ガンボール兼切り札
「あぁ? なに? 最近妙な奴らがいるって?」
義時が二十歳の頃。
義時はあいも変わらず極道家業を行っていた。
自分の組を粗方義時好みに矯正した後、義時の役目はまた別のことへと変容していた。
例えばカチコミの鉄砲玉。
桐崎組と敵対する別の組を潰すのは義時の仕事だった。
暴力たる義時はそんじょそこらの奴には負けない。なのでただ敵の本拠地に向かい、その組のトップをぶっ飛ばすだけでコトを済ませていた。
だが、義時は最近妙に強い奴と戦うなと違和感を持っていた。普通の人間を相手している時の様に余裕が全くない。ちょいとばかし本気を出さなければならない相手が現れたのだ。
それが異能者ということにはすぐに気が付いた。奴ら、義時に抗うために異能者を護衛として雇っているのである。
異能者でない義時が異能者と戦うのは荷が重過ぎるどころか無謀と言ってもいいのだが…幸いなことに義時が相手したのは三流の雑魚(と義時は思っている)だ。
いずれ自分の力が届かなくなることもあるかもしれない…自分が異能者でないのをちっとばかし恨めしく思うが、ないもんは仕方ないと、別の対抗策を考える。
……その対抗策というのが、昔のSF映画に出てくる、妙にパチモン臭い中国武術らしきものを使う武術らしきものから考えついたのだから、義時はやはりちょっと変わっている。
して、そんな桐崎組ではあるが、最近の舵取りは義兼ではなく、義時の兄、義隆が取っていた。
義兼は蛍雪が亡くなった少し後までは健康そうに過ごしていたが、それでも心労は溜まりに溜まり、遂には病院生活を余儀なくされていた。
義三が半ば強引に引退させられ、その後を継いだ義兼の仕事は大変が大変多かった。
まず、組の内部改革、義時がいる限り黒色のことは許されない。ならば、正規の方法でシノギをすることを考えつけばいい。
その結果、違法なことは少しはある。しかし桐崎組は…まぁそこそこ安全な極道一家となったのである。
その整備を終わらせた後、体調を崩し、義兼は倒れたのだ。
義時は義兼が倒れたと聞き、見舞いに毎日向かっていた。例え敵対するヤクザを一掃した時も変わらずに。
「…俺はよ…実を言うと、お前のことを少しだけ…本当に少しだけまだ恨んでいたんだ」
病院での時、なんらかの機会がピー、ピー、と規則的に鳴り続け、その空間の当然となっていた。
「知ってる。母ちゃんはああ言ってくれたけど、俺が母ちゃんをぶっ壊したことには変わらないからな」
義時の兄弟は三人いる。
一人が先程述べた義隆、二人目が次男の義貞、三人目が姉である吹雪…義時は末っ子だ。
その三人から捲し立てられた。お前は母さんを壊した存在だと。
「いいや、そのことじゃねぇ…俺はよ、お前が極道になったことを恨んでるんだ」
「……割と天職だと思うぜ?」
「いんや、違う…蛍雪はいっつもお前の将来のことを考えていた。お前の体ならもっと表に出れるスポーツをやらせた方がいいとか、マぁ、そんなことを色々とな」
「………」
亡き母の自分への想いを再確認しつつ、今は目の前の父のことだとその郷愁を振り払い、なんとか言葉を探す。
「…それでも、強引に定められたものだとしても、やり続けると決めたのは俺だ。…親父が気にすることじゃない」
「…そうか、お前ならそう言うと思ったけどよ…マ、それならいいさ…お前が自分で決めたと言うのなら、蛍雪も…まぁその道を許してくれるだろうさ」
「…そうあってくれると嬉しいが…」
母はもう亡くなっている。どんな言葉もこの世にいないのであれば義時には届かない。
「……さて、俺はそろそろ時間だ。今日はおっさん連中から呼び出しを喰らっていてな」
重い腰をあげる様に、義時は座っていた椅子から立ち上がる。
この椅子は義時が持ってきた私物で、鉄製で頑丈に作られている。そんじょそこらの安価な椅子では義時の体重を支えられないからだ。
「おう、今日もありがとな…まぁ、俺はまだまだくたばらないからよ。毎日…なんて忙しくしないで、三日に一度程度でいいんだぞ?」
「まぁ忙しい時はそうなるかもしれねぇが…これは俺が好きでやってることだからな…じゃ、元気でな」
土産…とばかりに持ってきた果実の詰め合わせを近くにいたナースに預け、義時はようやくその場所から立ち去った。
「……ほんと、蛍雪の言う通り優しい子に育ったもんだ。…一番最初の俺を一回ぶん殴ってやらんとな」
その呟きを聞いたのは、果実の詰め合わせをどうしようかと悩んでいるナースだけだった。
そして、展開は最初に戻る。
妙な奴ら…と聞くと義時はどうしても物騒なことを考えてしまう。それが自分の役割だからだ。
「そうなんすよ義時さん。なんでも組長代理が新しい資金源としてとある組織とつるんでいるそうで…至王会ってご存知ですか?」
「あん…? 聞いたことない名だな。どういう組織なんだ?」
勿論調べはついてるんだろう? と意味を込めて。
義時にその情報を持ってきたおっさん一号は勿論、と強く頷き喋り出す。
「ええと、至王会というのは簡単に言えば異能至上主義団体の一つで、最近頭角を表した存在らしいんでさぁ、なんでうちと接点が? と思うでしょうがなんでも、最近ヤクザの護衛の異能者がばったばったと薙ぎ倒されているんで、こりゃ相当強い異能者がいるんだろう…ってことで、その団体さんがうちに興味を持った様なんです」
「………はぁ」
それは全くの見当違いと義時は言いたい。
義時は純粋な一般人…やることなすことは一般ではないが、それでも異能を有していない人間だ。
その…異能至上主義? の人間的にはがっかり…というか憤慨ものじゃないか? と義時は心の中で疑問を投げかける。
…こいつに話しても意味はないから口には出さないが。
「んで、うちの組長代理とその団体さんとの間で一度話し合う機会が出来たそうで…で、そっから話しているうちに両者は意気投合、うちからは土地を用意してやる代わりに、あちらからは地代を徴収するって話になったそうなんすよ」
「あの馬鹿野郎が…どう考えても厄ネタじゃねぇか」
その…異能なんたら主義? というのは詰めるところ宗教の様なものだと義時は考えた。
なんとか主義というのは大体人の考え方、生き方に起因するもの、そしてそれらが金を持っていると言うことは集団であり、考え方を共有した人の団体のことを宗教と呼ぶ。
少なくとも義時はそう考える。そして宗教というのは土地を殺す毒だとも。
まず、考え方の違いによる闘争。二つの宗教が一つの土地に集まればそれ必然、信者の数の綱引きが始まる。
それだけで終わればいいが、最終的にその綱引きは前提を失い、集まった信者による互いに殴り合う血みどろの争いが始まる。
まぁ、幸い? 桐崎組が根城としているこの町はそこまで一つの宗教に拘る土地ではない。なので新たな勢力が加わった…というだけで終わる筈なのだが…どうして、そこをうちがバックアップしているんだろうと義時は思う。
桐崎組は昔からある極道一家、町との繋がりは深いし、この土地の人間から、"なんとなく、この町にはそういう人たちがいる"という存在感を与えている。
そんな奴らがバックアップしたら他の奴等も黙っていられない。文句を垂れる奴も出てくるだろう。
それがなんとも…。
「…面倒くせぇ…」
義時にはかったるかった。
主に事後処理は自分の役目なので…詳細に言うと鉄拳による制裁だ。
「文句を言う気持ちはわかりますが、代理とはいえ組長が決めたもんなんで…明後日に貸した土地にビルが完成するらしく、その完成祝いに組長代理達がそのビルを下見するらしいっすよ?」
「──あ? 俺、聞いてねぇけど」
義時の迫力が三重ぐらい増す。それを見て年上のはずの彼は小さな悲鳴をあげた。
「ビルが建つってことならその話し合いは何年前のもんだ?」
「いえ、ビルの工事は大体一ヶ月前らしいですぜ? なんでも建築に使える異能者を集めて爆速で建てたとか…」
「あーー…」
通りで最近街に工事音が鳴り響くと思ったところ…義時は一瞬自分の怒気を見失うが、また再燃させる。
「それでも一ヶ月も前のことかよ…おい、なんで俺に知らせなかったんだ。どうせ知ってたんだろ?」
「へ? い、いやぁ…自分、知らなかった…すよ?」
黒確定。
どうせ兄辺りが金を握らせて口封じしたのだろう…ご苦労なことだが、普通にイラつく。
「…で? なんでこのタイミングでそれを俺に知らせた?」
糾弾する様に義時は睨みつける。おっさん一号を十以上歳の離れている男に心底ビビっていた。
「え、えと…組長代理が話しておけって…」
「………はぁぁ…」
深いため息。義隆は義時を利用するつもりでいる。
義隆にとって義時は目の上のたんこぶの様なもの…制御出来ないくせに、勝手に行動を起こすもの…そしてその行動はその全てが常識外れ。いつだって義時は義隆の想像出来ない結果を残してきた。
たんこぶを通り越して大傷そのものだが…義時の力だけは信用出来る。なら、それを利用しない手はない…ということだ。
「……はぁ、仕方ない…か」
利用されると聞いて普通は険悪感とか、不快感を感じるだろうが、義時が感じ入るのは憂鬱だけだった。
義隆が義時にやらせようとしているのは護衛だろうということはすぐに理解出来た。
そこらの異能者を〆ることが出来る義時が護衛にいるなら安心…とのことらしい。
義時からしてみれば別に護衛をする必要はない。なんたって義時と義隆の仲は最悪、ぶっちゃけ殺し合いに発展しないのが不思議な程だ。
義隆は例外ではない、残った次男も義時のことを嫌っているし、長女も義時を嫌っている。
なので、感情の面から見ると義時は彼らの事を護衛したくない…けど。
「…母ちゃんと親父の子供だもんな…助けられる場面で見捨てるのは後味が悪い…かぁ」
ま、肉親だし?
というだけで暗殺を仕掛けてきている相手を助けてしまうのだから、義時はやっぱりちょっと変わっていた。




