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あれから一週間が過ぎた。
その間も隣の人の熱視線は止まらず。まるで全身に穴が開いてしまいそうになるほどだ。ちょーメンドイし、やりずらい。
…それもこれも俺の異能を検査した教師が悪い。
あの野郎…俺が四つ異能を持っていると高らかに宣言し、俺は晩成するとか云々かんぬん言いやがった。
もう一度言うが異能は普通は一個、二個でも多いなぁという感じなのだ。
そんなメチャクチャ珍しい俺なのだが…。実は新入生代表の異能の数は三つ。つまり俺よりも一つ少ない…。思いっきし代表の顔潰してんじゃん…。
あばばばば…どうしてこうなってしまった。
お陰で自己紹介もぎこちなくなってしまった。
だって俺が何か言おうとしたら…『わー!四つも異能を持っているんだから特別ですごい人なんだろうなぁ…』と、期待の眼差しでこちらを見てくるのだ。
やめて!そんな目で俺を見ないで!
…結局当たり障りの無い言葉しか出ず、自己紹介を終えてしまった。その間も変な眼差しは止まらなかった。
俺はただの貧乏学生なのに…。
さて、そんな話は一先ず置いておく。
ある程度この学校生活にも少し慣れた所で、今日はダンジョンを探索する最初の日だ。
この一週間で防具やら武器やら決めろと言われていたのだが…実はまだ決めてないのである。
俺の異能は基本的に扱いづらい。
なんせトリガーが大体血を流すというとなので痛い目に会わなければならないからだ。
しかし痛いのを怖がって防御をカチカチすると異能が腐ってしまうし…悩ましい所だ。
誰かに相談しようにも先生は生徒の自主性に任せると言って聞かないし、他の奴には俺が凄い奴に見えているらしいので聞きにくい…そして隣の新入生代表は…。
「ジッ……」
と俺を睨んでくるし…はぁ…。
しかしこうしている間にも時間は過ぎてしまう。
意を決し、俺は新入生代表に声をかける事にした。
「あの…代表? 少し相談したい事があるんですけどー…大丈夫っすか?」
「……はい? …なんですか?」
不機嫌そうな声だがちゃんと答えてくれた。こういう所は律儀なんだよなぁ。
「いや、俺まだ武器とか防具とか決めかねててさ…どんな武器にしたらいいか相談したいんだけど…」
「そんなの自分の好きな様にすればいいじゃないですか、自分の異能に合った武器を使えばいいんじゃないですか?」
突き放す様な言葉…それがわからないから聞いてるんだが?
「いやー…でも扱い易い武器とか色々とあるじゃないですかー…俺、そこら辺初心者だから代表に教えて欲しいんですけど…」
なんとか負けずにそう言ってみるが、どんどんと声が小さくなってしまう。
だって俺が一言話す度に威圧感が強くなってくるんだもん! 怖ーよマジで!
「……教えを乞おうとしているのならその代表呼びは止めてください。私には草薙輪廻という名前があるんです。…もしや、知らないとは言いませんよね?」
「へ? …お、おう! 草薙さんでしょ? 勿論知ってる知ってる」
やべー!全然知らんかった。そういえば草薙さんの自己紹介の時、周りの目が痛過ぎて全然聞いてなかった。
「はぁ…知らなかったのですね…少しは周りに目を向けたらどうですか? …それとその喋り方、やけに下手に出るのを止めてもらえますか?」
「えー…」
それは俺のせいではなく代表の威圧感のせいなんだが…。
「えー…じゃありません。私達はこれから共に過ごすクラスメイトなのですからそんなに下手に出られたら面倒です」
「ん? り…ょ、了解…」
お? なんだ…? 俺ってばなんだかんだ同じクラスの人間と認められている?
「それで?扱い易い武器…ですか? …そうですね…」
代表…草薙さんは少しだけ悩む素振りをする。
…ちゃ、ちゃんと考えてくれている…?
「…それでは棍棒とかはどうですか?」
「棍棒?」
草薙さんが出した結論ははっきり言って地味なものだった。
「はい、剣などは様々な技術があったり、それに付随する歩法などもありますが、棍棒は基本的に大雑把に扱えるので初心者にお勧めできると思います。…戦いに慣れたら好きな武器に変えていくと良いと思いますよ」
「おー!」
なんて…なんて為になるんだ!
あんな適当教師よりも俺の気持ちに沿って説明してくれている。
…あれ?もしかして草薙さんがこのクラスで一番接し易いのでは?
「防具については…戦闘スタイルによって変わりますね。攻撃に注視するのであれば動き易い軽装、守りを固めるのであれば重装、桐崎君はどの様な戦い方をするつもりなのですか?」
「戦い方ねぇ…」
俺の異能の内訳は攻撃寄りだと思う、しかも怪我をする前提の…。
…で、あれば…。
「多分俺は異能の内容的に軽装になるかな? …ありがとう草薙さん。めっちゃタメになった!」
「…ならよかったです」
草薙さんは深いため息を吐く。
その後に再び口を開いた。
「…さて、貴方の相談に乗った訳ですから私の要望を聞いてもらってもよろしいでしょうか?」
「ん? あ、はい。いいっすよ」
別にそんな約束はしてないが、これだけ教えてもらったんだ。
借りっぱなしというのも気持ち悪いし、恩返しするのが筋ってもんだろう。
「質問があるのですが。…何故…貴方達は私と話すときやけに怖がるのですか? 特に怖がられる事をした覚えはないのですが…」
「へ? いやー…なんででしょうね?」
な、何も言えん。言ったら殺される。
…君の雰囲気が怖いからみんなそうなるんだよと誰が言えよう…。
「桐崎君だけならばまだ理解できるのですが、他のクラスメイトにも怖がられるのは少し納得できません。…思えば私も大人気なかったですね、代表の言葉の時、緊張していてつい能天気な貴方を見かけて逆恨みで睨みつけてしまうなんて…」
あ、そんな事情が…。
…うん、それは百パー俺が悪いな、申し訳ない…。
「えっと、ならなんで話す時ににら……顔が強張ってるんですか?」
疑問として聞いてみる。
「あ、敬語は不要ですよ。同じクラスメイトですので…それに今は怒ってないですし…私の敬語は性分ですから」
威圧感からつい敬語で話してしまったが不要らしい。
…そうだよな、普通クラスメイトなら敬語は使わないよな。
「あ、そうなの?じゃあ遠慮なく…」
本人がタメ口でいいと言ってるのだからそうさせてもらおう。こっちの方が楽だし。
「それで顔が強張る…ですか?」
草薙が顔を強張らせてそう聞き返した。
…そういうとこだよ? とは今は言うまい…理知的に説明するとしよう。
「そう。草薙が喋ってる時に顔が強張るというか、目力が強くなるというか…そんな風になってる」
今もそうだよ!
…そんなツッコミは口には出さない。
俺の言葉に草薙はんー…と、少し唸る。
「…私としては睨んでいる感覚はないのですが…おそらく私はあまり対人関係を築く事が少なく、友達も一人もいませんでした。…ですから、同い年の人と話す時に緊張してしまうのです。…もしかしてそれが原因ですか?」
「あ、多分そう」
なるほど…あれは睨んでいるのではなく、緊張している…が正しいわけか。
なるほど、多分ジッと俺を見ていたのは話しかけようにもどうすればいいか分からなかった…ということなのか?
「そう、ですか…」
心なしか落ち込んでいる様に見える。
あ、わかった…こいつコミュ障なんだ。
それに加えて表情筋がセメントで固められてんのか? ってぐらい動かないことも人に怖がられる理由の一つだろう。
表情のない美人はなかなかに敬遠される物だろう。人となりを知ればそこまで怖い人じゃないっていうのはわかるのだが、新入生代表って肩書きが邪魔しているな…余計に近づけない雰囲気になってる。
かく言う俺もこうして会話しているから草薙が落ち込んでいるってことが理解出来ているが、側から見たら俺が草薙に怒られているのかな? …って見えるだろう。
…うーん、どうするか。
「どうすればいいのでしょうか…」
無表情ながらもシュン…としている姿、おっ! そうだ。
「なら俺と一緒にダンジョンに潜らないか? ダンジョン探索ってのはチームとの連携が重要なんだろ? 草薙は新入生代表って大層なもんに選ばれたんだから、ダンジョンの知識はあるんだろ?」
「え…? …え、ええ…一応中学の時から、大人と一緒にという条件はありましたがダンジョンに潜っていましたけど…」
「ならそういう知識から会話を広げる事が出来ればば自ずと会話も出来るはずだ。流石に俺ほど無知って奴はいないけど、どっこいどっこいの奴らは沢山いるはず…教えるって方面から関わっていけばいいんじゃないか?」
そんなことを提案してみる。話せることから話すというのはコミュニケーションの定石だ。
ちなみに、その加減を間違うと大変嫌われる。聞いてもないことを言う奴がその例だな。
「なるほど…桐崎君。とてもいいアイディアですね、乗りました」
草薙は意識していなければ分からないほど小さく口角を上げ、俺に手を差し出す。
「これからよろしくお願いしますね、桐崎君」
「お、おう! よろしく、ダンジョン探索については迷惑かけるかもしんないけど、そこら辺は面倒見てくれると助かる…」
それが握手の誘いという事に数瞬遅れて気づき、俺も応じる。
「はい、それは大丈夫です。…私は経験者ですから…大きい船に乗ったつもりで安心してもらっても大丈夫ですよ」
「おう、頼むわ」
ここに、草薙輪廻のコミュ障直そう同盟が誕生した。
先は長いだろうが…頑張るか。