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勧誘とリーダーのこと

 山と川を越えたとある農村が女だらけか、男がいても数人なんじゃないかという話だった。

 数ヶ月前に北への軍の遠征があった。そのときにそのあたりでは15歳以上の男が全員徴兵された。戦争でその村の男たちが配属されたのが敵国の装甲戦車とかいう新兵器の正面だったそうで、地上の軍艦のようなそれに中央突破されたあとはまとまらない男たちを槍や馬がすり潰して皆殺しにされたそうだ。そんなわけで村に男たちが戻ることはなかったという。

 この話をしてきたのはクミャリョという男で、護衛や討伐依頼を一緒にこなしたこともある冒険者仲間だった。その村を自分も含め6人で襲撃しないかというお誘いだった。男がいないなら楽勝だと言ってきた。

 俺が最初に聞いたのは襲撃の面子めんつで、名前を出してもらうとどれも知っている名前だった。命を預けられるとまでいかないが裏切られるほど敵対もしていない。悪くはないメンバーだったが信頼できる奴もなんとなく合わない奴もいる。微妙だ。

 それから他の質問をした。どうしてその話を聞いたのか。その話を知っている他の人間はいないのか。

 情報源はその戦争から帰ってきた別の隊の人間だという。装甲戦車とぶつかった戦場には生き残りがいない上に目撃者も残らなかったが、他の隊にいたその男は、そういえば装甲戦車と対面した部隊の生き残りを見てないなーという話になり、その部隊ってどこの村の連中だったっけという噂話から、もしかして今はその村に男がいないんじゃないかという話になったそうだ。

「無駄足かもしれないがボーっと待っている手もねえ。まずは行ってみて確かめてもいい話だ」

 俺もクミャリョのその意見には賛成だ。世間の自慢話を聞いていない。楽勝だった。男のいない村を襲撃して金品強奪して女を犯してきた。そんな話を聞いたことはない。手付かずのおいしい話である可能性は捨てきれない。

「よし。乗った」俺は言った。

「よし」クミャリョは手を出して握手を求めてきた。

 俺たちは立ち話をしていた。村のメインストリートの横に立ち、夕暮れの中で往来する人を見ながらの立ち話だった。

 地元の人間は通りから姿を消していたが、それでも結構な人数がうろついている。

 その町は白樺しらかば三叉路さんさろ村という田舎町だった。名前は田舎っぽいが交通の要所になっていて狭い盆地にけっこうな人数が住んでいた。毎朝(いち)が立ち、食品や雑貨が日替わりで露店を出している町だ。そのせいで人の出入りが多い。余所者よそものにも寛容だ。白い目で見られないので多くの冒険者もここを拠点にしていた。

 俺は特に仕事もなく食堂で飯を食っていた。そこにクミャリョが入ってきて俺を見つけると声をかけてきた。ちょっと外で話さないかと連れ出されて、夕方の村の通りを見ながらの立ち話となった。

 クミャリョは手を差し出している。こういうときの握手は習慣のようなもので、依頼を受けたら合意のしるしとして握手するものである。商人であれ傭兵であれ冒険者であれ、人同士の約束に握手は欠かせない。『手を握る』というのは言葉以上の意味がある。握手しなければこの話は受けないということになる。途中で抜けても文句を言われる筋合いはない。逆に手を握ってしまったら、やっぱやめたと簡単に言うことはできない。違約金なんて単純な話ではない。『あいつは約束を破った』という評判が広がってしまうという話だ。

「まだ握手はできない。もっと詳しい話を聞かせてくれ」俺はクミャリョの手をしばらく見ていたが、顔を上げて目を見た。

 クミャリョは手を引っこめた。気分を害したかもしれないが、顔は笑顔のままだった。「分かった。なんでも聞いてくれ」

「どうして俺に声をかけてきたんだ?」

「腕はいいし、こういう話にも乗ってくれると思ったから」普通だろ?とでも言うようにクミャリョは愛想笑いを浮かべていた。

「ほかの面子めんつはどういう基準で選んだんだ?」

 クミャリョは即答できずに目を伏せて考え込んだ。両手を腰に当ててうーんとうなる。「なんとなくだよ。口が固そうで、腕が立って、誘いに乗ってくれそうな……そんなに変な面子じゃないだろ?」

 もちろん変な面子だ。もっと腕の立つ冒険者は町にいくらでもいるがクミャリョが声をかけたのは二流の日陰者グループだ。女子供しかいない村を襲撃する面子としては妥当かもしれない。俺は役立たずのクズばかりじゃねーかという言葉を飲み込んだ。クミャリョの言う、“そんなに変な面子じゃない”という言葉には別の意味が込められている。目的に対する顔ぶれとしては変ではない。「まあ、そんなに変な面子じゃないな……」あと一つ気になった点がある。仕切りをやるリーダーは一番強くないといけない。逆に言うとリーダーより弱い奴に声をかけないといけない。つまりクミャリョは俺を下に見ているということだ。

「ほかに気になることはあるか?」クミャリョは親しげに笑顔を浮かべている。腰の手はそのままだった。

 ムカつくわけではない。しかし俺をナメているようにも見える。というか他のメンバーを考えると、俺はクミャリョにそいつらと同格扱いされているわけで、そう思うと段々腹も立ってくる。

 俺は胸の前で腕を組んだ。「出発は明日か?」

「ああ。善は急げだ」

 善は急げ、か。俺は結局、考えるのをやめた。こいつが俺をナメているとして、他の4人も間抜けだったら、あとはその場で決めればいいことだ。ナメられているならそういう状況も利用できる。

 通りの片隅に立ち、夕暮れの中を行き交う商人や男たちを見ながら俺は右手を差し出した。「分かった。取り分は山分けだな?」

「ああ、それでいい」クミャリョは俺の手を握った。ぐっという力が込められた。離せないくらいの力が入った状態でクミャリョは俺を目を見た。

 俺も同じくらいの力を込めて握り返した。ごく普通の合意の握手のように。傭兵とか護衛とかで雇われるときの契約の握手はこのくらいの力が込められるから、この握手が特別なわけではなかった。それでも同じ冒険者同士の握手でこれは少し強くないかと思った。

 クミャリョと目を合わせると、そこには暴力がひそんでいた。

 冒険者の間でもクミャリョの異常性は有名だった。そのせいで最近もパーティを首になっていた。といっても男にとっては無害な人間である。その男が女の味方をしない限りは。

 単発の仕事だ。やるからにはみんなでお宝をゲットして後腐れなく解散したい。リーダーがこの襲撃を心底楽しみにしていて、凄惨なものになるのが分かってもそれは変わらない。

「じゃあ、夜明けに南門で待ち合わせだ。遅れないでくれよ」クミャリョは手を振って笑顔を見せながら去っていった。

「夜明けに南門だな。分かった」俺もそう言うと反対側へと通りを歩いた。

 このまま宿に戻って夜明けまで寝るというのはいかにも間抜けだ。襲撃する村の話を聞いて回るわけにはいかないが——フットワークの軽い奴は聞いた瞬間に夕方だろうが夜中だろうが出発して出し抜こうとする——他の4人の話くらいは聞いておきたい。

 町の外れ、待ち合わせ場所でもある南門のあたりは冒険者がたむろしている治安の悪い区画だ。通りの地面はいつもぬかるんでいる。床の汚れを頻繁ひんぱんに水で流して、その水が垂れ流されるからだ。その対策で通りの中央は石畳の上に板が並べられて、渡り廊下のように地面から離れた道が作られている。町の中央への運送路なので荷馬車は通りすぎるだけでここで止まることはない。

 人が歩くのは許されていないから俺は横の比較的まともな地面を歩いた。人が自主的に石を敷いている歩道で、職人でもない人間が適当に石を置いているだけなので歩きにくいことこの上ない。

 臭いも独特。肉が腐る悪臭も漂うが、それを誤魔化す娼館の香水やお香の臭いも一緒になっている。大抵の冒険者はこの区画をねぐらにしている。クミャリョが声をかけたという俺以外の4人の冒険者のうち、ガ・シュノナは必ずここにいるし、明日が早くてもまだ起きているはずだ。

 俺はぐちゃぐちゃした泥に埋まらずに頑張っている石を踏んで路地へと入った。人がぎりぎりすれ違えるくらいの幅だった。建物から光が漏れているし、2階の窓からランプが下げられているため路地は明るかった。ざっと見たところ路地に5,6人は人が歩いている。俺は向かってくる男たちにぶつからないようにすれ違いながら前の男の後ろについて奥へと進んだ。

 突き当たりは板が渡された舞台か踊り場のようになっている。俺はそこに上がった。ギシっと床がきしんだ。広さは10メートル四方くらいある。狭い空間に男ばかりがたむろしていて銘々が2,3人のグループを作り、何やら話している。屋外なのに酒場の店内のようだ。その板の間の広場に向かって3方に店が構えている。この板の広場は“博徒ばくとのデッキ”などと呼ばれていた。それを囲む店は3軒とも賭博場だった。3店舗はライバルのように見えるが経営者は同じだ。

 俺は歩いてきた“勝者のどろ路地”から正面に構えている建物に入った。でかい岩をくりぬいて虫食いのようにした建物にバルコニーや階段が貼り付いたり突き出したりしていた。構造が一目では分からない。どこの階段からどこの窓に繋がっているのか把握できないのだ。高さとしては4階建から6階建くらいある。この町は狭い盆地の中にどこからか流れてきたこういう巨石がゴロゴロしていた。

 中に入ると外の悪臭は消えた。店内は混雑していた。テーブルが6つある。客が囲んでいて人とぶつからずにその隙間を通るのは無理なくらいキツキツのレイアウトだ。

 客がサイコロを投げて、みんなでうわーとかよっしゃーとか言っている。

 1階は客引きのためにレートが低いかわりに盛り上がるサイコロ賭博の賭場になっている。

 俺はちょっと通してくれと言って背中や尻を押しながら奥へ進んだ。ガ・シュノナは一番奥のテーブルにいた。背の低い熟年の小男だ。痩せ形で目がギョロギョロしている。伸ばし放題で切ってない癖毛と髭。髭はあまり生えないタイプらしく、そのせいで伸ばしていても見栄えがよくなかった。禿はげ頭からヒョロヒョロ伸びる髪の毛みたいだ。投げられるサイコロをギラギラと見ていた。右手に布製の小さい財布を握っている。

 混雑しているテーブルの隙間に強引に体を半分だけ入れた。耳のそばまで口を近づけた。「よう」

 ガ・シュノナは俺の顔をちらりと見た。名前が出てこないというリアクションだった。

「ニツハだ。アニョーボ・ニツハ」

 ガ・シュノナはさらに俺の顔を隅々まで見た。聞いても思い出せないというリアクションだった。視線をテーブルに戻してしまった。

「ちょっと前に岩盤がんばん番場ばんばの護衛で一緒したろう? 食中しょくあたりでひどい目に遭った」

「ああ。あの下痢げりのときのか。あれはひどかった。覚えてるぞ」ガ・シュノナが思い出し笑いを浮かべた。そして俺の顔を見て、「ああ、あのときのニツハか。“へらず口”のニツハ」と指差した。

 俺はその渾名あだなが好きではない。カチンときたが言い返したり怒ったりはせずに愛想笑いに切り替えた。「そうだ。あのときは世話になった」

「いやいや」ガ・シュノナは手を振った。

 そうしていると他の客が詰めて割り込めるスペースを作ってくれた。俺は軽く礼を言ってテーブルの横につくと自分の小銭袋を懐から出して適当に賭け金を置いた。世間話をちょっと続けた。俺はちまちまとコインを置き、ガ・シュノナはちょびちょびと勝ったり負けたりしていた。変な勝負をしなければこの1階の賭場はかなり粘れる。ガ・シュノナはいつもこうやって大勝ちするでもなく日がな一日賭場で時間を潰す男だった。そのうち俺もガ・シュノナの賭けに乗って張るようにした。彼に乗れば安定して粘れる。世間話をするためのテーブル横のチャージ代としては安すぎるくらいだ。

 やがて彼は何の用だと聞いてきた。

「クミャリョの仕事についてだ。俺も受けることにした」

「ああ」ガ・シュノナはさっきまでとは違う顔で俺を見た。冒険者の顔ではなく、村を焼く人殺しの一団として相手を見極める顔だった。俺のことを頼りないと思っていた。それがよく分かった。「なんかあるのか?」

「さっき誘われたんだ。なんで俺が誘われたのか分からなくてな」

 ガ・シュノナは酒を飲まない。だから素面しらふのセリフだった。「まあ、邪魔にならないし、足も引っぱらないし、お前でいいと思ったんだろ」こっちの顔を見ていなかった。嘘をついているわけではないがオブラートに包んでいる。

「俺は殺しも平気だし、1対1で喧嘩熊を倒したこともある。なにでナメられてるんだ?」

「ナメられてたら声はかからねえだろ。信用されてるんだ」ガ・シュノナはゆっくりと諭すような口調だった。「なんでそんなに自信がないんだ?」

 俺は煽られていると思った。言い返そうと一瞬カッとしたが、賭場の空気のおかげで自制が効いた。周りに人が多すぎる。ふーっと一息ついた。「俺は別にあいつと仲良しじゃねえ。イマイチ喜べねえ」俺は自然に声が小さくなった。「何か罠がある気がする」

「少なくとも俺は何も知らねえぞ」ガ・シュノナはテーブルにチップを置いた。「そういうゴタゴタに巻き込まれる気もねえ」

「自信がなくてビビってんのはあんたの方じゃないか?」俺も同じところに銅貨を置いた。

「なんだと?」俺と違ってガ・シュノナの声は一瞬で熱くなった。大声ではなかったがその怒りのこもった低い声に周りの人間がこっちを見た。

「あんたはクミャリョからなんで声をかけられたと思ってるんだ?」

「なんでも何も、人手が欲しかったんだろ。こんな仕事を喜んで手伝う奴はそんなにいねえ」喧嘩腰で言ってくる。ガ・シュノナは29歳の俺より10歳は上だ。不摂生がたたってそれ以上に老けて見えるが、見た目や年齢ほど人間が丸くはなっていない。

「いっぱいいるよ」俺はなるべく落ち着いた声を出そうと努力した。「あんたじゃなくちゃいけない理由があったんだ」

「なんだよ、その理由ってのは?」

「クミャリョよりは弱いってことだ」

「はっ」ガ・シュノナは鼻で笑った。「あんなキチガイに負けるかよ」

「ほかの3人の名前は聞いたのか?」

「聞いてねえな。誰だ?」

「“痙攣けいれん”のキュビュド、“斜視バカ”のギリツグ、“干し肉”のチトの3人だ」

「それに“へらず口”のニツハ」ガ・シュノナは俺を指差してニヤリとした。

「“シケ賭け”のガシュ」俺はやり返した。ガ・シュノナの反応は鈍かった。まあ“へらず口”より“シケ賭け”の方がいいのは俺も認める。「そして“女嫌い”のクミャリョだ」俺は腕を動かして姿勢を変えた。賭場そのものは盛り上がっていて、ずーっと誰かが勝った負けたと騒いでいる。俺とガ・シュノナだけ、上からシーツを被せられたように雰囲気が切り離されていた。「その中で強いのはクミャリョだろ?」

「あいつ強いのか? 女相手にしか噂を聞かねえぞ」

「女をかばう奴には容赦がない。ジテと喧嘩して一歩も引かなかった。クミャリョも大怪我したが、ジテも顎が割れてしばらく物が食えなかった」

「ジテ? あのジテか?」

「あのジテだ。ジテ・シリオガ」俺は右手を上げて自分の頭の上の方に皿を作った。「背がこのくらいある」

「うーん……」ガ・シュノナはうなった。「それはマジか?」

「マジだ」

 俺はそのときのことを詳しく話した。

 人攫ひとさらいの一団が現れてそれに賞金が懸かった時、ウシクイモリトカゲ退治の帰りに偶然足跡を見つけてアジトまで着いてしまったことがあった。そのときの仲間は8人だった。俺もいて、クミャリョもいた。背の高い大男がジテという戦士で、技術はないがでかい剣をすごい勢いで振り回すので1対1ではまず最強と言っていい男だった。

 人攫いというのはほとんど男だが必ず女も仲間にいる。子供を安心させるためとか世話をさせるためとか色々あるが、大抵はその女もかつてどこかで攫われた誘拐の被害者だ。それがボスに気に入られたり、女の方からボスに擦り寄ったりして人攫いの一員になってしまう。

 リーダーであるジテは人攫いの懸賞金も狙えると踏んだ。足跡を追って到達した場所は林道から外れた山の一角の開けた場所だった。野営地の中央に堂々と女子供が10人ばかり入れられた檻の馬車があり、そこを囲むように人攫いが15人ちょっと確認できた。周囲を警戒している様子はなく、油断してのんびりしていた。モンスター討伐をこなせる冒険者8人なら余裕で対処できる相手だ。賞金を狙うという意見に反対する冒険者はいなかった。

 ちょっと見れば人攫いの首領が長髪髭もじゃのガタイのいい男であることはすぐに分かった。偉そうにしているし、周りの人間もそいつの言うことを聞いている。

 ジテは包囲を選んだ。2人組の4つに分けて人攫いの首の数を稼ぐ作戦だ。首領には特別に賞金がかかっているが、そのほかの人間も1つにつき銀貨8枚はもらえる。皆殺しにできれば結構な稼ぎだ。

いしゆみを持った奴がいたら真っ先にそいつをやれ」

 こっちの飛び道具持ちは2人いた。最初にその2人が仕掛けてあとは一斉に襲撃すると段取りを決めて、俺たちは4つに分かれた。俺はクミャリョと組んだ。

 配置についてしばらく待った。人攫いの首領は真ん中のあたりでじっとしていた。いいまとだった。

 待っていると不意に弩特有のヒュッという音が聞こえて、1本は外れたが1本は首領の胴体にばっちり刺さった。首領は防具を装備せずただの服だったから矢尻の方まで入った。内臓をやったかどうかは五分五分といったところ。致命傷かそうでないか、どっちにしろ即死する怪我ではない。剣で止めを差す必要があった。

 俺達の正面の茂みからリーダーのジテが真っ先に飛び出したのが見えた。

 あとに続いて俺とクミャリョも剣を持って茂みから飛び出した。他に潜んでいたそれぞれの2人組も飛び出した。

 こういうときに雄叫びを上げるのはよくないのだが、何人かはおおおと声を上げていた。俺については、そのときは声を出していなかった。ただ最初の弱そうな男を斬って、次の女も刺して、次に短剣を構えた男と対峙したときは「おおおお! やんのか、こら!」と声を張り上げた。相手がひるんだので一気に斬り掛かると、その隙にクミャリョが横からそいつの脇腹を刺した。倒れた男の首は俺が斬った。

 その頃には状況が決まっていた。飛び出してから1分も経っていなかったが包囲した俺たちは人攫いの大半を片付けてしまった。あとは矢傷を負った首領とそのそばにいた女だけだった。地面は血だらけ。こちらの負傷者はなし。うめき声も聞こえたが、次々にとどめを差していったので聞こえたのは数秒だった。濃厚な血の臭いが漂い始めていた。

 首領は手の届く距離に剣を置いていた。襲撃を受けてから剣を掴んではいた。しかしできたのはそこまでで、それ以上のアクションは起こせていなかった。首領が剣を握って立ち上がり左右をキョロキョロ見ているうちに状況は終わってしまった。怒りで歯を食い縛っている。顔色は悪くない。内臓は外れたなと俺は思った。あとでその通りだと分かった。

 ジテが前に進んで、「降伏すれば苦しまずに殺してやる」と言った。

 冒険者側の弩持ちがあぶみを踏んで弓を張り直していた。

 俺はジテと人攫いの首領を見比べた。見た感じではジテの方が強そうだ。しかし抵抗されたときに“苦しませるために生け捕りにできる”実力差があるかというと、矢傷を考慮しても微妙な感じに見えた。

「装填したら足を狙ってくれ」ジテは弩持ちたちに言った。

 首領の方は腹に刺さった矢をそのままにしていた。傷からの出血は少ない。剣を両手で構えてジテの方を向いていた。俺たちはその周囲を囲んだ。斬り掛かって返り討ちに遭っても割に合わないのでみんなその辺の石や鍋を持って構えていた。

 檻の中にいた子供たちはまだ状況が分かっていない様子だった。みんな無言で周囲を見ている。死体を見ている子供もいれば、俺達を見たり、生き残った人攫いの方を見たり、見ているものは色々だ。しかし歓声を上げて喜んだり、助けてと声を上げたりといった反応をする子供はいなかった。

 首領のそばにいて命拾いした女は怯えて固まっていた。腕を前に組んだ状態で立ち尽していた。武器を持っている様子もない。

 人攫いは忌み嫌われているので生け捕りにした方が喜ばれる。公衆の面前で縛り首にして盛り上がりたいというのが人々の本音である。冒険者もその感情は共有している。

 ここまで話したところでガ・シュノナは口を挟んだ。「まあ、そんな処刑の話は聞いたことないからな。そのオチは分かるぞ」

 俺はうなずいた。「人攫いの首領は状況を見てジテに斬り掛かった。弩の準備も間に合わなかった」

「ジテに向かったのか」ガ・シュノナは言った。これは道連れを増やそうと弱そうな奴を狙わずに、人攫いの首領が一番強そうな奴に向かったのかという感想だった。卑怯な商売をしている奴のくせに妙にいさぎよいのは意外だという意味が込められていた。俺も同じ感想だった。

「一撃で袈裟切りしたよ。首領も剣で受けたんだけど手首をへし折ってずばっ、だ」

 ガ・シュノナは、「まあ、あのガタイなら納得だな」と先を促した。

 俺は続きを話した。

 人攫いが女を残して全滅した。女はまだ若い感じだった。20歳そこそこ。訛りの感じから北東の農民と思われた。血色はよく、いいものを食わせてもらっているのが分かった。なまりのある言葉で自分の出身地と、子供の頃に誘拐されたという身の上話を始めた。6歳のときに攫われて子供の世話が得意だったので気に入られてそのまま仲間にされました。助けてくれてありがとうございます。これでやっと故郷に帰れます。

 俺だけでなくみんななんとなく思っていたと思うが、女の言っていることは嘘ではないだろうが同情するほど可哀想とも思わなかった。女は五体満足で傷跡のようなものもない。奴隷としてこき使われていたという見た目ではなかった。10年以上も人攫いを手伝ってきたわけで、もはや一味の仲間として仲良くやっていたように見えた。

 ジテが、うーん、どうしようと困ったような表情を浮かべた。

 檻の中から、「お姉ちゃんはいい人だよ」といくつかの声が聞こえた。子供たちが檻の中で手を上げて騒いでいた。何人かは柵を握って隙間から口を出し、「お姉ちゃんを助けてあげて」と言った。

 人攫いの女は檻の中の子供たちを見てほっとしたように笑顔を見せた。

 俺が檻を見て、また女の方を見たときには、クミャリョが女に剣を持って近づいていた。その剣は血で赤く染まっていた。クミャリョの近付き方が妙に力強く、ざっざっざっという軍隊の行進のようだった。俺はその歩き方で、クミャリョが女を切り捨てるつもりなのが分かった。そしてなぜか知らないが、彼が怒っているのも分かった。

 ジテの反応も早かった。「おい、何をするつもりだ?」口で言うと同時に女とクミャリョの間に割って入った。

「どけ」クミャリョは静かに言い放つと剣を体の後ろに引いた。

 思わず俺は、「マジか」と口に出してしまった。

 ジテもそこで躊躇はしなかった。合わせて剣を引いて正面から打ち合った。完全に殺す威力だった。

 ガギンという派手な音が響いた。俺も13歳から兵隊やって冒険者という流れで剣の音を7年は聞いている。それでも滅多に聞かない衝突の音だった。クミャリョの剣は勢いに負けて手首から離れて後ろに飛んでいった。そこから未練なく剣を諦めてクミャリョは格闘に移行した。掌底でジテの顎を突き上げると、ジテの膝を折りにかかった。その前蹴りのスピードのヤバさに俺は目を閉じた。どんな人間でも膝が反対側に折れるだろうと想像した。しかしジテの身体も俺の想像を越えていた。クミャリョの体重の乗った膝折りを跳ね返し、何事もなかったかのように耐えると、ジテはクミャリョの顔面をぶん殴ったのだ。

 それからジテも剣を捨てて殴り合いになった。喧嘩としては一方的でクミャリョが殴られるばかりだった。元々の身体的な性能が違った。しかしクミャリョは降参せずに取っ組み合いを続け、彼がボコボコになった頃にはジテも顎はイカれて体のあちこちに痣ができていた。

「まあそんなわけで」と俺は話をめた。「クミャリョはジテからも一目置かれるようになった」

「それでその女は無事だったのか?」ガ・シュノナは表面上は興味なさそうに聞いてきた。

 最初に聞くのがそれか。「無事じゃなかった」

「だろうな。どうなった?」

「最終的には行方不明だよ。結局釈放が決まって放免されたんだけど、隣町まで着いた様子がない。直接聞いたわけじゃないが、クミャリョは自分がやったって自慢してたらしい」

 ひっひっひっとガ・シュノナは唇の端で笑った。まるで面白い冗談を俺が言ったかのように、俺に笑顔を見せてきた。

 俺も合わせてへっへっへっと笑顔を浮かべた。「なー、クミャリョがどんだけやばいかは分かっただろ?」

 ガ・シュノナは笑いを浮かべたまま、「あいつは女嫌いなだけだろう。この前、ジテと話していたけど、気まずそうには見えなかったぞ」と言った。

「そこはクミャリョだからな。あいつは男は好きなんだ」俺は変な意味が含まれないように慎重にフラットな声色で言った。冒険者の間であいつはホモだゲイだと言ったら侮辱になり、命の取り合いになってしかるべき案件だ。クミャリョが男が好きというのはそういう意味ではない。そしてそれはうまく言えたし、ガ・シュノナにもうまく伝わった。

「まあ、そうだな」ガ・シュノナはまたシケた賭けにチップを置いた。俺も続いた。彼は俺の顔を文句ありげにチラリと見た。俺は、すまない、もうやらないよと謝罪した。俺が銅貨を別の賭けに動かすと彼は穏やかな顔になった。「で、この話にどう繋がるんだ? “女嫌い”は村で女を殺しまくって、俺たちはその横で財宝をおいしく頂くだけだろ?」彼は振られるサイコロをじっと見たまま目を合わせずに言った。「お前が誘われた理由もさっきの話で分かったぜ。人攫いの女をお前も平気で殺したんだろ? 仲間と思われたんだよ」

 サイコロの目は俺もガ・シュノナも外れだった。外れた賭け金は銅貨もチップも区別なくまとめて乱暴に没収されていく。ジャラジャラという音は魅力的な響きだが、一緒にはされたくない。「仲間じゃないし、同類でもない」

りるのか?」

 ディーラーがちらっとこっちを見た。俺は無視した。テーブルが綺麗になるとガ・シュノナはまたチップを置いた。俺は何も置かなかった。

 縁に置いていた肘を立てて俺は顔を上げた。「下りない。ただ、俺がクミャリョとやりあっても知らん顔しておいてくれよ」

「そりゃ保証できねえな。揉め事が起こったら止めるのが義理ってもんだ」

「じゃあ止めるフリだけにしてくれ」

「ははっ」

 その笑いは合意と受け取れた。俺はガ・シュノナが賭けた場所に多めに銅貨を置いた。そして彼の肩を軽く叩くとテーブルから離れた。ガ・シュノナは軽く手を振ってその合意の報酬を受け取った。

 賭場を一瞥いちべつした。顔見知りも何人かいた。俺はこの賭場が性に合わず距離を置いていた。ギャンブルは嫌いではない。だが人の出入りの多いこの町では馴染みの客による規律とか暗黙のルールのようなものが守られないのでしょっちゅう小競り合いが殺人にまで発展するのだ。4,5日も通うと笑ったとか陰口を言ったとかいう話がモメて暴力沙汰に発展する。そういうのを目にすることになる。その場で怪我なく賭場の用心棒につまみ出されても数日後には離れた路地で刺されて死んでたりする。俺はそういう空気は好きじゃない。勝っても負けてもギャンブルは笑って楽しみたい。ここは殺伐としすぎている。顔見知りにちょっと手を振って挨拶をし、長居をせずにその場を出た。

 博徒のデッキの人間は入れ替わっていた。隅の方で誰かがあいつ許せねえと怒鳴っていて、連れの人間がまあまあと抑えていた。また刃傷沙汰でも起こりそうだ。俺は足を早めて泥だらけの路地に下りた。

 路地は小便の臭いがした。

 人攫いの集団を襲うとき、俺は興奮していた。向こうの方が人数が多かったので急襲で素早く敵を減らす必要もあった。

 盗賊退治をしたこともある。その前には戦場にもいた。その経験で学んだのは相手もこっちも殺す気でぶつかる殺し合いというのはものすごく危ないということだ。必死という言葉の意味を俺はそのときに知った。死に物狂いというのは、怖くてわけが分からなくなるということだ。そういうときに怖くて動けなくなる奴も見た。そういう奴は死んだ。俺は動けた。だから生き残った。人攫いを襲撃するときもその経験に従っただけだ。目の前の敵は動けなくする。助かるためにはそうするしかない。興奮しなければ動けない。考えるのは生き残ってからでいい。

 釈放した女のあとをつけてそいつをなぶり殺す奴に仲間と思われるのは納得がいかない。クミャリョに思われるのもムカつくし、周りの人間にそう思われるのもムカつく。

 今度の襲撃でも女を殺すことになるだろう。俺は女嫌いではない。襲撃の最中でもそこだけは証明する必要がある。そうじゃないと今後冒険者としてやっていけなくなる。クミャリョの誘いに乗っておいて虫のいい話ではある。だが俺にとってその線引きは重要なのだ。


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