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「まりん?そろそろ行くぞ?」
「ちょっと待って…そろそろ準備が終わるわ…」
今日は九月一日、夏休みが終わり、始業式が始まる日だ。
結局夏休みを満喫した…とは言い難いが、二日前にまりんと夏休みに行ったり、三日前には輪廻と出かけたりもしたからな…夏の思い出はそれで充分だろ…詳細は省くけども。
「お待たせ…それにしても、護はまだ登校時間でもないでしょ?別に私と一緒に行かなくたってよかったのに……」
確かに、いつも家に出るよりも二時間は早い時間だが……。
「アホ、それで道に迷ったらどうするんだ?それに一緒に暮らしてるんだから態々別れて出るのもおかしいだろ」
「…それもそうな…それじゃあ行きましょうか」
少し声が弾むまりん…む?
「おう」
取り敢えずは気にしないことにする…そこまで変なこと言ったかな?
家を出て、街を歩く。
「それにしても…なんだか不思議な気分ね…こんな風に街を歩いているなんて」
道を歩いている最中、まりんが口を開く
「ん?…そうか?…まぁ、これからは飽きるほど見るからな、今のうちに慣れとけよ」
なるべく自然に、なんてことない様に言う。
「うん…でも、私にとっての日常は海の景色だったから…それにそっちの景色を見る方が長かったし」
「んなら、尚更慣れておくべきだな、きっと、その景色よりも今の景色を見る時間のほうが長いし、俺がいろんな場所に連れてってやるからな」
「そう?なら楽しみにしてるわね」
そこからは談笑しつつ歩く、数十分後、学校にたどり着く。
「それじゃあ護、私は少し職員室に寄るから、先に教室に行ってて」
「おう」
学校に入り、まりんと別れる。
……さてさて、どう時間を過ごしたらいいものか…。
今の時間帯、誰も登校していない…ま、取り敢えず教室に行くか。
廊下を進み、自分の教室をガラッと開ける。
「ん?」
「あ、護君?」
中には輪廻がいた…他に生徒はいない。
「珍しいですね…こんな時間に登校しているなんて…」
「おう、ちょっと野暮用があってな…もしかして輪廻はいつもこの時間に?」
「いえ、今日は少し寝覚めが良くて…いつもより少し家を出ただけですよ」
「ほん…そんなもんか」
流石の輪廻もそこまで早起きするわけではないらしい…ほっ、ちょっと安心。
「あ、そう言えばまりんさんはどちらに?一緒に来てませんでしたか?」
ここから登校口見えるからな、それに輪廻の視力なら特段無理もなく見えるだろう。
「ん?…あぁ、見てたのか、まりんは職員室、なんか最終手続きがあるとかなんとか言ってたな…」
「そうなんですね…あ、野暮用って…」
「そ、まりんの付き添いでな…それにしても暇だな…朝早く登校しすぎるというのも考えものだな…」
なんせ何もやることがない…ここでスマホやらなんやら持ってたなら暇つぶしとかも出来たんだろうが…生憎そんな贅沢品は無い。
「それでしたら…これなんてどうでしょうか」
そう言って取り出してきたのは…トランプ?
「実はずっとやってみたかったんです…学校で友達と、トランプ」
「ほほう?…俺は強いぜ?」
実際暇なので異論はない…ふ、これでも俺は家ではトランプ大魔神と呼ばれる程の実力者…小娘に負けることなどせんわ!
「ふふ…それじゃあやりましょうか」
数十分後。
「なん…だと……!」
「あの…えっと…ババ抜き以外にもやりましょう!」
「…………おう…」
負け、負け、負け、勝ち、負け、負け…約十戦したが、勝てたのは四回目の一回だけだった。
なんというか…挙動の一個一個を観察され、俺の思考が詳らかに透視させられている気分だ。
輪廻は動体視力がいい、俺のちょっとした機敏、焦り、感情を見逃さず、それでいて自分の動揺を外に出さない完璧なポーカーフェイス…勝てる気がしない…。
勝った一戦だって、配られた手札が奇跡的に三枚となり、最初に引いたカードが俺の手札のカードと揃ってしまうという、スーパーウルトラハイパーミラクルが起きたから勝てた…正直勝った気がしない…。
「あ!神経衰弱とかどうですか?同じ色で、同じ数字だったら捲れる…という感じで」
次の勝負は神経衰弱か…うし!
「お、おう!次こそ勝つ…!」
気分を切り替え、次の勝負に…まぁ、言うて遊びだからな、楽しんでいこう。
数分後。
「ぐぬぬ…」
「あ、これとこれだな…」
ペラリと捲り、数字が揃う。
試合としては、神経衰弱らしく、最初の方は停滞していたが、後の方になると展開が変わる。
ルールに従い、もう一度捲る…あ、これさっき出たな。
「………護君…記憶力ありすぎじゃないですか?」
「んー?お、また合ってた…そうかもな、記憶力には自信あり!…だ」
「……私…まだ三ペアしか取れてないんですけど…」
「まぁ…ある程度出揃うと、一度ペアを作れた方が有利だからな…お、これも見たやつだな…」
その後、トドメとばかりに全てのカードを捲りゲームセット…大差で俺の勝ちだな。
「久しぶりやったが…神経衰弱おもろいな…もっかいやる?」
「いえ…このゲームで護君に勝てる気がしません…そういえば、授業中もよく寝ているのに内容はしっかりと覚えてますよね…」
「まぁ…そうしないと怒られるってのは知ってるからな…それに、記憶力が良いって言っても、覚えようとした事しか覚えられてないぞ?…ちょっとした日常会話とか、ふと出てきた単語なんかはあまり記憶に残らんなぁ」
例えばまりんの入学の件とか。
「それでも凄いですよ…何かコツとかあるんですか?」
「コツと言われてもな…なんとなく、としか?」
「んー…そう言われたら何も言えませんね…次のゲーム…と、言いたいところですけど…何もしましょうか…」
「ババ抜きも神経衰弱もどっちかの得意分野に偏ってるからな…単純なゲーム性があるトランプ…大富豪とかか?でもなぁ…」
二人で大富豪やって楽しいか? という問題がある…あれは人数がいてこそだからな…。あ、そうだ。
職員室に移動…お、どうやら話が終わった様だな。
「まりん…ちょいちょい」
「どうしたの?護」
不思議そうな顔でこちらに来るまりん、誘導し、俺のクラスに向かい入れる。
「護君?急に出たようですけど、どこに行ってたん…あぁ、なるほど…」
まりんの姿を見て納得したのか、輪廻は少し笑う。
「うし!人数揃ったし、やるか!」
「……話が見えないんだけど…」
「ん?言ってなかったな…まりん、今から大富豪するぞ」
「大富豪?…あぁ、トランプの?…わかったわ、良いわよ」
二つ返事で了承するまりん。
「……凄いですね…まるで以心伝心の様です…」
感心した様に言う輪廻…そうか?
「護がわかりやすいだけよ?大方大富豪をやりたいけど、人数が少ないから私を呼んだ…って所じゃない?」
「お、正解…つーことでやろうぜ…大富豪のルールはわかるよな?」
「流石にね?それじゃあやりましょうか」
「はい!そうですね…!…ふふ、まさか三人でトランプが出来るとは…いいものですね…」
嬉しそうな輪廻…そこまで友人関係に飢えていたのか?
そして大富豪の対戦に移る。二、三戦やって現在俺が大富豪、輪廻が平民、まりんが貧民といった感じだ。
しかし、このまま大富豪キープできらぁ!…と言いたいが、そうも言ってられない。
まりんは三回とも貧民だが、着実にルールを掌握し、腕前を上げていっている。
輪廻も俺に負けじと勝つ為の手を打ってきている…いずれ負けることになるだろうな。
だがそれは今ではない…このまま四戦とも大富豪をキープしてみせるぜ!
と、思ったが…。
「あ…」
「やった!初めて護に勝ったわ!」
……そう思った瞬間にまりんが先に上がる…あぁ、俺の大富豪の称号が…。
「あ、これで私も上がりですね…また平民ですか…出世したいですねぇ」
そのまま平民を通り越して貧民となってしまった…ふ、栄光の日々は突然終わるってか?儚ねぇ…。
「負けちまったな…もう一戦やるか?」
「いえ…そろそろ時間ですね…」
言われて時間を確認する…うん、確かにいい時間だな。
というか、良く見てみると他の生徒も遠目でこちらを見ていた…あ、椅子勝手に使ってごめんね?
「それじゃあ護、また後でね」
「ん?どこ行くんだ?」
立ち上がり、まりんが立ち去るかの様に言う。
「決まってるでしょ?…転入生は後から来るものよ、先に居たら面白くないじゃない…と言っても、数人には見られてしまったけれど…」
あぁ、なるほどな…。
「そゆことなら…んじゃ、後でな」
「うん、またね、輪廻ちゃんも」
「あ、はい…また後で…」
出ていくまりん。
「あの…護君」
「ん?」
ちょんちょん…と控えめに突いてくる輪廻…なんか用か?
「あの…まりんさん大丈夫ですかね?」
「大丈夫って…何が?」
質問の意図がわからず、聞き返してしまう…質問に質問で返すな!…と怒られないだろうか…。
「いえ…まりんさんの事情からして護君が側に居てあげないとダメだと思うんですけど…クラスはランダムで決まりますから…」
「あぁ…なるほどね…その点なら心配ない。爺さんが学校側に掛け合って、まりんと俺を同じクラスに配属させるって言ってたらしいぞ?」
実は俺もそのことが気になり、さっき先生に聞いたのだ。
「ほっ…それなら安心ですね…」
安堵した顔の輪廻…こいつ、いつも思ってるけど優しいよな…。
ふと、出会った頃の輪廻を思い出す…いつも無表情、もしくは顰めっ面…そしてあの近づくな(緊張しているだけ)オーラ…それが今は…。
表情豊かで、輪廻本来の優しげな雰囲気が出ている…お?真っ当な美少女やってんな。
続々と現れてくる同じクラスの女子達。変わる代わり輪廻におはよう、と挨拶し、輪廻も微笑みながら返す…。
完璧にコミュ障は治ったと言えるだろう…なんだが誇らしい…特に何もしてないが。
微笑ましくなりながら、時間が経つのを待つ…その後、俺達は集会所に行くのだった。




