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染井の依頼を達成したあと、正式にあの装備を俺の物とする手続きをした…結構大変だったわ。
そして、次の日から俺のクラスでの立ち位置は少し変わっていった。
なんと、染井以外の男子生徒からも話し掛けられるようになったのだ。
どうやら人のもんを奪おうとしたのを大々的にバラしたからか、主犯格の男の人気やら強制力が弱まったとのこと…や、特に困ってないから別に話しかけてなくてもいいけど?
反対に女子生徒からは少し怖がられてしまった…昨日の雰囲気が恐ろしかったらしい…少し残念だがこれも問題ない。そもそも話すことないしな。
さて、そんな日々を過ごして、あっという間に次のダンジョン探索の日となった。
今日のメンバーは俺、まりん、そして輪廻の三人で探索することになった…過剰では?
「過剰じゃないですよ?だって今日はまりんさんの階層モンスターに挑戦してもらう日ですので」
「階層モンスター…?中ボスか?…早くね?まだ二回目だろ?」
少し心配だ…実力的には問題ないとわかってるが…ん?そういや俺ってまりんが戦っている所って見たことあったっけ?
「どの口で言ってるんですか…?護君だって二回目で倒したじゃないですか…」
あれ?…そういえばそうだったな…うっかり。
「あー…まぁ確実にあの時の俺よりは強いだろうから大丈夫か…ところで…まりんさん?さっきから持っているそれはなんですか?」
さっきから気になってはいたのだが、触れていなかったことを聞く。
なんだろう…見た目は槍なのだが…鋒がおかしい…なんかドリルくっついてるんだけど…。
「…?護がくれたものでしょ?…あの時は使わなかったけれど、これはこれでいい素材なのよ?」
………あ、そういえばそんなこともあったな!…そっか、あのドリルカジキのドリルか…。いや、それにしても。
「なんでそのドリル回転してんの?見た感じ動力ないけど…」
「これ?これは魔力を流しているの。流した魔力量に応じて回転数が上がるのよ?…護は知らなかっただろうけどね」
「へぇ…そんな機能が…いや、だからってなんでそれを槍の鋒にするんだよ…もっとこう…無かったの?丁度いい感じの武器」
あまりに物騒過ぎる…いや、ダンジョン探索に行くのなら物騒な方がいいのか?…もう何もわかんなくなっちまうよ…。
「うーん…私はそこまで力が強いわけじゃないから、剣とかは合わないし…これは魔力を流すだけで動いてくれるからそこまで力入らないのよ?…それに護からの初めてのプレゼントだったから…」
「お、おう…」
まさかそこまで気に入ってくれてるとは…それに、ちゃんとした考えがあって安心だ…え?俺が考えてないだけって?…それはそう。
「それより!早く行きましょう?ダンジョンを探索する時間が勿体無いわ」
「お?…そうだな…」
別に急がなくてもいいと思うのだが…やる気があるならそれに合わせた方がいいだろう。
前回の探索で、一応五層は攻略していたらしい。ものの三十分ほどで五層を通過し、爆速で進み続けている。
ここまで俺は一切手を出していない…なんなら輪廻もそうだ。ここまでの道中の敵は全てまりんが掃討した。
その理由はまりんの異能…氷撃冷奪が強過ぎるからである。
内容は相手の体温を含め、生物エネルギーや魔力を奪い。自分のモノとする力だ…奪った対象は体温を奪われ過ぎて最終的に氷漬けにしてしまう…しかも特に使用制限もデメリットが無い…どうして俺の異能はこんなにも使いづらいのか…。
そんな異能を常時展開しているもんだから、雑魚は瞬殺…俺達は何にもやる事がないのである。
あともう一つ、同調という異能もあるらしいが、それの詳細はまだ秘密とのこと…気になるけど今はいい。
今言いたいのは…ダンジョンの難易度が手緩く感じてしまうということだ。
だってほら、一時間も経ってないのにもう十層に辿り着いてしまった…しかも特に労力を伴わず…自信無くすわぁ…最初に来た時あんなに苦労したのに…。
「次は十層…護が言うにはボスがいる場所ね…気合いを入れないと…!」
ふんす!と意気揚々としているまりん…君の場合気合い入れてなくてもこれくらいなら余裕なんだよなぁ…。
「なんだか…こんなに楽をしていいか心配になってきちゃいますね…」
輪廻も俺と同じようなことを考えているようだ。
「そうだけど…実際俺達がちまちま倒すよりも圧倒的に速いからな…」
「はい、でもどうしてあんなに常時展開できるんでしょうか…普通は魔力が尽きると思うんですが…」
それはそう…だけど予想はついている。
「多分だが…あの異能の本質は凍ることじゃなくて、奪うってことだと思う…常時奪い続けることで魔力の喪失をカバーしてるんじゃないか?」
「へぇ…って!護君!人の異能を他人に話しちゃ…!」
…あ、やべ…まりんのこととはいえペラペラ喋り過ぎた…。
「ん?別に気にしないでいいわよ?輪廻ちゃんなら問題はないわ。…それより!早く行きましょう!」
本当に大したことなさそうに言うな…それとあんまり走るんじゃないよ、独断専行は危険だぜ?
「もっと警戒心を…あ!待ってください!」
二人が十層へと走り出したので、俺も急ぐ。
二人は案外走るのが速く、追いついた時にはボスとの戦いが始まっていた…けど。
俺の場合は違かったが、本来この階層のボスはジェネラルゴブリン…子分を大量に嗾けて戦うのだが…相手が悪かったな。
まりんの戦闘スタイル的に数は当てにならない…むしろ余計にまりんが強化されてしまう…つまり。
子分は一瞬で凍結、ジェネラルゴブリンも段々と凍りついてしまっている。
「……あまり手応えが無いわね…まぁいいけれど。それじゃあ砕けなさい」
そう言い碌に動けないジェネラルゴブリンをドリルで貫くまりん…ジェネラルゴブリンは体をバラバラ破壊されてしまった…わお、冷凍マグロかな?
「……本当に末恐ろしいですね…これでダンジョン探索の経験が一ヶ月も無いとは…」
正確には五十年位ダンジョンの中にいたんだが…あれは探索者としてでは無いからな…ノーカンだ。
「……ねぇ護?ちょっと提案があるんだけど…いいかしら?」
ジェネラルゴブリンを砕いた後、まりんがそう言ってくる。
「なんだ?…内容によっては検討してやらんくもない」
「そんな政治家みたいなことを言って…それは絶対やらないやつじゃないですか?」
うっさい!案外まりんは突拍子を言うからな…簡単にいいぞ、と言うわけにはいかんのだ。
「大丈夫よ、多分だけど護はオッケーしてくれると思うから」
自信満々な顔で言うまりん。
「ほぉ?なら言ってみな…その提案を!」
「あわわ…何やら剣呑な雰囲気に…」
輪廻が少し慌てている…実際のところ、そこまで剣呑じゃないけどね?戯れてるだけだ。
「言う前に一つ…護?貴方は私のメガロレックスをクリアしたわよね?」
「ん?…そうだな…凄え大変だったなぁ…」
しみじみと言う…こう…ね?あば!やばい、あのクソクジラの記憶が蘇ってくる…!ぐごごごご…。
「そんな護なら感じてると思うけど、このダンジョンはちょっと簡単過ぎよね?」
「まぁ、そうだな…けど授業だし…」
この程度の敵なら羅刹を使うまでもないからな…背負っている羅刹も心なしが暴れたそうにしている。
「輪廻ちゃんもそう思うわよね?」
突然輪廻に飛び火する…けど。
「いえ…確かに物足りないですけど、初心に返ることは出来ますので…このダンジョンを攻略するのは無駄ではないと思います」
流石は輪廻…俺なんかとはやっぱり考え方が違うな…。
「えぇ、確かにそれは大事だと思うけどね?…時に護?このダンジョンのモンスターの素材ってどれくらいだったかしら?」
またもや矛先がこちらに向けられる。…えーと…?
「確か…一万ちょい?それから少し減らされて…最終的には八千ぐらいだな」
学生の身だし、所詮はE級ダンジョンだからそこまで高収入ではないが…金が手に入るのは本当にありがたい…そのためにこの学校に入学したんだからな…けど…。
「護はその金額で満足できる?」
ピクッ…。
…何も言わず、次の言葉を待つ。
「その反応は図星ね、そう、私達は早急にお金を稼がなくてはいけないの…私が増やしてしまった桐崎家の出費の対策、そして新しい赤ちゃんの為の物だったり…最後に剛さんからの借金」
ピクッ…ピクピクッ…。
「それを対策するためにも…このままこのダンジョンを攻略しちゃわない?私達なら多分だけど今日一日で攻略できるわよ?」
………ニコッ!
「あ…!」
────
「フハハハハ!雑魚どもが!蹴散らしてくれる!」
ボブゴブリンの波を掻き分け、前へ。…現在、このE級ダンジョンの最終層…つまり二十層で最終ボスと戦闘を繰り広げている。
因みに十五層のボスはジェネラルゴブリンよりも偉そうな雄ゴブリンと雌ゴブリンだった。確か輪廻はゴブリンキングとクイーンゴブリンと言ってた気がするが、そこまで強くなかったので割愛。
肝心の二十層の敵はと言うと…なんと、これまでのモンスターのオールスターズだった。
ボブゴブリンが大量、ジェネラルゴブリンが数十体体、キングとクイーンが数体ずつ…最後にそれらを統括するエンペラーゴブリンが一体と、中々の戦力だな…だけど、俺たちには届かない。
「有象無象なら私に任せて、全て凍らしてあげる…ッ!」
ボブゴブリンや、ジェネラルゴブリンの相手はまりんが、対多数の戦いならまりんが最適解だ。
ボブゴブリンやジェネラルゴブリンがボコられているのを見て、キングやクイーンゴブリン達がまりんの無双を止めようと攻撃しようとしているが…。
「させません…!」
輪廻が飛ぶ斬撃でそれを阻止する…最初はやめた方がいいのでは?と言っていたが、途中からは輪廻も仕方ないですね…みたいな雰囲気を出して協力してくれている。
そして俺は…。
「どうした?皇帝さんよぉ!…んなへっぴり腰で俺に勝てると思ってんのか?」
ボブゴブリン数十体蹴散らしたあと、この軍団の頂点に喧嘩を売っていた。
ゴブリンとはいえ、流石はエンペラー…キングゴブリンとかと比較にならんぐらいには強いが…。
「まだドリルカジキの方が強いッ!」
死の気配がしない。肌で感じられるほどの緊張感も無い…その感覚の違いでわかる。例えこいつの攻撃が俺に届いたとしても、きっと俺を殺しきれないだろうと。
このエンペラーゴブリン。よく言えばバランスが良い…悪く言えば特徴がないタイプの敵だ…俺を殺すならレーザーか全身を凍らせる程の冷気でも持って来るんだなぁ!
「テメェには自傷する価値もないぜ…!とっとと寝てろ!」
自血暴走は発動せず、羅刹をゴリ押す。最初は打ち合えていたエンペラーゴブリンだったが、最後の方は防御に専念してしまっていた。
そのまま少しの時間が経つ…だがまだ仕留められていない。
「……いいぜ?褒めてやるよ、お前は確かに皇帝に相応しい実力だったさ」
辺りを見渡す…もうこの場で立っている生命体は四つしかなかった。
「最後まで配下に倒れる姿を見せなかった…素直に凄えと思う…けどなッ!」
羅刹を大きく振り上げ、エンペラーゴブリンの持っている剣を弾き飛ばす。
「流石に自力が違いすぎたな…ま、俺もそんなに大したこと言えるタマじゃないけどな…」
なんせ、まだダンジョン探索者を始めて半年だからな。輪廻なんかには遠く及ばない。
「………お前の命、貰うぜ?」
最後の一撃、エンペラーゴブリンは堪忍したように、目を瞑る…そして、羅刹の一閃がエンペラーゴブリンの首に走る。
ポトンとエンペラーゴブリンの首が落ち、残心…。
…ふぅ、中々に強敵だった。
俺一人だったら凄く苦労しただろう…まりんと輪廻には感謝だな。
俺の戦闘が終わったことがわかったのか、二人が歩いてこちらに向かってくる。
「お疲れ様です。…これでE級ダンジョン攻略完了ですね」
「おう!ふはは、次はD級ダンジョンだな!」
「もう…調子に乗ると痛い目見ちゃいますよ?」
それはそう…少しテンションを落とすか…。
「やっとわね、護。これで次の段階に進めるわね…」
「あぁ、だけどここで慢心しちゃダメだぞ?いつ、何時も真剣に取り組まなくちゃな?」
「それ…私が言った台詞…まぁ、いいです」
………細かいことはいいんだヨ?
「…時間も丁度いいので早く戻りましょう。このままのんびりしていたら帰りのバスに遅れちゃいますよ?」
ありゃ?…そう言われて俺も時間を確認する…やべ、あと三十分後には出発じゃん…!
その後、急いでバスの場所に戻る俺たちなのだった。




