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1 蒼穹 扉の向こう

「Life of this sky」シリーズ14作目。エピローグその1です。

この章『蒼穹の彼方』で、シリーズは完結となります。

 博と空は、FOI日本支局を退職した。

 全ての手続きを終え、FOI病棟のドクター・ヴィクターや警視庁の橋本警部補に挨拶を済ませると、2人は空港に向かった。

 出発ロビーには、捜査官たちが見送りに来ていた。


 博と空は、これからA国に向かう。

 そこでの用事を全て済ませたら、そのまま旅行に入ると言う事を捜査官たちは皆知っていた。

 連絡は入れると言ってくれたが、顔を合わせるのはこれで最後になるだろう。

 別れの挨拶は支局で済ませてはいたが、捜査官たちは2人を笑って見送ってやりたかった。


「見送りは来なくて良いと言いましたが・・・」

 博は少しばかり困ったような顔になるが、それに対して真はニンマリと笑って答えた。

「新婚旅行の見送りだからな。まだ行ってなかっただろ」

「そうそう、結婚後初めての旅行なんだから、行ってらっしゃいを言いたかったのよ。こっそり行くんじゃ、何だか駆け落ちみたいじゃないの」

 真の横から付け加えた小夜子は、鼻の頭を真っ赤にしている。絶対に笑顔で送り出すと言う決意でいたが、ついさっきまでハンカチを握りしめてグスグスやっていたのだ。目も赤いが、それでも必死で笑顔を浮かべている。


「そうですね、駆け落ちと言うシチュエーションも悪くないですが、そういう事なら、ありがたく見送られましょうか」

 博は傍らの空に向かってそう言うと、暖かい笑顔で皆に軽く頭を下げた。

「それじゃ、行ってきます」

「ありがとうございます。行ってきます」

 空も同じように頭を下げ、綺麗に微笑んだ。

「いってらっしゃい」

 真・小夜子・ジーナそして春・豪・エディが唱和した。


 握手もハグも無く、あっさりとした別れだった。


 FOI日本支局のメンバーは皆、空の身体の事を知っていた。

 2人の強い絆と深い愛も。

 だから、引き留めることは出来なかった。

 お互いに伝えたい事は、全て昨日のうちに済ませていた。

 別れの寂しさも辛さも、沢山の感謝も。

 伝えきれないほどの想いを籠めてハグをし、幸せを祈り合った。

 だから、もうそれで充分だと思わなければならなかった。


 A国に向かう機内で、空は肩を震わせて泣いた。

 黙って涙をこぼす彼女を抱きよせ、博は唇でそれを拭う。

 彼女の頭を胸に抱き、その髪を撫でながら、博も固く目を瞑った。



 A国の空港に着くと、そこにはアンジーが出迎えに来ていた。

 あの超多忙で仕事が生きがいのアンジーが、3日間の休暇を取っていた。3人は博の母と伯母、そして空の両親の墓参りを済ませると、彼女が取っておいたホテルに入る。

 翌日アンジーは、空と2人だけの時間を楽しんだ。食事やお茶やおしゃべりをして、一緒にショッピングをして空の服などを選ぶ。

 それはアンジーがずっとやりたかった、姉妹の楽しい過ごし方だった。亡くなった実の妹サラと重ね合わせて空を愛しんできたアンジーだったが、今はもう彼女は妹以上の存在になっている。だからその時間を、掛け替えのない大切な思い出にしようと思っていた。


 アンジーに空との2人だけの時間を与えて置いて、博は様々な用事を片付けることに1日を費やした。その中で、彼は私立探偵の元を訪れる。Ripper事件の時、空の幼少期の事を調査するために雇った探偵だった。事件が終わった後も続けて貰っていた調査の終了を告げ、その後の報告なども受け取っておくためだ。

 探偵との話の中で、新たに解ったことがあった。また、報告には書かなかったが彼本人が感じたことなども聞くことが出来た。


 被害者の男児3人は、空と同じ小学校の上級生であったこと。

 3人ともスラムで暮らす子供たちで、校内でも問題児であったこと。

 猫などの小動物を殺していたりしたこと。

 殺害現場と彼らの衣服には、大量の猫の血が残されていたこと。


 7歳頃のソラは、近所の野良猫を可愛がっていたこと。

 身なりはボロボロで、靴などは底が抜けていて紐で縛っていたこと。

 当時から身軽で、栄養不良で痩せていたが行動は素早かったこと。

 未だに残っているソラがよく寝起きしていた物置小屋の裏の土の中から、猫の骨が少量見つかったこと。


 現場に1つだけ残された、子供の足跡は推定6歳くらいの大きさだったこと。

 被害者の子供たちは皆、頭部をブロックで潰されていたこと。

 それらのブロックは、殺害現場の近くの塀の上の物だったこと。


 それらの情報を元に、博は空の心の奥に封印されている記憶を考察していった。


 ネグレクトを受け愛情に飢えていた子供は、スラムに多くいる野良猫の1匹と仲良くなり、可愛がっていた。時には寄り添って眠るその猫を愛し、たった1つの拠り所のように大切に思っていた。

 そんな猫が、上級生の標的となり無惨な殺され方をする。

 現場の塀の上から、猫の遺体まで弄ぶ男の子たちをを見つけた子供は、眼がくらむような怒りを覚え、手直にあったブロックを投げ落とした。

 次々と投げられるブロックは男児たちの頭に当たり、彼らはその場に倒れる。

 それでも怒りが収まらない子供は、塀から飛び降りて落ちているブロックで彼らの頭を潰した。

 そして、グチャグチャの塊となった猫を抱いて帰り、物置小屋の裏に埋める。

 血まみれのまま、子供はぼんやりと裏庭に立っていた。

 そんな子供を、同じアパートに暮らすレナ・ホーンが見つけた。

 彼女は子供の話を聞き、無口で大人しそうにしか見えなかったその子の本当の性格を知る。

『親に愛されないこの子の心に生まれる愛は、深く激しい。それを奪われた時、前後の見境が無くなる程に』

 レナは自分の目的のために、子供の記憶を封印した。


 空の心の奥に封印された記憶は、怒りと絶望に満ち被害者たちを殺害した時の光景だ。

 博は、結論を出した。

 彼女の封印は、絶体に解いてはならないと。

 そして最後までそれを知らずに、残された時間を幸せに過ごさせたいと。


 空の、自分を全てを受け入る生き方は、諦めに似たような物だろうと思ってきた。けれどそれは、違っていたのかもしれないと思う。

 彼女は自分を『罪深い人間』だと捉えていたのだろう。

 人の心はそれほど単純なものでは無いのだ。封印されているからと言って、その記憶が何の影響も及ぼさない筈もない。扉の奥からじわじわと滲み出るように、罪の記憶だけが空の心の根底にあった。おそらく、自分でも気づかずに。

 飢え、渇き、怪我やレイプでさえ、罪深い自分に与えられる当然のものだと捉えていた。

 生き延びなければならない自分にとって、その時間は罪を購う罰だと受け入れていた。

 無意識のうちに。


 けれどそんな生き方は、美しく自分を魅了した。

 ずっと一緒に傍にいて、常に共にあろうと覚悟するくらいに。

 深く激しく全てを捧げて愛することが出来るその存在が、自分はただ愛しくてならない。


 最後に博は、優しい笑みを浮かべて誰もいない部屋で呟いた。

「愛しています、空」

 


 A国を発つ日、アンジーは空港まで2人を見送りに来た。

「アンジー、今まで本当にありがとうございました」

 空はそう言って彼女に近寄ると、その頬にそっとキスを贈る。

 そしてその両腕を伸ばし、心を籠めてハグをする。

 それは空にとって、アンジーに対する初めての行動だった。

 大きな感謝を常に心に溢れさせながら、それでもそれを表すことが出来なかった空は、この時漸くそれを行動に表すことができた。

 それは、博に与えられた愛が、空をそのように育てたのだろう。


「君には、本当に感謝しかありません。今まで本当にありがとう、アンジー」

 博も、心からの言葉を贈る。

 けれどアンジーは、意外そうな表情を作って彼に言った。

「あら、これで最後みたいに言わないで。私はまだまだ、貴方たちのために出来ることがあると思ってるから。だから、お礼を言うならその分も言ってよね」

 アンジーには、博がこの先どうするのか、朧気ながらに解っていた。

「ああ、そうですね。では、これからもよろしくお願いします。大きな感謝を、前倒しで君に」

 そして博は、握手ではなく、アンジーの頬にキスを贈った。

 それは恋人であることを辞めた時以来、初めてのことだった。


 アンジーは空港のデッキに出て、博と空が乗った機体が空の彼方に消えるまで見詰めていた。


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