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「…ライア、時間が来てしまったようだ」
「そうだね、リオン…もう、駄目なんだね」
この一週間、この家で本当にお世話になった。
この世界の常識というものは複雑で、難解で…けれど俺達の世界ほど厳しくはなかった。
一見すると、全てが平等に溢れている。…その分金銭という共通価値を持っていなければ絶対的に相手されないが…俺達の世界なら例え金銭を持っていたとしても相手されなかっただろう。
ある種の無関心さ…それがどれだけ俺達を救ったことか…。
そんな無関心な人々の中で、無関心を貫かなかった人達がいる。…だけど、その馴れ合いは俺達の世界とは真逆な接し方だった。
嘲笑し、石を投げるのではなく、対話をし、救ってくれた…。
少し戸惑ってしまったけれど、それは在りし日の優しさ…人の温かみに溢れていた。
…そんな温かみをくれた人達が俺達のせいで危険な身に遭おうとしている。
今は味方らしき人が食い止めてくれているが、それも長くはないだろう…出来ればすぐに飛び出したかったが…。
これまでの思い出…ある種の未練が俺達の動きを鈍くしていた…。
だけど、その未練は断ち切らなければ…これ以上長居をしたら取り返しのつかないことになってしまう。
「ライア…行くぞ…!」
こくんと首を縦に振り、俺を見つめるライア…その視線を受けながら、ドアを開く。
そして、ドアを開いてからは全力で走る。敢えて追っての注意を引きながら。
ここで俺達が少しでも会話するそぶりをしたら、余計にあの人の迷惑になってしまう…なら、問答無用でここから離れればいい。
俺とこの人が無関係と思わせる…。傍目から見たら助けてくれた人を置き去りにして逃げる最低なやつかもな…。
「あれだ!あれが対象だ!すぐに追え!だが、この女にも数人監査を付けろ!これ以上邪魔されるわけにはいかない!」
テルマニア帝国軍の軍服を着た女がそう号令してくる…。多分あれがテルマニア帝国軍のモンスター特別殲滅官だな。
他の奴は十中八九ギルドの討伐機関だろう…まさか世界を渡ってまで俺達を追ってくるとはな…。
それだけ前例を作りたくないらしい…。そう言われても黙って従うつもりはないが。
それより、逃げる場所を考えなければて闇雲に逃げても一般人に被害が出てしまう。
……そういえば、この近くに空き地があった筈…何度か通りかかったが、人の気配なんかはいつもなかった筈…。
もしそこに人がいたら別の場所を探さなければならないが…もし人がいなければ……。
「リオン?何処に逃げるの?」
ライアからの疑問の声、…そういえば何処に向かうか伝えていなかったな。
「この前見つけた空き地があったろ?一般人がいなければそこに行こうと思う。
「それはいいと思うけど…どうしてその空き地なの?」
「ん……」
俺はこの世界に来るまで、ずっと隠れ、逃げ続けてきた。
けどようやく理解した。逃げ続けても何にも変わらない。残るのは追われ続けるという日常だけだ。
なら、立ち向かわないと、俺達で表明するんだ。俺達は共に生き続けていいと。
「あの空き地がいいのさ、あそこの立地は迎え撃つのに使える」
「迎え撃つ?」
「なに、俺に任せとけ…狩人の恐ろしさ…。たっぷり味合わせてやる」
追われ続けるなんて性に合わないからな…狩人なら狩人らしく…獲物を狩らないとな?
────
「本当に心配したんだから、…って護?聞いてるの?」
「あぁ…うん、ごめんね?」
今、俺は絶賛叱られていた。
無茶しすぎ、危険な目に遭いすぎ、もっと警戒心を持って……などなど、そんなおありがたい小言を大体…十分ぐらい聞いていた…長いよ。
「もう!…もう亡くなってしまってお礼ももう言えないけど…その人が命懸けで助けてくれなかったらほんとのほんとに危なかったんだから…」
そう言って目を向けるのは…俺を連れてきたダンジョン探索者だった。
「……………」
何でこいつが死んでしまっているかはわからない…けれど、こいつが持っているポーションを入れていたらしき瓶…涙でぐしゃぐしゃになった目…。
まるで、罪を償うように…俺の命を救おうとしてくれたことは容易に理解できた。
(確かにお前は俺を騙し、一度死に目に合わせた。それは絶対に許さねぇ…けど)
お前が俺を救おうとしてくれたことも忘れない。…安心しな、許しはしないけど、憎みもしない……安心して逝け。
こいつの死因は見るからに胸に刺された傷…おそらくナイフかなんかだろうな…。
犯人はあいつらのうちの誰かだろう…しかし、少しでも裏切ったら処刑…ね。
とんでもない世界で生きてあるご様子…まぁ、それについて文句を言うつもりはない…自分たちの世界でやってるならな?
だが生憎ここは日本という国で、アラクシオンなんていう世界ではない…。勿論、テルマニア帝国なんて国もな?
こっちの世界にはこっちの常識…ルールがある。…それを一方的に踏み躙ってきたんだ…それ相応の報いを受けてもらうとしよう。
「だから、これからはこういう調査があるときは私も呼ぶこと!いいわね!」
「あいよ…んで、話終わった?それじゃあ今後に今後について話そうぜ」
「もう!もう!!…帰ったら覚えておきなさいよ…」
怒り心頭といった様子でこちらを睨みつけている…こりゃ、帰ったら徹夜コースだな…。
「悪いな…あー…けど、一先ずダンジョンから出るか…こいつも連れてってやらねぇといけないし…」
そう言い、名も知れぬ男の死体を抱える…まずはこいつを地上に送り届ける。話はそれからだ…こいつの名前、聞いておけばよかったな。
「…それもそうね、それじゃあ私が先導するから付いてきて」
言われた通りにする。遺体を抱えるということもあるが、今のまりんに楯突くのはよくない…最近台所に立つことが増えてきたまりんを敵に回すと、最悪飯が抜きになる…それだけは避けねば…。
それに実際まりんが先導してくれた方が速いしな…まりんの異能は雑魚敵と相性が良すぎる…通常の探索でも、あれ?俺いらないのかな?と思うほどに強い。
「それで?今後の話ってなに?」
ダンジョンの出口に向かう最中、まりんが今後について聞いてきた。…言い出したのは俺なんだけどね。
「あぁ、一先ずやることを決めておきたくてな…そうしないと迅速に動けないし」
「そういうこと?わかった。それじゃあ何からやる?」
…ふむ、最初に何をやる…か…。
「…あいつらの目的は多分リオン達だろ。つまり、リオン達がいる俺の家に向かう筈…」
なんせ態々モンスターなんたら官って言ってたからな、あいつらがリオンの言っていた追っ手だろう。
「…ならまずはリオン達の安全確認の為に家に戻る…その後は?」
「決まってんだろ?…あいつらをぶっ飛ばす…この世界に来たことを後悔させてやる…」
あいつらは俺の絶対に許さんリストに名を連ねてしまったからな…流石の温厚な俺でも首を掻っ切られて脳天をぶち撒けられたらキレる。それと…こいつの敵を取ってやらねぇとな…。
「うん、賛成よ。…私の護に手を出させたこと…絶対に許さない。死をも超える苦しみを味わってもらうわ…」
なんか、俺よりキレてね?
さて、そんなこんなで作戦というほど話し合ってはないが、それが終わった。遺体を気遣ったこともあり、ダンジョンから脱出するのに少し時間が掛かってしまったな…言っても十数分くらいだけど。いつもが速すぎるだけだ。
ダンジョンから脱出し、そのまま自宅に直行する…人目につかないように移動するのがちょっと大変だった。
それで…家に着いたんだが…なんだ?この状況。
そこにあったのは…数人の男達が地面に倒れ伏している姿と、輪廻に泣きついている早苗の姿…最後に…。
「お、親父!?何してんだ!?」
「ん?おう!護、遅かったじゃねぇか!」
地面に倒れ伏している男に対して重心を押さえながら踏みつけ、尋問している親父の姿が、えぇ…?




