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さて、さっきも言った通り今日はダンジョン探索の日だ。
バスで移動中、装備の状態を確認する。
あれから草薙のアドバイス通りに棍棒を武器に選択し、ついでにナイフも装備している。
俺の異能のトリガーは血を流す事である。だから自傷用の武器も一応持っておこうと考えた訳だ。…ナイフを自分にぶっ刺すなんて考えたくないけど。
防具は動き易さ重視にしている。防御を固めたら異能の検証が出来ないからな…仕方ない犠牲だ。
草薙の方を見ると、使い込まれた刀と、俺ほど軽装ではないが動き易そうな防具を着込んでいる。
着込んでいる様子が自然だ。俺みたいに着せられている感が全く無い。
…流石は経験者だ、面構えが違う。
さて、今日探索するのは学校の近場にあるE級ダンジョンだ。
というかダンジョンが近場にあるからこそ、この場所にこの学校作ったらしい…パンフにそう載ってた。
因みに、学校の近くにあるダンジョンはこのE級とD級の二つがある。
ダンジョンの位はE、D、C、B、A、S、SS、SSSと段々と上がっていく…噂ではこの段階を超え、崩壊級ダンジョンなるものも存在するらしい。なんで急に固有名詞入った?
…まぁそれはいい。
そんな事情なので、C級、B級のダンジョンに潜るには遠出をしないといけないらしい。
ダンジョン探索経験者の草薙はB級まで入った事があるとのこと…。
つまりE級は余裕のよっちゃんということだ。頼もしいな。
クラス全員で集合場所に集まる。集合場所には先生達が先に待機していた。
「さて、お前らにはこれからダンジョンに入ってもらう。好きなメンバーで潜れ」
…そんな適当でいいんか? もっと相性とかで決めた方がいいんじゃないの?
「それと、別に一人でダンジョン探索をする事を禁止にはしない。だが、止めておいた方がいいとも忠告しておく。ダンジョン探索は基本的に命懸けだ。一人で行動するとなると様々な危険の対処を一人でこなすことになる」
生徒達は真剣な表情で先生の話を聞く。
…なんか真面目な雰囲気だな…俺も目をキリッ! …としておこう。
「それでも一人で潜るってんなら勝手にしろ、俺達はお前達を預かり教育はするが死に走る者に構っている暇はない。それでも一応授業だからな、教員も安全のため、数人一緒にダンジョンに潜る」
おぉ、俺達の担任とは違い真剣な言葉だ…やっぱあの担任ってちゃらんぽらんなのか?
「だから授業の日にはお前達に危険は無い。まぁ死ぬギリギリまで助けはしないけどな…それでは各々好きにメンバーを決めろ!決まり次第その人数と人名を俺達に告げ、ダンジョンに入れ!」
そうして生徒達は好きな様にメンバー決めをしていた。
ある者は仲の良い者と、ある者は異能の相性がいい者と、そして俺達はというと…。
しーーん…と、俺と草薙は周囲から取り残されていた…うん、そんな気はしていた。
俺はともかく草薙には声が掛かるのでは? とも思ったが…どうにも声が掛らん。
一応声は掛けたそうにしているが…恐れ多いとか、そんなことを考えている節があるっぽい。
さっき先生に聞いたが、大人随伴とはいえB級ダンジョンを攻略するのはとても凄いらしい。
この学校の教師は大体C級位ならソロで探索出来るらしい。
しかし、パーティであってもB級、A級ダンジョンをで探索した先生は少ないらしい。それ程までに難易度が上がるということなのだろう。
無論生徒も同様だ。
そんな感じで実力の差が開き切っているのはわかっているので、生徒達は草薙の足手纏いになると思っているだろう。
それと本人の意図していない不機嫌(不機嫌じゃない)オーラも合わさり、声を掛けられない様だな。
…まぁ、仕方ない。
てなわけで、先程の約束通り俺と草薙の二人でダンジョンを探索する事になった。
先生にそれを告げ、いよいよダンジョンに潜るのだが…先にこの落ち込んでいる草薙をなんとかしなければ…。
「おいおい草薙…そんなに落ち込むなよ」
「いえ…落ち込んでなど、…ただ、誰一人私に声を掛けてくれなかったのは…ちょっと…」
それは正真正銘落ち込んでいるのでは? と俺は訝しんだ。
まぁ、追求はしないけど。
…折角なんでフォローついでに改善点を話してやるか。
「いや、それに関してお前は悪くない。…が、そこで声を掛けてもらうって考えるのが良くない。基本的に生徒でお前より実力も知識も上の奴はいないんだから草薙から声を掛けないとな」
「うっ…。…耳が痛いです…」
しょんぼりしている草薙、なんだかんだ表情豊かだな、顔は無表情だけど。
「まぁそれを改善する為に俺がいるんだ。…なあに、まだ訓練も何もしていない状態なんだから仕方ないさ、別に一日や二日で改善しようとしてるわけじゃないし、ゆっくり草薙のペースで進んでいけばいいさ」
「桐崎君…ありがとうございます…」
なんだかんだ草薙はいい奴なのだからな。草薙がが意識を変えればすぐに改善するだろう。
ま、それは置いといて……。
「ほへー、これがダンジョンか…」
ダンジョンに入り、目の前に見えた光景は想像していたものと変わらなかった。
薄暗くて、石の迷宮みたいな感じだ。まるでファンタジー。
「あ、桐崎君。まずは周囲の警戒を…それとダンジョン内は暗い所、明るい所と様々ありますが、基本的にライトは常備して下さい。光が無いと味方の位置を見失うなんて事もあり得ますし、モンスターの接近にも遅れてしまいます」
「お、おう」
慌ててライトを取り出す。
「そんなに慌てなくても大丈夫です。むしろ落ち着いて作業して下さい。ライトを落として壊したら大惨事ですからね」
「了解…」
ライトを装備のライトを嵌める窪みに嵌める。
ダンジョン探索者の装備には大抵こういう窪みがあるらしい、防具を貸しくれるおっちゃんに聞いた。
「最近のライトは高性能で長時間稼働してくれま。…ですが明るい場所での使用はやめておきましょう。動力が勿体無いですからね」
しかもこのライトは点灯範囲も広い、周囲を明るく照らすがそれにより目を痛める事も無い…らしい。
原理はよく分からないが、ダンジョン資源を加工してそれを一般化したものらしいな…。
そこから様々なことをレクチャーしてもらいながらダンジョンの中を進む。幸いまだモンスターに出会っていない。
中に大量の生徒がいるからだろうか? 俺達は最後の方だったからな。
…それにしても。
「いやぁ…なんだか草薙に頼ってばっかで申し訳ねぇな…」
さっきからずっと草薙に知識をレクチャーしてもらってる。…これを他の奴に試せばいいのでは?
「いえ、気にしないでください、それ以外の所で桐崎君に助けてもらったり、教えてもらったりしているので…」
そう言っているうちに、ライトの先で何か見えた。
現れたのは最初のダンジョンでお馴染みのスライム…おぉ、なんか感動。
草薙が腰に差してある刀に手を掛けるが、それを慌てて静止する。
「悪い草薙…ちょっと俺の異能の検証がしたいからあいつは俺に倒させてくれないか?」
「…? ……それもそうですね。経験者の私が倒すよりも桐崎君が倒した方がいいでしょう。…承知しました」
そう言い、刀から手を離す…ふぅ…なんとかなったか…。
腰に挿しているナイフを引き抜き、手をちょっぴり刺す。
その行為に草薙は少し心配そうな顔をしたが、止めはしなかった。
俺の指から血が流れる…そしてその血をスライムに向かって飛ばすと…?
飛び去った血がスライムの肌に触れた瞬間。スライムが途端に暴れ回り、体からジュー!…っと肉が焼ける様な…溶ける様な音が聞こえた。
スライムは数秒苦しみ悶えた後、すぐに動かなくなってしまった。
…え?怖……。
「なんと…! こんなあっさりスライムを倒してしまうなんて…桐崎君凄いですね!」
「お、おう…?」
えぇ…? これ弱体化じゃないじゃん。普通に死んでるじゃん。
…もはや毒なのでは?
「あ、桐崎君、スライムの素材を剥ぎ取らないと、中のコアを引きちぎって下さい」
「りょ、了解…」
困惑を押し除け、スライムの成れ果てに手を突っ込み、中にあった球体を取り出す。
そしてそれを草薙に渡した。
「これは…うん。傷もないですし綺麗な状態ですね。しかも毒素を溜め込んでもいませんのでこのまま売っても問題無いほど品質が高いですよ。…あれ? てっきり毒の異能力かと思ったんですけど…」
不思議そうな顔をしている草薙…まぁ、わからなくはない。
「まぁ、側から見たらそう見えるよな。…異能の内容としては弱体化の筈なんだけど…」
「あっ! 桐崎君、自分の異能を他人に無闇に教えてはいけません。自分の手の内を晒すことになってしまいますから」
草薙の静止の声が俺に届いた。
…そういうものなか? じゃあさっき異能の相性でパーティを決めていた奴は仲良い同士の奴だったんかな。
そこら辺の事情は全く知らなかったので輪廻の助言は助かる。…が。
「別に草薙にならいいよ。色々と教えてもらってるしな」
「でも…」
草薙が不満そうな顔で俺を見る。ちょっと怖い。
「気にすんなって、別に言いふらす趣味はないんだろ? …忠告はありがとな、これからは気をつけるよ」
けど、その顔だって多分俺のことを純粋に心配してくれたものなのだろう。その心意気はとてもありがたかった。
「いえ! 私の気が収まりません…! ですので私の異能も一つお教えします。それでしたらフェアの筈です」
それじゃあ満足いかないらしく、草薙はそんなことを言って来る。
「いや…本当に気にしなくても…」
俺としては本当に気にしなくてもいい事情なのだが…。
「私が気にします…丁度モンスターが来ましたね。…あのモンスターで披露します」
どうにも草薙は強引な性分らしい。話を勝手に進めてしまった。
現れた間の悪いモンスターはゴブリン…これまたいかにもな初心者用モンスターだ。
「私の異能は斬撃の範囲の強化…それと斬撃の位置の変更…即ち」
草薙は居合の要領で刀を抜き、そして一瞬で刀をしまう。
…まぁ実際、俺の目では草薙の抜刀が速すぎて全然見えてないんだけど。
カチャン…と刀身を鞘にしまう音がするのと同時にゴブリンの胴が真っ二つになる。
「飛ぶ斬撃…と言うわけです。居合でなくても効果は発揮しますが、なんとなく居合で出すと威力が上がる気がするのでそうしてます」
「…………」
「…? 桐崎さん…? どうしたんですか?」
目の前の光景を見て息が止まった。
「す、すげぇ…! 飛ぶ斬撃なんてリアルで初めて見た…!」
思わず漏れ出た心の声。カッコ良すぎて感動していた。
「そ、そうですか?」
「感動だ。…凄い、めっちゃ凄い…! 俺、草薙と一緒にダンジョン探索出来て良かった…!」
「そ、そこまで喜んで頂けるとは…なんだか私も嬉しくなってしまいますね…」
なんだか照れた顔をしている草薙。
…はっ! こうしているわけにはいかない。
「というか草薙の異能の内容全部教えてもらってるじゃん! 俺は一部しか教えてないのに…これじゃ全然フェアじゃない!」
そう、俺の異能の内容を草薙は断片的にしか知らない。これはどう見ても不公平なのでは?
「え?」
「草薙…。俺の異能は俺が敵と認識している奴に俺の血液を触れさせると相手を弱体化させるって効果だ。さっきのスライムがなんで死んだのかと言うと、多分スライムには俺の血の弱体化に対する耐性が無さすぎて耐えきれず死んだんだと思う。多分だけど血液を触れさせた量に応じて、弱体化の性能も変化すると思うが、これはまだ検証してないからわからないんだ」
「あの…あの…!」
「多分使い方としては武器に付着させて相手を攻撃するとか、さっき、スライムにやったみたいに血液を対象に飛ばすのもいいかもしれない。あとは返り血を浴びた相手へのカウンターにも………」
「き、桐崎君!?そこまでで大丈夫です!もう言わなくてもいいですから!」
「いや、こんなんじゃ足りない!……残り二つの異能も教えるべきなのでは?」
「そこまで飛ぶ斬撃が見たのが嬉しかったんですか!?」
「うん」
輪廻が慌てながらそんなことを言う。
何を言ってるんだ。そんなの当たり前じゃないか。
男の子はね? 人生で一度は飛ぶ斬撃に憧れるものだ。自分で出来なかったとしても見るだけで興奮するものだ。
いい、とてもいい…。
「そんなにですか?」
「そんなに」
少し照れくさそうな顔をしている草薙が聞き返してくるが、即答する。
「……桐崎君は結構子供っぽいのですね…。…そ、それよりっ! さっきの技なら後でまた見せてあげますから、今はダンジョン探索に専念して下さい!」
「あ、はい」
草薙が話を変えるように言ってくる。それもそうだったな…。
興奮している心を落ち着かせ、俺はダンジョン探索に意識を向けるのであった。