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春が始まり約数週間。世間はゴールデンウィーク何某と囃し立てている時期。
学生は数日の休暇を慈しみながら最高にエンジョイし、大人はそんなガキ共を見て『俺もそんな頃があったなぁ…はぁ、なんで働いてんだろ…』と嘆く。
各々が思い思いのゴールデンウィークへの所感を抱いている中、俺は…。
「ひ、ひっ…」
「桐崎君! あと十周頑張って下さい!」
「ひーっ!!」
俺は学生が尊ぶゴールデンウィークという天国の中、永遠とマラソンをしていた。じ、地獄ー!?
週一の草薙からの指南、まだ数回しかしてないが、それでも為になる話は幾つも聞けた。
曰く、ダンジョン探索は体力が命だ! …やら、辛くても足を動かせた者が生き残るのだ! とか、小手先の戦闘技術を磨くのは戦場で充分に動けるようになってからだ! とかとか…そんなことを色々と。
いやまぁ、それは理解できる…多分大切なとこ何だろうってわかるけど…けど…っ!
「ひっ、ひー!」
「遅れてますよ!少しでも遅れるようでしたら、怪我をすると思ってください」
これは流石に厳しすぎるんじゃないのー!?
「はっはっ…!
全力全身でマラソンをしている俺の背中を草薙は木刀を振り回しながら追いかけ回してくる。
俺がちょっとでもペースを落とそうとするものなら俺の少し手前で土埃がすぐさま発生する。
草薙が俺に教えてくれた異能、名前も後で教えてもらったが、斬雨と言うらしい。
斬撃範囲の拡張とその斬撃の位置の変化、つまり飛ぶ斬撃の異能…それが俺に放たれている。
草薙は優しいから、まぁ寸止めにしてくれるだろと思えたのは最初の三十分…少し疲れてペースを落とした瞬間、背中に急に衝撃がきたんだもんなー…。
確かに、『私は貴方を殺そうとするモンスターです。捕まらないように必死に逃げて下さい』と最初に前置きをしてたけど…してたけども…!
真面目が過ぎる! べらぼうに真面目だから手加減なんて考えず、全力全身全霊…スパルタ教師草薙輪廻ちゃんが生まれていた。
「ひ、ひー!」
「その調子ですよ、ふふ、これならもう少し速くしてもいいですかね?」
「ひゃー!! お助けー!」
「ほほ、お嬢様? そろそろ走り始めて一時間と少し…休憩も必要ではないですか?」
す、救いの一手! ど、どうですか!? 草薙さん!
「んー…それもそうですね。桐崎君、もう止まってもらっても大丈夫ですよ」
「ひ、ひぃ……た、助かった?」
た、助かっ…た?
「一分休憩です、休憩が終わった後続きを始めます」
「終わっ……た」
気力が尽き果て倒れる。
「お嬢様? 桐崎様はまだまだ初心者ですからお嬢様と同じ様なトレーニングをしても無茶でございます。それにそろそろお昼の時間ですし、昼食にいたしませんか?」
「あぁ! すみません! 確かにそうでした…桐崎君がすっごく頑張ってくれてるのでつい…ごめんなさい…」
い、いや…! 善意でやってもらっているのはわかってる…それにあとには俺の力になる…なるから…。
「べ、別に…お、教えてもらってる側だし…あり…ありがた……だぁ! 流石に辛過ぎだ! もう動けない! 無理! 体に力が入りませーん! 無理無理ぃ!」
なんとか礼を言おうとしたが無理だ。流石に限界だった。
なので子供のように駄々を捏ねてしまう。こんぐらいは許してほしいものだな。
「ほほ、最初にしては上出来ですよ。むしろ頑張っている方です。自信を持ってください」
「……せ、聖人? 神か? ここにいるのは」
先程からも俺の限界を把握し、休憩を進めてくれたり、褒めてくれてる。
…あれ? もしかして飯田さんが一番俺の事を考えてくれてるのでは?
「き、桐崎君? だ…大丈夫…です?」
「………よ、余裕だぜ? でも、出来れば一分とか短時間じゃなくて、ちゃんとした休憩をください…後生だからぁ…」
そんなに申し訳なさそうな顔されたら、もう何も言えない…訓練に付き合ってくれてるんだし、文句なんて…ない!(血涙)
「は、はいっ! 分かりました! 取り敢えず休憩所までいきましょうか…歩けますか?」
「い、いける…」
よろよろと立ち上がる、これでも…男ですからね!
「それではご案内致します」
そう、俺はゴールデンウィークの最初の日。ダンジョン攻略で有名な草薙さん家に遊び(訓練)に来ていた。
訓練するにあたり、目先の問題となったのが場所だ。
訓練をしようにも学校だとクラスメイトの目がある。もしその場所が見られたのなら男子共の嫉妬心が爆発しそうだから学校は却下させてもらった。
…折角草薙が学校という場所の提案をしてくれたのに申し訳ない…。
その辺を正直に言うわけにはいかないから、屁理屈を捏ね、学校じゃちょっと…。と遠回しに断ったら…。
『では私の家でやりましょう。訓練場も道場もありますし、丁度いいですね』
…と言われ、奇しくもお呼ばれされてしまった。
座学での武器の扱い方とかは学校でちょろちょろーっと教えてもらったが、こうやって実際に体を動かす訓練自体は今日が初…草薙の方もペースを分かっていなかったらしい…人間、誰しも失敗はあるよね。
草薙の家は所謂豪邸…しかも日本家屋で趣きのある家だ。俺ん家とはえらい違いだな…。
しかし、俺個人の草薙邸のイメージとして、飯を食べる場所は大広間、そこには大きな一面に広がる机があり、座布団に座る様な場所を想像していたのだが、意外にも普段の食事をする場所は洋式の机で、椅子に座り食べるらしい。
そのことを草薙に聞いてみたのだが、草薙曰く『そういう部屋もあるにはありますが…年に一回、親戚や本家が一同に集う集会でしか使わないですね』のだと。
そら家族で飯を食べるのにそんな大広間はいらんよな。
その話の過程で、草薙の家族の構成も知れた。父母、兄二人、姉一人らしい、末っ子なんだな。
ガツガツ…むしゃむしゃ…。
旨い…うまい…! 休憩中軽食を貰う。見た目はただのおにぎりだが米が違うのか、もしくは具が違うのかとても美味しい。無限に食べれそうだ。
「ほほ、桐崎様? そんなにがっつかずとも無くなりませんからゆっくりお食べください…喉を詰まらせたら危ないですからね」
「そうですよ? 桐崎君。…というか少し食べ過ぎじゃないですか? 午後から動けなくなってしまいますよ」
「むしゃ…大丈夫、俺吐いた事一回もないから…こんな旨いもん食う機会なんてそうそうなからな。今食いだめする…!」
俺ん家は日常的に食い物が足りない。年長者になればなるほど食い扶持は自分で稼げ!がうちのモットーだ。
だから…今のうちに…栄養を…栄養をぉ!
「……ふふ、なんだか微笑ましいものですね。頑張って作った甲斐があったものです」
「ほほ、こんなにも美味しそうに食べていただけると嬉しくなりますな」
数分後、およそ三合ほどのおにぎりを完食し、腹休憩…ふぅ、食った食った。
「…美味しかった!本当にありがとう!これで午後からも頑張れそうだ」
満腹になった腹を撫でながら一息…ふぅ…。
「それならよかったです。でもそのお腹ではすぐには動けませんよね…?」
別にすぐに動けと言われれば動けるが…ここは曖昧に頷くことにした。腹が引き裂けそうなのは確かだし。
「んー…。…では、三十分後に訓練を再開します。それまではのんびりしててください」
「あぁ、そうさせてもらうわ」
一応人の家なので若干の遠慮はしつつ、ほんの少し姿勢を楽にする。
その間暇だったので適当に草薙に話し掛けることにした。
「そういや草薙の家の人は大体ダンジョン攻略の道に進むんだよな?」
「…?はい、そうですね…ですが絶対にその道に進む訳じゃないですよ。普通に外部企業に就職したりする人もいます…ですけど、草薙家の人間は一度剛お爺様に憧れるものですからね…そういう私も剛お爺様に憧れてダンジョン攻略の道に進みました」
なるほとねー…相手は変え、次は飯田さんの方を向く。
「飯田さんは? 飯田さんはどうしてダンジョンに入ろうと思ったんだ?」
「私ですか? …私は代々草薙家にお仕えする一族でしてね。それに私は草薙剛様と同世代の者でしたので、従者として置いていかれる訳にはいかないと思いましてダンジョン探索への道を追従させていただきました」
「飯田さんは剛お爺様の従者筆頭だったんですよ?」
「ほへー、なんか凄えな…」
教科書に書いてるような人の筆頭従者…凄くないわけがないか。
「いえいえ、結局は付いていけなかった者ですから…それに足に怪我を負ってしまい。満足に戦えなくなってしまいまして…。剛様には休めと言われたのです。剛様の従者として力になれない日々をもどかしく思いながら毎日を過ごしている時に、お嬢様のお母上の円様から『私の力を伸ばすお手伝いをしてください!』…と幼いながらも力強い目で頼まれてしまいましてな…剛様の元から離れ、今は円様のお家にお仕えしているわけです」
中々に壮絶な人生を送ってきたんだな…。
「その剛…様に止められなかったんすか?結構長い付き合いだったんですよね?」
ふと、疑問に思い聞いてみる…だけど今まで様付けするなんてした事がないからワンテンポ遅れてしまうな、慣れよう。
「最初は止められましたが、円様が剛様を説得致しましてな、最終的には半年に一回茶を飲みに戻るという条件で許されました」
なんだ? そりゃ…結構接しやすい人なのかも…。なんか偉い人とかの特徴とは違うな…俺はこっちの方が好きだけど。
「へー、結構気さくな人なんですね、剛…様は」
「えぇ、私の事を従者と呼ばずに友達とおっしゃって下さいました。…本当に豪気な方で自分の意見を押し倒すのに躊躇なんて一切なさりません、それでいて心優しいお方です」
「ふーん…草薙が憧れるのも分かる気がするなぁ、なんとなく好きそう」
フレンドリーだけど、我儘…ってことか…こりゃ草薙の母さんは相当な我儘だろうな…血は似るってこと?
「草薙家で剛お爺様の事を嫌う人間なんていませんよ」
照れながら言ってくる草薙…めっちゃ仲良さそうだな…あ、あと。
「そういや草薙って本家じゃなくて分家なんだよな?」
記憶の片隅に残っていた記憶を掘り出す。これも話題提供だな。
草薙の家の話は聞いていて面白い。うちのびっくり家族と同じような匂いがする。
「はい、私は剛お爺様の妹様の帳お婆様の家系ですね」
「へー、やっぱりその帳…草薙の婆ちゃんも強かったのか?」
「いえ、帳お婆様はあまりそういった事は得意ではなく、穏やかなお人です。私にもダンジョン探索なんかより茶道やお琴をしない? とやんわり言ってきたりもしますよ。お母様が中々に破天荒でしたので、その娘の私にはお淑やかになる方を期待している様ですね」
あらら…婆ちゃんの方は違かったか…まぁ、誰しも向き不向きはあるってもんだ。…けど妙だな…。
「でも草薙は割とお淑やかじゃないか? 教室での振る舞い方とか雰囲気とか」
凛としていて…まさにお嬢様!って雰囲気が滲み出ている。草薙の婆ちゃんの期待していた通りに成長しているのでは?
「確かに自分で言うのは少し恥ずかしいですけど…雰囲気はそうかもしれませんね。ですが、結局はダンジョン攻略の道を選びましたから、お婆様としては違う道を選んで欲しかったそうです」
なるほどね…でもまぁ、草薙の婆ちゃんの気持ちも分からなくもない。
「ま、保護者はそういうもんだろ、子供には怪我してほしくないし、安全な場所にいて欲しいもんだ、孫なら尚更だろ」
「そうですかね? …飯田さんはどう思いますか?息子さんや…確かお孫さんもいましたよね?」
お、気になる気になる…どうなるんだろう?
「私の立場ですと、お仕えする主人を守れる様に強くなりなさい…と言いはしますが、本人に適性がないなら別の道に進めますし、本人が違う道に進みたいと言うのなら止めはしません…本人の意思を尊重します」
従者の家系に生まれたのならその通りに生きよ! …というわけではなさそうだ。現代の価値観とは少しズレてるかもしれないけど。
…あ、別にその考え方を否定してるわけじゃないぞ?
「確かに押し付けは良くないっすよね」
「桐崎君がダンジョン探索者の道を選んだのは家族の為ですよね…。とても立派だと思います。決して誰にでもできる選択ではありません」
おっと、矛先が俺に向いてきたな…褒められると少し照れてしまう。
「ま、理由はそうだが最終的に俗物な目標だからな、別に立派でもないさ…」
なのでそれを誤魔化すように草薙の言葉を否定するが、草薙は止まらない。
「いえいえ、家族為に頑張る…とても高潔な目標で、尊敬します」
草薙と飯田さんからの微笑ましいものを見る様な目で見られる。
そんな状況が居た堪れず…どうにか話題を晒そうと考えるが、特に何も思いつかなかった。
「……照れるからやめろ…。よ、よし!休憩もそろそろいんじゃないか?特訓の続きをしよう!」
結局逃げを選択。
…う、ウルセェ!腰抜けとか言ってんじゃねぇぞ!
「…? もういいんですか? まだ三十分経っていませんけど…」
「いいのいいの!」
困惑する草薙を他所に特訓場へ向かう、逃げるが勝ちだ。