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座学…どうしてその単語を聞くたびに身がキュッと締まるよう感覚があるのだろう? 体育とか、家庭科(調理実習)とかならわくわくするんだけどな。
今、俺は絶賛眠気と戦いながら席に座っている。
この学校に入る前のの俺ならば、今すぐにでもスヤァと寝ていたのだが…。
ジッ……っと横の目が気になり、寝るに寝れない状態なのだ…。どうやら草薙は居眠りやら早弁といった不真面目な態度は嫌いらしい…くそぅ。
しかし、どうしても数学やら社会やらの授業は眠くなる…。今受けている数学が特にそうだ。
だが次の授業はダンジョン学…少し興味を引く名前ではある。
ま、たとえ気になったとしても、今…この眠気には勝てないんだがな。
………おやすみー。
「桐崎君? シャキッとしてください」
(…!?)
突如声を掛けられて身をビクッとさせる。
「ういす…」
それを誤魔化す様にそんなことを言った。…別に恥ずかしいとかそういうわけじゃないから。
やれやれ、どうやらこの状況で眠れるほど甘くはないらしい…。草薙の眼力に負けたぜ。
その後も結局授業中は寝ることはできず、隣の監視のもと最後まで睡眠欲に耐えやっとこさ次の授業に移る。
「えー、ダンジョンが出現した原因は未だに不明でありますが少しずつ解明されており、現在では上位存在と呼ばれる者が起こした現象であると推測されています。そしてダンジョンがこの地球の物質で構成されていない事から、逆説的に異世界の存在が……」
ほーん、なるなる、つまりその上位存在様のお陰で俺が金を稼げるワンチャンが生まれたと言うことか…感謝しておこう。
しっかし中々に興味深い内容だな、だがなんでその上位存在様の存在を確認できたんだろうな、当てずっぽうか?
そんな適当な理由の筈もなく、続きが話される。
「その上位存在を発見した経緯ですが、約50年前、崩壊級ダンジョンを人類で初めて踏破した伝説のパーティによる証言によって初めて存在を確認できました。その一人が今のダンジョン攻略理事会名誉会長の草薙剛様ですね。一線を退いていますが、実力はあまり衰いておらず、今現在後継を育成しておられます」
ん? 草薙?
隣をチラリと見る。他のやつも同じことをしているだろうと思い周りを見るが…特に変化がない。
単なる偶然か…?
チラッ…チラ、チラッ。
「あの…何か言いたい事があれば言ってください…。少し鬱陶しいです」
「いや、チラッ……何も? …チララっ…ないけど?」
「いや口に出てますし…多分ですけど、桐崎君の疑問は当たっていますよ…。…そうですよ、私は剛お爺様の家系です。本家ではなく、分家の血筋ですが」
「あ、そうなの? 別に気になってたわけじゃないけどね? ほんとほんと」
「……はいはい」
ふむ…ははーん、さては俺以外この事実知ってたな? だから余計に草薙と他の生徒で距離ができていたのか。
さて、前も言ったがこの学校は本来、どうしてもこの学校に入りたくて仕方ない! って奴らが望んで志願する学校だ。当然過去の偉人なんかは調べているだろう。
つまりこの学校では、草薙輪廻が草薙剛の家系であるということは常識なわけだ。
草薙がその過去の凄い奴の孫であるなんて周知の事実、むしろ知らない奴の方が異常なんだろうなぁ。
ま、俺は調べてなかったし、興味もなかったんだけどな!
ま、それは別にいいや、自分の無知を恥じるのはよそう。もう過ぎたことだしこれから知ってけばいいんだ。
それにしても成程…。草薙がダンジョン慣れしてるのは草薙剛の家系であるという経緯があったわけだな…。
「本家やら分家やら…ややこしい家に産まれて大変そうだな。実は俺の家も中々に厄介な事情を持っててなぁ」
とりま雑談と洒落込もうとするが、草薙はそんな俺に対し微笑を向ける。
「…ふふ、桐崎君は私が剛お爺様の孫と知っても普通に接してくれるんですね」
お、笑顔発見…やっぱり美人さんだよな。
そして普通に接するねぇ…。
「そらそうだろ? だってさっきのことは草薙が直接凄いことしたわけじゃないだろ? 草薙の爺ちゃんが凄えのにどうして草薙に対して謙んなきゃいけないんだ? そら草薙の爺さんなら敬う必要はあると思うけどよ」
………いや、草薙もなんやかんやB級ダンジョンまで攻略できているんだからそこは敬意を持った方がいいのでは? …あれ?もしかして生意気言った?
少し悩みながら、草薙の方を恐る恐る見ると、草薙はポカンとした目で俺を見ていた。
数瞬後、ポツリと溢すように喋る。
「……そうですね。…確かに私は何も成していません。すみません、変な事を言ってしまって」
と、謝られてしまった。
いや、草薙が謝る必要はないと思うんだが? むしろ俺も周りに合わせるべきか? 心底めんどくせぇけど…。
そう思ったので…。
「謝んなって、それによくよく考えてみれば草薙は俺よりも凄いし、ダンジョン攻略の先輩だからやっぱり態度を変えた方がいいのでは? と思案してるんだが…」
そう言うと草薙が静かに首を横に振る。
「いえ、どうかそのままでいて下さい。今更桐崎君に下手に出られたら調子を崩してしまいます」
少し冗談めかしていたけど、その言葉は嘘ではないとわかる。ふーむ…。
「そうか?ならそうするわ」
若干迷ったが結局はそうした。本人も気にしないと言ってるしな。
「えぇ、そうして下さい。…ところで、桐崎君の家に厄介な事情があるって言ってましたけど…その…」
言い淀む草薙…。
ふむ、話の話題作りをしようとしてさっきの俺の言葉に反応して聞こうとしたが喋っている途中に…『あれ?これ聞いちゃダメな奴じゃね?』…と、考え付いた様子…。
別にそんなに大した事情は無いんだが…言うタイミングが悪かったかな?
別に聞かれても問題ないことだし、俺の方から口を開くとする。
「俺の家な…めっちゃ貧乏なんだよ。漫画で出てくる様な掘立小屋に今は……七人だっけ?…で住んでてさ、しかも親が計画も無しにポンポン子供作るもんだから余計に貧乏になって…んで、そんな貧乏な生活から抜け出す為にダンジョン探索者になろうって訳だ。別にお家事情とかそんな深刻な問題じゃないよ。厄介だけどな?」
「それは…」
草薙が更に申し訳なさそうな顔をする…参ったな…。
「本当に気にしないでいいよ。別に俺一人なら生きていけるんだけど……他のチビどもの事を考えるとな…? …金はいくらあっても困らない。なら大量に稼ぐ為にダンジョン探索者になる方ががいいって思ったわけだ。別に悲観的になるほどもない…俺が好きで選んでる道だからな」
そう言うと、草薙は感心した様に。
「……桐崎君は逞しいんですね。尊敬します」
と、言ってくる。
「へへ、よせやい照れるじゃねーか」
「そうやって素直に喜べる所も好ましいと思いますよ」
「へへへ…ん? え…? いま俺のこと馬鹿にした?」
「いえいえ、そんな意図は本当に全くありません。素直にそう思っただけです」
「ん? そう…?」
なぁなぁで流されてしまった。まぁ…気にすることもあるまい。
と、そんな談笑している俺達に突如として声が掛かる。
…へっ! 来ると思ったぜ!
「桐崎?さっきからお喋りが過ぎるようだが、ちゃんと授業聞いていたか?」
「うーい、ちゃんと聞いてまーす。あれっすよね? その上位存在について調べると共に、ダンジョン資源で世界が発展してきたことと、ダンジョンの数で国際力が変わるんですよね?」
「む? …まぁ聞いてるならいいか、そろそろ授業終了の時間だ。皆も桐崎のように授業をちゃんと聞くように…草薙様がおられるとはいえ少々雑念が入っていたぞ。メリハリを付けるがいい」
草薙様て…というかあれ? みんな真面目に受けてると思ったが…なんだかんだ草薙のことを気にしてたってわけか。
なーにやってるんだか…ちゃんと授業聞けよな! 俺を見習い給え! ふはは!
…ま、実際は本当に草薙と駄弁ってただけなんだけどな。
「桐崎君…凄いですね…! ちゃんと授業聞いていたなんて…私も少し聞き流してしまっていたのに」
またもや感心されてしまった。
ふはは、コツがあるんだよコツが。
「家に人が大量にいると自然と声を聞き分けるぐらい出来る様になるんだよ。聖徳太子みたく十人の言葉全部……とまでとはいかんが、二つ三つぐらいなら聞き取れるさ」
「それは本当に凄いことなのでは?」
「誰でもできるできる。なんならコツ教えたろか?」
「え! 本当ですか…? 是非っ!」
む?案外乗り気…なら、教えるのもやぶさかではない。
「そんじゃあ…まずは意識の分散からだなぁ────」
そこからは授業を聞きながら草薙にコツを少々レクチャーし、学校から帰宅するのであった。