襲撃 その3
がしゃがしゃと鎧が音を立てる。
俺はバキバキになっているチンポがズボン越しに鎖帷子に擦れて前屈みになった。先走っているのがダサいのでバレたくはないが、制御が全然効かない。なんとか位置を変えて痛くならないようにする。体は正直だ。
先頭に立って歩いていくのはクミャリョとヒャギオガだ。
クミャリョはジテとやりあったときの装備から変わっていなかった。盾なしの長剣のみ。鎖帷子と籠手に脛当て。膝当ても装備している。鋲を打った半球型の兜を被っていた。今は兜の下に布を被って目に入る砂を防いでいる。歩く様子は軽快で疲れてはいないようだ。
ヒャギオガはその横をつまらなそうに歩いている。盾と長剣は背中に背負ったままだった。ツバ広の兜がぐらぐら揺れている。
身長差が10センチ以上あるので後ろから見るとコミカルで微笑ましい。
その後ろ、リーダーに先導される集団といった風体で残りが続いた。俺とチト、ガ・シュノナがいて、その後ろにギリツグとキュビュドがいた。
後ろから2人の会話が聞こえた。
「楽しみだな」
「うん。そうだね」
「お前、行けって言ったら村の男は片っ端から斬っていけよ。俺が背中は守るからな」
「分かった」ギリツグが渋い声で言う。
俺は横にいるチトに、「キュビュドはギリツグ相手には普通に喋るなあ」と言ってみた。
「そうですね」
「チト君はどうなの? 略奪の経験は? 前も聞いたか?」
「ええ。略奪は経験ないです」
「そうだったな」
坂を緩やかに下り、見晴らしがますます悪くなった。凹凸が視界を邪魔するようになってちょっと先でも地面の陰になって見えなくなった。大時化の海面に浮かんでいるような気分だ。地面の岩盤が風と水で削れて尾根と谷のミニチュアのようになっている。そんな中で転がっている巨石が目印になった。数分前とは形が変わって、今は犬の耳のように見える見張り台の岩がこっちを見下ろしていた。
辺りは静かだ。何の音も聞こえない。自分の足音だけが聞こえた。フル装備で3日も岩の上を歩いていたら誰でも足が棒になる。俺はくいっと膝を曲げた。ポキっと音が聞こえた。
先頭のクミャリョが足を止めた。隠れるようにしゃがむと兜を脱いだ。
「どうした?」ガ・シュノナも足を止めた。
「マスクを取る」クミャリョは言って頭に被っていた布切れを取ってポケットに入れ、兜を被り直した。「これでいい」
俺は指を引っかけて顔の布をぐいっと下ろした。視界がクリアになって石の輪郭もよく見えた。風が吹いてまた目が痛くなったので俺はすぐにマスクを戻した。俺は外さないことにした。まあ、兜を脱がなくても外せるし。
クミャリョは兜の紐を結び直すと、立ち上がらずに首を伸ばして周囲を見た。「まだ見えないな。ギリツグ、何か見えるか?」
「あっちの方」ギリツグは見張り台だと思っていた岩から左の方向を指した。「空気が揺れてる」
クミャリョが立ち上がった。しばらく身動きしなかった。
俺もそっちを見た。再び布を下ろして目をこらす。クミャリョが声を出す前に俺にも見えた。陽炎とは違う揺れが見える。岩の輪郭がゆらゆらと歪んで見える空気の流れが上昇していた。水が湧いている泉のようだ。地下は地上より湿度が高くて温度も低いから上昇気流が揺れて見えても不思議はなかった。
「あそこだな」クミャリョの声は弾んでいた。
穴そのものは見えない。おかしな空気の揺れまでの距離は100メートルちょいといったところだ。
俺はガ・シュノナと目を合わせた。彼は俺を見て頷いた。左から回り込むように歩き出す。チトもついてきた。
「あっちだよ」ギリツグが大きい声を出し、再びぐっと指差した。
「馬鹿、俺たちは右から回るぞ」キュビュドがギリツグの尻を叩くと——キュビュドの頭はギリツグの鳩尾あたりだ——こっちだと言って右に回って小走りを始めた。
ギリツグはキョロキョロして動けないでいた。ヒャギオガが指差してあいつについていけと言うと素直に従った。
ヒャギオガも背負っていた長剣と盾を下ろして装備し、顔のマスクを剥ぎ取った。
2人の姿はそこで見えなくなった。窪みに沿って俺たちは上昇する空気の揺れを右側に見ながら移動していった。すぐに中腰での移動は諦めて普通に立って小走りになった。正面から向かうクミャリョとヒャギオガが見えて、はっきり立っていたからだ。
「きついな、くそ」俺は愚痴った。包囲のための迂回が遠回りなのでめんどくさい。ガ・シュノナとチトは愚痴を合わせてこなかった。俺だけへばっているみたいになってしまった。
だいたいこの辺だろうという位置まで移動した。揺れる空気の柱と、堂々と近づくクミャリョがいい目印になった。足を止めて身を隠す。
波打った岩盤のあちこちに人間サイズの巨石が転がっている。凹凸による日陰が点々と黒い場所を作っていた。どれかが覗き穴のようにも見えるが区別はつかない。穴の底に家を建てることはないはずなので、もう周囲の家が見えてもいいはずだが、それらしいものは見えなかった。
あとは合図を待つだけだ。クミャリョがちょっと立ち寄った2人組を装って集落に入り最初にボスをやって合図を送る。そうしたら混乱しているうちに俺たちがなだれ込んで反撃の猶予を与えずに制圧する。お決まりのパターンだ。
旅行者っぽく歩いていればよかったのだが、ヒャギオガの方は完全に緊張していた。一点を凝視して固まっている。コケてないのが不思議なくらいだ。俺たちから見ると2人はこっちに向かって歩いていた。クミャリョは俺たちをちらっと見て、反対側もちらっと見た。その先にいる身長2メートル弱のギリツグは頭が丸見えだ。
自分の位置が離れすぎてる。もっと近づこうと俺は窪みから身を出して1つ隣の窪みに移ろうとした。そこで乗り出したときにやっと穴が見えた。手前の縁は見えないが反対側の垂直の壁が幅5メートルだけ見えた。その横壁に穴が掘られていた。銃眼の備えられた地下の矢倉だ。銃眼の横に出入口があるが中で構えている人間の姿は見えなかった。
これは理屈が説明できないのだが、俺は中にいるのが女なのではないかと思った。男に命を狙われているときのヒリついた感じが無かった。




