天狗の隠れ蓑(もうひとつの昔話53)
その昔。
彦一という男がおりました。
この彦一。
たいそう賢くトンチのきく男でしたが、女房と所帯を持っているというのに、ろくずっぽ働かない怠け者でもありました。
ある日。
彦一は持ち前のトンチを使って、山に住まう天狗を見事にだまし、身につければ姿が消えるという隠れ蓑を手に入れました。
彦一はさっそく近所の蕎麦屋に行きました。頭から隠れ蓑をかぶっているので、店の主人も客たちも彦一が来たことに気がつきません。
彦一は主人の目を盗んで、客に出すはずの蕎麦を盗んで食べました。それからついでとばかりに、お客の酒を拝借して飲みました。
「おうー、徳利がひとりでに浮いたぞ!」
飲まれたお客は悲鳴をあげました。
「ほんとだー」
「酒が消えていくぞー」
ほかの客たちも驚いて、宙に浮いた徳利を見ていますが、だれも彦一の姿は見えません。ただ首をひねるばかりでした。
それからの彦一。
隠れ蓑を着て食い逃げをしたり、金持ちの蔵から金品を盗んだりと、そんなぐうたらな生活を続けておりました。
ある日のこと。
――うひひひ……今日は女湯をのぞいてやれ。
彦一はそんなことを考えながら、いつものように押し入れの奥にあるつづらを開けました。
ところが、隠れ蓑がつづらの中にありません。
「おい、かかあ。このつづらにしまっておいた蓑をどこへやった?」
彦一は女房を呼んでたずねました。
「あの汚い蓑なら、あたしが夕べかまどで燃やしちまったよ」
「なっ、なんだと!」
彦一は大急ぎでかまどに走りました。すると隠れ蓑は、すっかり白い灰に変わっていました。
――なんてことだ……。
彦一が未練たらしく灰を手ですくってみまと、灰のついた手が消えて見えなくなりました。隠れ蓑の効き目が灰に残っていたのです。
――よし、まだ使えるぞ。蕎麦屋で一杯飲んで、それから女湯に……。
彦一はかまどから灰を取り出し、その灰を体に塗り始めました。灰がついたところから透明になっていきます。
そこへ女房がやってきました。
「あんた、こりずにまたそんなことをして。まだ悪さをしようというんだね」
「オマエ、あれが隠れ蓑だと知っていたのか?」
「だから燃やしたんじゃないか、二度と悪さができないようにね」
「くそー」
彦一は大急ぎで体じゅうに灰を塗っていきました。
彦一の姿がすっかり見えなくなりました。
「灰が使えるのは一回こっきりだ。これが最後だと思って、どうか見逃してくれ」
「だめだよ。どうせ蕎麦屋で飲んで、それから女湯をのぞきに行くつもりなんだろ?」
「なんでわかった?」
女房が見透かしたように言います。
「あんた、透け透けなんだよ」