18
その翌日。
今日も今日とて登校しようと思っていたが…そういえば学業の課程はもう終わっていた。
…つまり今の時期はダンジョン課題しかない訳だ。
課題をクリアした者はどうなるのか? …原則登校すべきという流れはあるが、登校しても自習しかしないし、かといって出席日数も別に減らない。ってことはなるほど…。これはサボっていいやつだな?
わーい! 休みだ! 俺は正当に学校を休む権利を得たのだ! こんなに嬉しい事はないぃ!
それから時は過ぎ…。
「………暇だ。やっぱ学校いこ」
そう思ったのはあの死闘から一週間経った後だった。…このまま家にいてもやることがない。俺に趣味と呼べる趣味ないからな…。
結局この一週間は木刀を振ったり、家事を手伝ったり、愛梨にちょっかい掛けたり、他のチビ共と遊んだり…あ、結構趣味あった。
そんなことはさて置き通学路を歩く。
いつもは遅刻寸前に家を出ていたので碌に風景を見ていなかったから、こうしてゆっくり通学路を見るのは初めてかもしれない。
もう梅雨の鬱々とした湿気などは感じず、今はもう猛暑と呼べるの蒸し暑さの時期に移行している。
どっちが嫌? と言われても選ぶのは難しいかもしれない。
まぁ俺としてはこの猛暑は別に嫌いじゃない。暑くはあるけれど、この汗を流す感覚も、この暑い中食べるアイスも…そして…。
「暑い場所から涼しい場所に行く時の快感は素晴らしい!」
これをマッチポンプという。だって別に最初から涼しい場所にいればいいやん。
「急にどうしたんですか?」
「なんでもない、夏の暑さにやられてただけ」
ドアをガラーっと開けて叫んだら中に人がいた…誰もいないと思ったのに…。
無性に恥ずかしくなるのを感じながら、中にいる草薙に声を掛ける。
どうやら教室には草薙しかいないらしく、恥ずかしさ半減…ちょっと安心だ。
「おはようございます。桐崎君」
「おはよ、草薙…他に人いないの?」
「えぇ、皆さんはまだ課題が終わっていないそうなので…私は桐崎君を待っていました」
「ん…? 俺?」
待つ? なんで? …草薙は確かダンジョン課題終わった筈では?
「いえ、任侠ゴブリンとの戦いは殆ど桐崎君がしていましたからね。私は参戦していない判定になって、階層主に挑み直さなけれぼなりません」
むむ、なんたってそんなことに。
あの時輪廻は残っていた子分を処理したり、倒れた俺を救助したりしてくれたんだ。なのにそんな判定になるのはちょっと納得いかない。
しかし、ここで俺があーだこーだ言っても教師陣は決定を覆さないだろう。それに草薙もその提案を了承してしまっている。
「あー…悪いな…俺の我儘押し通す形になっちゃって…」
なので、俺から言えることがあるとするのなら、こうして謝るだけだ。
「いえいえ、気にしないで下さい。お陰で貴重なものも見れましたから」
……草薙が納得しているのなら…それでもいいか。
「そうか?…あー、必要ないとは思うけど、ダンジョン探索手伝おうか?まぁ草薙の事だからもう課題クリアしていると思うけど」
一応言ってみる。
一週間あったんだ。草薙の実力ならとっくのとうにボスなんて倒してるだろ。
「いえ、お気遣い有難うございます。…それでは明日からまた一緒にいきましょう。……槙島先生も誘いましょうかね?」
「ん? まだ倒してなかったのか?」
「えぇ…一度は十層に到達したはしたんですが…なんだか階層主を倒す気にならなくて…桐崎君の凄いところを見させていただいたので、私の事も見て欲しかったんです…」
「お、おう…お前が凄いことはとっくに知ってるけどな…まぁそゆことなら手伝わせて貰うわ」
照れながら言うもんだから、こっちもなんだか照れてくる…。
「あ、そうそう。あのボスゴブリンが持ってた太刀って今どこにあるか分かる?」
「あぁ…! その事伝えようと思ってたんです。付いてきてください」
草薙が席から立ち上がって案内してくれる。それに素直に従う。
案内されたのはこの学校の武器庫。俺が棍棒とか金棒を借りた場所だ…。あ、そういえば金棒壊しちゃったな。
…も、もしかして…べ、弁償!? あ、あば、あばばばば…。
「金棒に関しては安心してください。特に賠償などはしなくていいらしいですよ? むしろそこまで激しい戦闘に使ってもらって誇らしかったって製作者の方が言ってました」
「あぁ…よかった安心。……あと思考読むのやめてね? 本当にビビるから」
「桐崎君が顔に出やすいだけですよ…と、ここですね」
案内されたのは武器庫の奥の奥。その中にやけに威圧感を放つ太刀があった…あぁ、これだ。
自然と手を伸ばす。柄を握ると異様に手に馴染む。
まるで愛用している様な…実家の様な安心感というか…。
とにかく俺の物! という感覚がビシビシと感じられる。
「完全に調伏出来ていますね…分かってはいた事ですが凄いです…ここ最近凄いって言葉を使い過ぎてるくらいには凄いですよ」
「調伏?」
聞き慣れていない単語だったからつい聞き返す…確か意味としてはなんか悪い奴を押さえつけるとかそんな感じだったか? うろ覚えだけど。
「えっとですね…桐崎君はモンスターのドロップについて詳しく知っていますか?」
ん?モンスタードロップ?…ええと…確か…。
「素材は基本的に剥ぎ取る。モンスターの死体は一定時間が過ぎると消えてしまうので帰る前に剥ぎ取る。モンスターの使っている武器は基本的に持ち変える事はできない…だったか? …ん?そうなるとこれがここにあるのおかしくね?」
この太刀はボスゴブリンが使っていた武器だ。さっきの話通りだとこれも消えている筈じゃ…。
「はい、よく勉強出来ていますね。ですけど、特殊な事例として、モンスターを倒した際に、特殊ドロップという現象が稀に起こります」
「特殊ドロップ…」
いったい何だろうと繰り返すようにその言葉を口に出す。
「特別な行動等によりモンスターが普段落とさない超激レア素材が落ちる事があります。私が知っている方法ですと…ユニコーンの角ですかね? ユニコーンの角は基本的に硬くて切り取る事は難しいんです。無理矢理取ろうとしても何故か砕け散ってしまうんですが…その…」
急に言葉が詰まったな…でも大体察したわ…ユニコーンは結構有名だしな、ダンジョン関係なく、
「あれだろ? 多分だけど処女じゃないと剥ぎ取れないんじゃないか?」
「そ、そうなんです!…正確には戦闘から剥ぎ取りまで…その…。…経験の無い女性で行わないといけないのですが…。こほん!今回桐崎君と任侠ゴブリンの戦いもそれにあたります」
「ん…?」
記憶を振り返る…んな特別なことしたっけ?
「普通はあんなふうにモンスターとタイマン?勝負しませんよ…」
「あぁ、あれか…俺も別にあんな事するつもりなかったんだが…テンションが上がったのと意地で続けただけだからな…確かにあまりやる方法じゃなかったな」
「それが任侠ゴブリンの特殊ドロップ条件なんでしょうね。普通ならそんな事しませんし、やろうとする人もいませんからね……実はまだちょっと怒ってますから…確かに感動はしましたけど、危ない事はよしてくださいね?」
「ういす…」
怒られてしまった…自分でも馬鹿な事したなぁとは思っていたからな…反省はしよう。
「それでこの太刀ですが…一度貸してください」
「ん? おう」
太刀を草薙に渡す。その瞬間…。
太刀がガタガタガタと震えている。え? え!?
そして草薙の腕に裂傷が突如として現れる。ちょ!?
草薙は太刀を俺に返してくる…ってんな事よりも!
「と、こんなふうに認められない者が持とうと…きゃっ!」
草薙を抱える。
「怪我してんじゃねぇか! 速く保健室行くぞッ!」
「あの! あの!? き、桐崎君? おろ…下ろして…っ」
急いで保健室に向かう。今の俺の足の速さならすぐに着く筈だ。
そうして走ること一分ジャスト。俺は保健室にたどり着いた。
バァン! と、ドアを勢いよく開く。
「せ、先生! 草薙に傷が! ど、ど、ど…どうしよう!」
「んー? …おっ! …って怪我してんじゃん。早く降ろしな」
なるべくゆっくり、丁寧に降ろす。草薙が怪我するなんて初めて見た。…だからこんなに動揺しているのだろうか。
「……………ぅ」
「ん? あはは、恥ずかしいだろ? 意識が無かったからいいけど、意識があったら桐崎も今のお前と同じ様に思ってただろうからな…次からは気をつけなよ」
「………はい…、今理解できました。…お、お姫様抱っこがこんなにも恥ずかしいとは…!」
何やら顔を隠しているけどそれより傷!
「先生! 草薙の容体は!」
「んー…まぁそこまで深くはないね。精々体の表面が切れたってぐらいだ。薬を渡すからそれを塗って、後は包帯を巻いとけばすぐ治る…よし!」
手際良く治療してくれた様だ。もう作業が終わっている。
「ほっ…なら良かった。…というか草薙…? お前反応からして分かっててあんなことやったよな…。…そうなるなら先に言ってくれよ…本当に焦るから」
はぁ、…と、一つ大きなため息を吐きながそう言う。本当に勘弁して欲しいものだ。
「す、すみません…言葉で説明するより実践した方が速いと思ったのですが…。そ、それでは!さっきの場所に戻って説明に戻りますね!」
俺に一言謝り、草薙は少々早口でそんなことを言う。
その時の草薙は何やら顔が赤く、焦っているみたいだったが…はて、なんでだろう。
「桐崎やるじゃん! ちゃんとやり返したな!」
「………だからなんの話?」
────
先程の場所に戻る。道中草薙が無言だったが、特に気にすることではあるまい。
「さ、先程の話に戻りますね…えっと、何を話してたんだっけ…あぁ、あの太刀についてですね」
「おう」
力強く返事。
草薙はそれを聞くと、こほんと一つ大袈裟に咳払いをして、キリッとした表情になる。
「モンスタードロップに限らず、武器には稀に意思の様なものが宿る場合があります。例えば先程の太刀。桐崎君が持っていても特に異常は出なかったですが、私が持つと危害を与えてきたでしょう?」
「そうだな…むしろ手に馴染み過ぎるのが少し変だなと思ったが…」
そんな疑問を呟く。
すると、草薙はほんの少し微笑んだ。
「ふふ、本当に相性が良いみたいですね。…それで、そういった魔剣や妖刀に認められる事を調伏と言います。この太刀は妖刀の中でも相当格が高いですね…私の時風に負けない程ですよ?」
あ、草薙のいつも使っていた刀ってそんな名前だったんだ…それに妖刀…妖刀!?
実はそうなんじゃないかなと思っていたが、草薙の扱う刀も妖刀だったか。
「因みに…参考程度聞くけど、草薙の刀は他の奴が触るとどうなるの?」
取り敢えずそんなことを聞いてみる。比較は大事だしな。
「私のはそこまで酷くないですよ? 持つとビリっとしたり、熱くなって持ってられなくなったり…そう考えるとこの太刀は相当じゃじゃ馬ですね」
太刀を見る。
あの時はゆっくりと見る時間なんてなかったからよく見ていなかったが、改めて見る意匠は見事なものだ。
鞘にはあのボスゴブリンの刺青の様な立派な模様をしているのもいいポイントだ。…して、刀身は…?
鞘を少し引き、刀身を晒す…。刀身は思っていたのとは違った。
前に見た時…ボスゴブリンが持っていた時は普通の鋼色だった気がしたのだが…。今の刀身は赤黒く染まり、太刀全体から禍々しさを感じる。
「桐崎君に調伏されて有り様を変えたみたいですね。桐崎君以外には誰も使えない…世界で一つの武器です」
「そう言われると…なんだか嬉しいな…」
あんな大変な目に遭った甲斐があったもんだ…。男の子は専用って言葉に弱い。
「そうだ! 銘を付けてあげたらどうですか?その方が呼びやすいと思いますよ?」
「銘ねぇ…」
あんまりそういった事に疎いからな…ここは…。
「草薙が付けてくれないか?」
「わ、私がですか?こういうのは長い付き合いになるものですし…桐崎君自身が付けた方がいいと思うんですけど」
それはあるかもしれないが…。
「俺がこの太刀を手に入れられたのは異能の力もあるだろうけど、やっぱり草薙との訓練のお陰だと思うんだ。多分それが無かったら俺はあのボスゴブリンと戦う事すら出来なかったと思う」
もし草薙に関わらなかったらボスゴブリンとも戦うことはなかっただろうが…それは言わないお約束だ。
「それはそうですけど…でもそれは桐崎君が頑張って得た力です。私の力なんてほんのちょびっとしか無いと思いますよ?」
「俺にとってはデカいんだよ…。まぁ無理にとは言わないけどな、よかったら…って程度だ」
そう言うと草薙は少し悩んでいる様子だったが…。
「そこまで言われたら…ふふ…その銘付の名誉、承らせてもらいます…」
軽く一礼…しかし、その所作は引き込まれる程に似合っていた…なんだかんだというか、正真正銘お嬢様だからな…。
その後、草薙がすぐさま静かに考え込む様な姿勢をとる。その姿も洗練されているようだった。
そうして、ほんの数分が経過したかと思うと…。
「…………羅刹…なんてどうでしょう?」
一つの答えを指し示してくれた。
「羅刹? これまた物騒な名前だな…死ぬ程似合ってるけど」
まさにこの太刀の偶にあるような名前だ。…確か元の意味は人を食う鬼だったっけな?
「史実とは関係ないんですけど、草薙流刀術の中に禁じ手と呼ばれる術がありまして…その中に羅刹という名前があるんです。曰く、破壊力だけならば草薙流の中で一番だと…今は失伝して誰も使えないんですけど…その技に相応しいほどの太刀になって欲しいと思って…」
そんなふうに俺が呟くと、草薙は補足をするかのように由来を言ってくれた。
そのことを聞き、更に気に入り…。
「いいね、それ貰い」
めでたくその名前を頂戴することにした。
これ以上ないくらいに似合ってると思う…やっぱり草薙に任せてよかった。
「気に入ってもらえてよかったです。…それで、桐崎くんへの用事はもう終わりなんですけど…宜しかったらこの後うちへ寄りませんか? 桐崎の体が鈍っていないか心配なので」
「なにをぉ? 俺の素振りの成果見せてやんよ!」
「ふふ…それじゃあ見せてもらいましょうか」
結局すぐに学校を出て、草薙の家で訓練した…が、結局一度も勝てなかった…隣の山は遥か向こうだな。




