれだ。

「まあ、それは別にいい。それより毒が塗ってあった」ガ・シュノナが言った。

 横になったチトが変な色になっていた。ここの岩のような薄黄色だ。呼吸が浅く、はっはっはっと短いタイミングで息を吸っている。額に汗が出ていた。この乾燥した地域ではほとんどかくことがなかったのに。

 一目で助からないと分かった。

 俺ははっとなって顔の前に手を上げた。チトから抜いた短い矢を俺はずっと握りしめていた。立坑に匍匐前進したときにも持ったままだったのだ。

 矢の長さは広げた手の指から指までくらい、約20センチ。太さは親指くらいある。やじりは石だった。鏃の石が血を吸って赤黒くなっている。この辺りの吸水性の高い石を使っていた。矢そのものは木製で、矢羽やばねも木の板を組み合わせた小さいものだった。

 俺が不思議そうに見ていたせいだろう。ガ・シュノナが質問する前に教えてくれた。「暗殺者がよく使う小型のいしゆみだ」

「毒の種類は分かるか?」見たことない症状だ。

「分からねえ」ガ・シュノナは一同を見回した。他のメンツも知らないという顔をしている。

「くそっ。頑張れ。気合いがあれば毒は克服できる」俺はチトを励ました。これは嘘ではない。

 チトはしんどそうに息をしながら、聞こえたのか聞こえなかったのか、俺の方を見た。その目には力があり、簡単にくたばりそうにはなかった。

 深呼吸して自分の気持ちを落ち着かせた。

 立坑の通路で倒れたままのヒャギオガの姿を思い出した。悲鳴を上げたので息はあったが、あれはもう動けなかったに違いない。クミャリョも毒を見ているから下手に動けないんだ。

 いい手が思いつかず、苦しむチトを見ながら考えていると、キュビュドが声を出した。

「俺が上からロープで飛び降りるぜ。長さを調整すればすぽっと入れる」


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