襲撃 その1
俺は横の蹄みたいな岩を親指で指した。「こいつに登ってみるか?」
全員がそれを見上げた。
クミャリョが言った。「登るのに時間がかかる。上がって下りたら日が暮れる。見た目ほど簡単じゃない」
そうかな。「なるほど」
「とっととやっちまおうぜ」ヒャギオガが自分の拳で自分の手のひらを叩いた。「俺とギリツグで正面から行く。お前らは回り込め」
「本当に女だけなのか確かめた方がよくないか?」ガ・シュノナがクミャリョにだけ聞こえる静かな声で言った。「男もいたら話が変わってくる」
クミャリョは顎を撫でた。
この場合の話が違ってくるというのは略奪を諦めるという意味ではなく、作戦を変えなくてはいけないという意味だ。男がいるならその中のボスを最初に袋叩きにして鎮圧する必要がある。男がいないならそんなことはしなくていい。
「女だけだ。やっちまおう」クミャリョはくいっとヒャギオガを顎で指した。「あいつの作戦にのっかろう」そして笑顔を浮かべた。「ご希望通り、2人で正面から行け。俺たちが援護する」
それを聞いたヒャギオガは、えっと言って固まってしまった。分かりやすいヘタレで思わずぷっと笑ってしまった。聞きつけた少年は俺を睨みつけた。
「すまんすまん。怖いよな。俺が行くよ」俺は立候補するように軽く手を上げた。
「怖いわけじゃねえ」
「怖いわけじゃないよな」俺は深く頷いた。
「怖くねえって言ってるだろ」
「怖くないって言ってるな」もう一度頷いた。
「なんだこの野郎……」ヒャギオガが拳を握った。殴りかかろうという態度だが、これでキレる奴だったらもう殴りかかっている。こいつは殴る態度だけしてギリツグかクミャリョに止めてもらうのを待ってる。
案の定、クミャリョが間に入った。「どうするんだ? 正面から行けるなら自分の口で言ってくれないか? 『俺が正面から行く』って。さっきみたいに」
ヒャギオガは拳を握り、歯を食い縛ったまま動けなくなった。ガ・シュノナも、“痙攣”のキュビュドも彼がどう出るかを見守っている。チトが人を見る目は冷たい。この状況で、『行けません。代わりにニツハさんお願いします』などと言える奴を俺は見たことがない。てっきり退路を絶たれた彼が覚悟を決める展開を予想した。しかしヒャギオガはその予想を越えてきた。
「言うわけねえだろ。そんな手に乗せられるかよ。俺は騙されねえぞ!」握った拳を空中で振り回した。最後に空中の何かを殴るようにぶんと振るとぷいと背中を向けて行ってしまった。向かった方向はクミャリョが指した方向ではなく、来た道だった。
「うそだろ。ボクちゃんはもう帰るってか……」俺は小さい声で言った。ヒャギオガに聞こえないように気をつけた。煽りじゃなくウケ狙いだ。ありがたいことに、俺のこの呟きはクミャリョやガ・シュノナの笑いを誘った。嬉しいことにキュビュドもくすっと笑っていた。
この冗談に気を悪くしたギリツグが俺を睨んだ。俺も睨まれていることに気づいて肩をすくめて見せた。ギリツグは、「それでも大人ですか」と言い捨ててヒャギオガの方へと歩いていった。バカにしてはなかなか切れ味のある捨て台詞だった。俺はもう一度、みんなに向けて肩をすくめてみせた。そっちはあまりウケなかった。
クミャリョは両手を腰に置いた。ヘソを曲げてずんずん去っていくヒャギオガと、それを追って小走りになるギリツグの背中を見ていた。「ちょっと待つか」
キュビュドは水を飲んでいたところで皮袋から口を離した。「あんなの要らねえだろ。そのまま放っておけよ」
「要るよ」クミャリョは優しい声で言って、待つと言ったのに気が変わったのかヒャギオガの方に向かって歩き始めた。
ヒャギオガは勾配が下がって上がった50メートルくらい先でギリツグに引き止められている。俺はそっちに興味があってクミャリョが説得するところを見守っていた。「どんな顔で戻ってくるんかね」俺の言葉が無視されたと思ってチトの方を見ると、彼は反対側の、何もなさそうに見える岩をじっと見ていた。「何か見えるか?」
「いや、けど、あの近くにある岩、見張り台には丁度いい」




