襲撃 その4
俺は直感的に中の奴に見られたと思った。しかし皆に見つかったとは伝えずに黙ってその先の窪みへ身を潜らせた。岩盤の波の、波頭と波頭の間だ。頭を下げると穴は見えなくなった。
「お」後ろから来たガ・シュノナも乗り越えるときに気づいた。焦る様子もなくゆっくり坂を下りてきた。「見えたな」
ああと俺は返事をした。チトも乗り越えてきて、やはりそのときに穴に気づいた様子だった。
もうちょっと近づきたい。贅沢は言わないが美人がいるか確かめたい。
姿勢を低くしていると穴は見えないがクミャリョたちはよく見えた。彼の顔に緊張があった。穴に気づいたし、その側面に掘られた壕のような矢倉にも気づいたようだ。両手を上げ降参のポーズを取ろうか迷って、中途半端に手を上げている。その後ろにはヒャギオガが立っていた。斜め下に視線を向けている。彼の方は分かりやすく固まっていた。クミャリョがそんな彼を後ろに置いて前へゆっくり歩いていく。長剣を腰に下げ、鎖帷子に籠手と脛当て、それに兜。がしゃがしゃという音が俺の耳にまで聞こえた。
両手をゆっくりと肩の上まで上げた。まだ無言のままだった。射つなとか怪しい者ではないとも言わない。ただゆっくりと歩いていく。
離れすぎたヒャギオガがじりじりと距離を一定に保って後に続いて歩き始めた。
一歩一歩に時間がかかったが、クミャリョは何事もなく無事に穴の縁まで辿り着いた。俺たちもクミャリョの移動に合わせて窪みから窪みへと上がっては下りを繰り返して近付いた。襲撃というより狩りでもやってる気分だ。
立坑の側面に掘られた弓兵の控室のような部屋だが、近づくと別の銃眼が目についた。人が屈んで入れるくらいの高さの出入口があり、そこから銃眼へと横に入っていく構造になっているのが見て分かる。そして見える範囲が広がり、似たような壕が横に並んでいるのも見えた。
まあ、全周に作ってあるだろう。うまい防御機構だ。
下りる階段はどこに作ってあるのだろうと思ったが、見える範囲には見つからなかった。見えているのは全周のほんの一部なので仕方ない。
頭を上に出して様子を見る。クミャリョと穴の様子が視界に入るが、これは壕で監視している人間にも俺が丸見えだということだ。今更気がついてない可能性はないので開き直るしかない。
クミャリョは穴の縁から俺達のいる側に回り込んできた。視線がそのあたりの一点を向いていた。そのあたりに階段があるんだろう。
ガ・シュノナが呟く。「嫌な感じだ」
俺も同感だった。
交流や交易がある集落はそもそも俺達以外の人の出入りがある。こんな風に周囲を見回しても誰もいないということはなかった。よそ者に厳しい集落では穴に近づく前に、「お前は誰だ、何をしに来た?」と感じ悪い対応があった。こんな風に穴の近くまで誰の姿も無い集落は初めてだ。
「もぬけのからってことはあると思うか?」俺はガ・シュノナをちらっと見た。「俺は人の気配を感じるんだが」
「俺もだ」ガ・シュノナの返事は力強い。「誰かに先を越された気配もねえ。待ち伏せされてる気分だ」
「待ち伏せてるのはこっちなのにな」
「まったくだ」
もし待ち伏せされているなら、その空気を一番感じられるのはクミャリョのはずだった。
そのクミャリョは斜め下を見ながら歩いている。穴も階段も俺からは見えない。しかし遂に彼は剣を抜き、抜いた剣を顔の前に構えながら歩き始めた。
俺は息を飲んだ。抜き身の剣を構えながら歩くということは臨戦態勢ということだ。集落訪問ではなくダンジョン探索になっていた。
俺達にほとんど背中を向けて、クミャリョの視線が真下を向いた。そして一歩踏み出すと、彼の頭が階段の段差1段分低くなった。
「俺達が隠れている意味あるか? 合流した方がいいんじゃないか?」俺はガ・シュノナと、その後ろで無表情のまま姿勢を低くしているチトに言った。
「待ってろ。だったら合図してくる。ギリギリまで様子を見るつもりだろう」
「どうしてヒャギオガを先に行かせないんだ?」チトが不思議そうに言った。
「あいつは男には優しいんだよ」俺は言った。
「ふーん」変な奴と口にこそ言わなかったが、チトは言ったも同然だった。
クミャリョの姿が下に消えていった。階段はどうやら俺達の手前側にあって右方向——上から見ると反時計回り——に付いているようだった。彼の姿がそっちに向かって沈んでいったからだ。
距離を置いてビビりながら後に続いていたヒャギオガも剣を抜いていた。盾を穴に向けて俺達に背中を向けていた。穴の底をちらっと覗き込んだ。それから一歩踏み出した。クミャリョと同じように頭がとんと下がった。
俺だったら、一緒に下りるか、クミャリョが階段を下りきるまで上で待つかの二択だと思うが、ヒャギオガは中途半端に最悪な選択をした。
俺は言った。「あの階段まで行くぞ」そして窪みから身を出して前進した。反対側にいたキュビュドも姿を現した。




