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血塗れの広場。中には頭が割れた巨大の人影があり、そして倒れた巨人を前に血塗れになった棍棒を持つ人物が……。
まぁ、俺なんだけどな…? あーいてて。
体の表面の傷は治るのに対して時間は掛からんようだが内臓はな…少し時間が掛かるっぽい。
多少の休憩を取った後、この惨状をどうするかを考える。
モンスターを倒したら討伐部位とか剥ぎ取り部位とかを提出しないといけない。そうしないと報酬が出ないんだとか。
確かこういうモンスターの剥ぎ取り部位は耳とかだが…色々とぐっちゃぐちゃでわかんね。このまま持って帰るか。
足を掴み、引き摺りながら元の道を戻る。道中モンスターに襲われはしたが引き摺ったままでも普通に殲滅できた。身体能力上昇バンザイ!
とことこ歩き、ようやく出口にたどり着く…この出口の光を見るとなんだか安心するな。
ダンジョンから出ると、人溜まりが…。
「ん?誰か来て……キャァーー!!」
もしや俺が最後に戻ってきたんじゃあ…と思うのも束の間、辺りで急に悲鳴が巻き起こる。
何が起きたんだ?
「ん? どうした急に悲鳴を出して…って…桐崎!? どうしたんだ!その怪我!」
ん? ……あーそういえば血塗れだったな、俺…。
「あー…あんま気にしないで大丈夫っす。それよりこれどこに持ってけばいいすか? どこを剥ぎ取ればいいか忘れちゃって」
引き摺ってきたデカゴブリンを見せる。…あ、引き摺ってきたからか更にグロイ事になってしまった。
具体的に言うと顔面が擦り切れてしまったいる。顔とか鼻がない。
「「「キャァーー!!!」」」
「「「うわぁあ……」」」
全員ドン引きor悲鳴…俺もそっち側から見たら絶対引いてただろうなぁ。
「桐崎君!? 大丈夫ですか?」
悲鳴を聞きつけたのか、誰かががこっちに向かってくる。…この声は…草薙か?
「草薙か? ヘーキヘーキ、確かに怪我したけどもう治ったから」
どうやらこの傷を見て心配してくれているらしい。優しいなぁ。
「治る?…あ、本当に傷がないですね…でもその血は?」
俺が付けていた防具は赤黒く変色してしまっていた。よく見たら肉片とかもくっ付いてるな…どうやって綺麗にしたらいいんだろうか…。
「それは全部敵の奴…と言いたいがほぼ俺だな。返り血も勿論あるけど」
「なんてことを…速く着替えましょう! 風邪になってしまったら大変ですし、もし傷口があったら雑菌が入ってしまいます。…それと、ボブゴブリンを倒したんですか?」
俺が持っているモンスターを指差しながら言ってくる。
「コイツの名前ボブゴブリンって言うの? …それとこいつが中ボスってマジ? バリ強かったんだけど…」
捲し立てる様にそう言う。今は感想を言いたい気分だった。
「それもそうですよ…Eランクとはいえ階層モンスターと一人で戦うなんて無謀です。それと中ボスって勝手に名付けるのやめてください」
ジトっとした目でこちらを見つめながら諌めてくる。
「分かりやすい方がいいだろ? いやさ、てっきり中ボスは普通のモンスターよりちょっと強いぐらいかなと思ったんだが…わりかし強くてビビった」
その視線や何やらをおちゃらけながら逸らす。説教は嫌じゃ。
「もう…流石に無謀ですよ? でも…ちゃんと倒せて偉いです。少し怪我してしまったのは残念ですけど…ちゃんと帰ってくること、それがダンジョン探索で最も大切なことですからね」
草薙は先程までの雰囲気を崩しつつ、褒める様にそう言ってくれた。
「お? 俺って才能あり?」
それがほんの少し気恥ずかしかったので、やはりおちゃらけてみてしまう。
「ふふ、かもですね」
だが、そうやって調子に乗った発言をしても、草薙は微笑んで言葉を返してくれた。
草薙と交わす穏やかな談笑…なんか帰ってきたって感が強くていいな、この会話。
「………お前達、和んでないでさっさと学校へ戻れ! ったく、無茶しよって…」
そんな雰囲気をぶち壊す存在が一人…そうだね、先生だね。仕事だからしゃあない。
「あ! それもそうです! 早く戻りましょう!」
「へーい」
…軽い返事をしたあと。ちらっと周りを見る。
「チッ、運がいいだけの奴がよ」
「俺だって階層モンスターなんて倒せる…あいつが先に倒しただけだ…」
そこには剣呑な雰囲気が漂っていた。
と、言っても実際に中ボスに挑戦とかの行動に移ったりはしないだろう…俺みたいな馬鹿じゃないんだし。それにこの学校はいい子ちゃんが多いからな。嫌がらせで俺にちょっかい出すなんてこともまだしない筈…。
まぁ? このままフラストレーション与え続けたらどうなるかわからんけど。
まぁ別にそいつらのことはどうでもいい。適当に放っといてと…どうやって帰ろうか…。
このダンジョンには学園が所有する運送バスで送迎されるのだが…こんな血塗れの状態で乗るのは申し訳ない。座席が血で汚れてしまう。
…仕方ない。歩いて帰ろう…。
トコトコと帰りの道を歩くが、それに待ったが入る。…草薙だ。
「ちょっと…どこに行こうとしてるんですか?」
「いや、学校までだけど?」
そのまま歩こうとするが、遮られてしまった…なんだあの回り込み…目で追えんかった。
「…何故バスに乗らないんですか?」
「いや、体汚れてるし…」
「怪我人なんですから大人しくバスに乗ってください!」
そう言って俺の腕を掴み、無理矢理バスに乗り込ませようとするが…俺はそれに必死に抵抗する。
「嫌だっ! そうやって『お客さーん…今この席汚しましたね?弁償代百万出してくださいよー…』って言われるんだろ…! 俺にそんな余裕は無い!」
「誰も言いませんよそんな事…」
「実際俺の親父がそんな事言われて借金背負ったことあんだよ。それに学校まで数キロだろ?余裕余裕」
なお、そのあと借金を返済すると思いきや、思いっきり踏み倒した。具体的に言うとそいつをボコボコにして。
相手が違法行為をしていたということがあったからこそ許された方法…腹いせにその車をぐっちゃぐちゃにしてたな。
あれは親父だから出来ることだ…俺には出来ん。なんでこのバス乗ることは出来ない。
「あーもう! 聞き分けがないですね! 分かりました。バスに乗りたくないんですね? それじゃあ個人の車なら大丈夫でしょう?」
「えぇ…でも、その車の持ち主が…」
というか、俺ん家に車はないぞ? 誰の車を使うんだ?
「私が車を出しますから…そんな小狡い事しませんよ。…先生? すみませんが桐崎君は私が連れて帰りますので、先に戻っていただいても結構です」
なんと、草薙が車を出してくれるらしい…いや! もしそうならバスなんかよりも高い車で来るのでは?
…あわわっ…! 借金地獄にさせられる!?
「は、はぁ…了解致しました…。それでは全員が戻ってき次第…いや、桐崎が最後だったな…。それでは学校へ戻る! 準備をしろ!」
先生は草薙という名の権力に屈してしまった…諦めないで!
「おいおい、先生ー? こんな権力にモノを言わせるような事をさせていいのかよ! 平等精神を大切にした方がいいんじゃないかナ?」
「桐崎…お前が素直にバスに乗ってくれればこんな事には…」
「………でも、正直歩いて帰ってもらった方がありがたいでしょ?」
こっそり言う。
「実はな……清掃する業者にドヤされるんだよ。特に血の汚れは落ちないらしいし…」
案外先生もノリが良く。割と本音らしきものを言ってくれた。先生も大変なんだなぁ…。
「先生…?」
「あ…!? あ、あはは! まぁ草薙さんに送って貰うことなんてあまりない事なんだし、好意には甘えとけ。…よし! 全員戻ってきたな! それではバスに乗れ!」
そう言うや否や、先生は逃げる様にバスに乗り込んでしまった。なっさけね。
「誤魔化しましたね。…まぁ、いいです。桐崎君? そこから動かないでくださいね。一人でこっそり帰ろうとしてるのバレバレなんですから」
「ギクぅッ…」
先生を囮に歩いて帰ろう作戦は失敗のようだ。…大人しく連行されるとしよう。
バスが出発し、草薙の呼んだ車を待つ。
「ったくよー、傷大体治ってるしいらんと言うてるだろうに…」
ぶーぶーと文句ったらしく独り言を言う。…しかし、草薙は喋りかけてきたと思ったのか。
「大体ではダメなんです、しっかり快癒させないと…その為には少しの運動も許すわけにはいきません! というか、そんなすぐに傷が治るわけないでしょう?」
「んー…」
異能でそのうち治るよ!と言いたいところだが、草薙が異能は秘密にしとけって言ってたからな…。
はぁ…仕方ない、ここは素直に言う事聞くか…人に借りを作るの嫌なんだけどなぁ…。
それから数分後、想像していた車とは違ったがやけに丈夫そうな車が来た…高級車じゃなくて良かったー。
「お嬢様…それに桐崎様ですね。お待たせしました」
運転席のドアから出てくる人物が一人…こ、これは!?
「り、リアル執事!? …凄え…!」
ダンディーで、出来る男ってオーラがビシビシと伝ってくる。
「む…私のような者は初めてですか? …ご期待に応えられていればよろしいのですが…」
あ、別にそういうわけじゃないっすよ? …と言おうとしたが…言えなかった。
その思考の片隅で気付く。何故か、俺の体が勝手に動いてることを…。
「そう言いながら…既に開けられているドアに入ろうとしている…こ、これが執事!? 奉仕のプロ…か…」
これぞおもてなしの極意…考えていることが口に出てしまうくらいには衝撃だった。有能執事凄え…。
「この人は私の付き人兼執事の飯田さん。ダンジョン探索の経験もあって実力も私よりも強いんです。S級ダンジョンの探索にも行ったことある人なんですよ?」
「昔の事です…。今はしがない老人ですのでお気になさらないでください」
なんだこの超人、しかも全然嫌な感じがしない。本当の意味での気遣い屋さんって感じだ。
いつの間にか車に押し込められ車が発進する。
車はスムーズに進み、揺れも感じさせない。ここでも超人か? それとも車の性能がいいのか…お、俺にはわからん…。
車に乗ってから気付いたが、シートが俺の血で汚れてしまっている…どどど、どうしよう…!
「あ、すんません、車汚しちゃって…掃除するなら手伝いますよ」
なるべく動揺を見せずに、そこはかとなく弁償の方向に持って行かせないように会話を誘導しようとする。
しかし、そんな俺の動揺を見透かしたかのように、柔和な顔で…。
「いえいえ、お気にさなさらず。私もそれが分かっていて迎えに来たのですから。…それにしても大した胆力ですね。普通その規模の傷を負ったら喋るのも辛いはずです。痛かったでしょう?」
「はぁ…まぁ痛いは痛いですけど…」
そう。痛覚は憎たらしいがちゃんと機能している。
あの掴まれて骨が砕けた感触も、胴体から下半身をぶった斬られた焼けるような痛みも記憶に新しいが……。
「金を稼ぐんですからこの仕事のリスクはちゃんと知っています。…それに覚悟していますから」
なので…! 弁償のために金を使うわけにはいかないのだ。本当に勘弁してもらいたい。
「…ふむ。ふふ、若いのに大したものだ。しっかりと現実を見ていらっしゃる。…おっと、若いからは余計したね。…謝罪します」
別に失言でも何でもないが、自らの不手際をすぐさま修正する。…本当に出来た人だな。
「いえ、俺は確かに若いですから…」
実際この人から見て俺は若造だろう…特に否定する理由もない。
「…お嬢様、いい若者と友達になりましたね…。あんなに人見知りだったお嬢様が…ほほ、感動で涙が出てきそうです」
「涙なんて流さないで、しっかりと前を向いて運転して下さい…! 安全運転で頼みますよ…?」
「ほほ、畏まりました」
…なんだか、こう見ると孫と祖父の会話みたいだな…いつもよりも自然な感じだ。
「はぁ…お節介なんですから…傷の状態を見るので脱いでください。この車には治療道具一式ありますので軽い応急措置なら出来ると思います」
「え、エッチ! 俺の裸を見たいからって治療を言い訳にするんじゃないよ。やだ」
「……何か、言いましたか?」
冗談のつもりだったんだが…。
やばい。草薙が本当に怒ってる所を初めて見たかもしれん…だがなぁ…。
「傷に関しては本当に治ってる、だから応急措置はいらないよ」
「はぁ…私の家の消耗品ですので、そこまで気になさらなくても大丈夫です。別にお金で返せとも言いませんから…」
草薙は嘘だと思っている。どうやら俺が治療費を請求させられると思っている様だ。
…しゃーね、証拠見せるか。
「ほれ、本当に傷ないだろ?」
バサっと上着を脱いで上裸になる。防具に関してはぶった斬られてしまったからさっき先生に上着をもらったのである。
「………本当です…あんなに血塗れだったのに…どうして…」
草薙はジロジロと俺の上半身を見るや、不思議そうな顔で呟く。うぅむ…これは言うしかないか…。
「…まぁ、あれだ。俺の異能にはそんな効果がある奴があんだよ…納得した?」
ここまで来たら仕方ない、異能を内容をチラッと教える…うんうん、仕方ない仕方ない。
「それでしたらそうと…。…ッ!! す、すみません…! こんな誘導尋問みたいなことを…な、何かお詫びを…! こうなったら私の異能も……!」
やっぱりこうなってしまった。生真面目さんだからな。
慌てて草薙を止める。
「いやいや、別に気にしなくていいって。こいつは一緒に過ごしていればそのうち気付くだろうし、草薙の異能を教えて貰うほど重要な情報じゃないから! ほんとに」
「……でも」
くそ、ここにきて草薙のフェア精神が…どうするどうする?
どうにかこの状況を打破する一手を考えようするが…そこに救いの言葉が。
「お嬢様、要らないと仰っている人に無理矢理話すのは少々自分勝手なのでは? ここは一つ、桐崎様に何をして欲しいか聞く方がいいと思いますよ」
ナーイスっ! よく言ってくれた!
「……それもそうですね、桐崎君、私に何かして欲しい事はありますか? 全力で応えてみせます」
その説得に納得がいったのか、草薙はそう言ってくる。
「え?……うーん」
だがしかしそう言われると困る…。人にお願いするって苦手なんだよな。
なんかないかなと少し考えてみる。すると、一つの考えが頭に浮かんだ。
「んー…じゃあ、偶にでいいから俺に武器の使い方教えてくんない? 技術が上がればあのボブゴブリン? にも不覚を取らなくなると思うし…」
そう言うと、草薙はばっ…!と顔を上げ、嬉しそうに。
「はいっ! それでしたら喜んで…! 我が草薙流戦闘術の極意を伝授します…! や、やった…! 友達と一緒に訓練…!憧れていたものの一つです…!」
「いや、そこまでしなくていいから……」
最後の方は聞こえなかったが、伝授が云々辺りまで聞こえた。…結局後の方はなんて言ってたんだろうか…。
「ほほ、いつにも増して張り切っていますな。…桐崎様? どうかこれからもお嬢様と仲良くしていただけると嬉しく思います」
「はぁ…」
なんでそんなに喜んでいるかはわからないが、気にしないことにした。
そこから少し話し合って、取り敢えずこれから週一で草薙から戦闘の手解きを貰うこととなるのであった。
…あれ? これクラスメイトと更に溝深まらない?