襲撃 その2
「ああ、そうだな」そんなことはとっくに分かっている。
チトは目を逸らさなかった。
「で?」
「堂々と全員で並んで近づいた方がいいんじゃないですかね?」チトの言葉には多くの借金取り立てをやってきた人間の自信が溢れていた。
「んー?」俺はその意味がすぐには分からず唸った。
「ただの旅人だと思わせた方がよくないスか?」
「んー」俺は考えた。
俺の経験した略奪で、目的地を包囲してから略奪したということはなかった。ちょっと乗り込んで好き放題やって、逃げる奴は逃げるに任せていた。どうしてそうしていたのかは知らない。ただそういうものだった。一方でクミャリョは1人も逃がしたくない気持ちが溢れているから、包囲することにこだわっている節があった。
まあ、クミャリョが包囲したがる理由はロクでもないものだろうけど、メリットもあるから反対するほどでもない。
俺はその通りに言った。「クミャリョは包囲したいんだろ。ジワジワやるのが好きなんだ」
「地下の川を使って逃げるんじゃないスか?」
「作戦の話はクミャリョとしてくれ」俺は話を切り上げた。俺がここでチトに何か言って、あとから『ニツハさんもこの作戦に反対してましたよ』などと告げ口されてはたまらない。
底が波打った窪地にちょこんと目印のようにある見張り台のような岩は遠目には周囲に突き出た岩塊より低い。どのように見ても穴は見つからない。しかしこれまでの集落も、指差されてあそこに集落があると言われてもまるで分からず、距離10メートルという距離でいきなり見えるというパターンは何回もあった。この地域では遠目で集落の有無は分からない。今回も実は集落はもっと横でしたというパターンの可能性も充分にあった。むしろ注目していた場所にしっかり穴があったことの方が少ない。
作戦というほどのものはクミャリョにも無いような気がする。
ガ・シュノナは水を飲んだあとは自分の装備を確認している。彼は肉厚で頑丈な長剣を腰に吊るし、背負っていた五角形の盾を左手に装備していた。盾のベルトを肘の先に結んでいる。身体には鉄環鎧を上着の上から被って、その上に胸当てもしていた。籠手も騎士のように立派なものだった。冒険者で装備しているのはガ・シュノナも含めて数人しかいない。面頬の付いた本格的な尖り兜も戦場では見ることがあっても冒険者で装備している奴は滅多にいない。髪が長いので下からもじゃもじゃと癖毛が溢れていた。足回りもブーツの上から鎧で脹脛から爪先まで覆っている。
軽装組のキュビュドとはえらい違いだ。彼は何も準備せずにシャツとズボンのまま膝の屈伸をしている。顔は砂避けでマスクをしているが、ほかは帽子を被って頭を守っているだけだった。手には何も持っていない。彼の長髪は帽子の中で後ろにまとめて流しているため、顔にかかっているのは数本の束だけだった。仇討ちで斬られたときの跡が右頬から首に向かって生々しく残っている。傷跡を見るとよくこれで助かったなと思う。
クミャリョが戻ってきた。その後ろにヒャギオガとギリツグもいる。ヒャギオガはごめんなさいがうまく言えない子供のように下を向いて頬を膨らませて、何も言わなかった。
迎える方も何も言わなかった。
「じゃあ正面から俺とヒャギオガが行く。ほかのみんなは後ろからついてきて、集落の場所が分かったら左右に回り込んでくれ。1人も逃がすなよ」
俺たちはそれぞれにうえーい、とテンションの低い返事をした。




