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ゴールデンウィーク。
嬉しいハッピーな連休…どんなに終わってほしくないと願ったとしても、何事にも終わりは来る。
つまり…ゴールデンウィークが終わった。
学生達は少しの惜しみと、連休明けに友人に会える喜びを大いに表す。大人? 大人はそんなの関係なく働いてるよ。大変だね。
さて、ゴールデンウィーク中は訓練に明け暮れ、体も少しは引き締まったと思う。
元々筋肉はついている方だったがそれでも無駄な贅肉があったらしい。あの地獄のランニングが終わったあとに体重を確認したら少し減っていた。…短期間しか訓練してないのになぁ…。
だがあの関連の日々が俺の力になる事は確か…感謝こそすれ、恨む事などあり得ない。…超辛かったけどね?
そんなゴールデンウィークを乗り越え、登校する。そうして学校に着き、教室の中に入る。
教室の中で一番先に目に入ったのは…俺を鍛えてくれた存在…草薙の姿だった。
草薙の表情はまだ少々固いけど…それでも最初に出会った時と比べたら雲泥の差…月とスッポン並みに変わってきている。
何よりの特徴として笑顔が増えてきた。体から出ていた不機嫌(不機嫌じゃない)オーラも消え、草薙本来の優しげなオーラがほんわか滲み出ている。
それのおかげで話しかけやすくなったんだろう。
二回目のダンジョン攻略の時は話しかける存在がまだぼちぼちみたいな感じだったが、ゴールデンウィーク明けからは殆どの生徒が普通に話しかけていっている。ゴールデンウィーク明けの浮かれた気持ちも作用してるのもデカい。
で? 当然そうなると草薙には人が寄ってくるわけだ…。
元々草薙は人気者。人溜まりができるのも理解できる…。さて、そんな人気者の隣席が空席だったのなら…どうなるでしょうか?
正解は勝手に座られる…だ。
まぁ、仕方ないとしか言いようがない、草薙と俺とでは登校時間が違うからね…。ちなみに俺は遅刻スレスレが多く、草薙は早めに学校に来ている。
この人混みの中、退いてと言うのは心苦しい…話してるの邪魔しちゃ悪いかな…とか思…思わなぇわ。俺悪くないし、勝手に人の椅子に座る方が悪い。
「おい。そこのあんた…そこは俺の席なんだ、退いてくれねぇか?」
「え、あ、はい…ごめんなさい…」
俺の席に座っていたのは小柄な女の子…少し怯えた様子で謝ってくる。
…やばい…俺ちっとも悪くないのに罪悪感がある…こういう小動物的なものの上目遣いには誰しも弱いのだ。
「いや、やっぱええんやで…ホームルーム始まるまで座ってていいよ、その直前に戻って貰えると助かる」
「あ、ありがとうございます?」
ついつい席を譲ってしまった…まー…仕方ねぇか。
先生が来るまで廊下で暇を潰した。……まぁこれも草薙にとってはいい事なのかね?
────
さて、本日の授業、異能学についてだ。
異能学とは! …近年多様化する異能について学術的に解析し、異能を持つ者に責任や義務を学ばせる…とか云々言ってるが、簡単に言えば異能についていろいろと学びましょう! って事だ。簡単でいいね。
さて、そんなざっくり説明ではなく真面目な説明をすると…。異能は全人類分け隔てなく発覚する訳ではなく、特定の人物にしか発覚しない。つまり、そこには異能を持っていない人間と異能を持つ人間に差が生まれる訳だ。
それが原因となって、大事になったことがあるんだよ。
魔女裁判ってあるだろ? 特異な力を持つ魔女という存在が教会によって処刑されるってやつ。それと同じ様な事が昔起きたんだよな。
異能を持つ人間は危険だ! 異能を持つ人間は人間ではない! 異能を持つ人間を排除するべきだ! …とかなんとか…。
まぁ気持ちは分からんでもない。もし異能を持った奴が暴れたらどうする? 集団で囲めばボコれるかもしれないが、それでも被害は出るだろ?…臭いものには蓋…脅威は先に排除しておきたい訳だな。
それで全員排除するのは極論だと思うけど。
でもまぁ異能排除主義は異能者が現れた始めた黎明期に多く存在したが現在は数を減らしている。
…今でも一定の数は存在するがな? まぁそれはしゃーない、人の考え方なんてのは無数だ。それを押しとどめる事は不可能って歴史が証明してくれている。
だが、近年新たに新しい考え方が生まれ始めている。
それが昨今の問題。異能至上主義だ。
簡単に言えば異能を持つ人間は特別。だから無能者(異能至上主義が異能を持っていない人間をそう呼んでいる)は刈り取り、異能を持つ人間だけの世界にするべき…と、なんともまぁ荒唐無稽な話だなぁ…自分の親が異能持ってなかったらどうするんだか…。本当にくだらない…。
異能至上主義が成立した背景には、異能排除主義に対抗する組織として異能者が作り出したが、異能を持つ者が増え、異能排除主義の勢力が減るにつれあり方が歪み…こちらも極端な考え方に移行らしいな。まぁ…悪意に対抗するのは悪意以外ないからな。
だからこそ、国は異能検査をする時は検査をする人間の人格や素行などをしっかりと調査しなければならない…もし、それらが悪かったのなら例え異能適性があろうとも異能を発覚させない様にする。
異能学では異能に関する専門知識はなにより、そういった倫理観を学ぶのだ。
……というのが国の方針。国もギルドに素行調査を義務付けてはいるが、ギルドは民間…つまりある程度は自由が効く。
例えば素行が悪い人間だとしても、親がギルドの幹部とかだったら調査結果を誤魔化して異能検査ができたり、なんならコネで金を払わなくても良かったり…はぁ…うらやま。
うちの姉もどっかのギルドに所属していると聞いてはいるが…連絡つかねぇんだよなぁ…。
まぁそれはさて置き…今日の授業内容はそんな倫理観の話でなく異能の特徴の話…細かく言うと、異能の成長についてだ。
異能の特徴として、異能は使えば使う程能力の幅が上がる。
射程が上がったり、範囲が微増したり…中には異能の効果が大幅に変わる覚醒なる現象も起きることが稀にあるらしい。
覚醒の内容は人により異なるが、大抵は大幅に威力が上がったり、何か特殊な効果が追加されるとのこと…。
…覚醒とかカッケェ…! こういう能力の強化? 的なギミック好きなんだよなぁ。
そんな俺の雰囲気を感じ取ったのか…。
「ふふふ…桐崎君、なんだか楽しそうですね。…やっぱりこういう授業は楽しいですか?」
と、微笑ましそうなものを見るように俺を見てくる…なんだよ、悪いかよ。
「そりゃあな?……まぁ自分でも子供っぽいって思うけど…それでも好きなんだよなぁ」
「いえいえ、私はその子供っぽいところ結構好きですよ? 目をキラキラさせて、微笑ましくなりますね」
ニコニコと人のいい笑顔しちゃってまぁ…裏のない言葉にちょっと不貞腐っていたのが馬鹿らしくなっちゃったよ。
「そうかぁ?…あ、覚醒と言えば…草薙は異能が覚醒した事あるか?」
草薙は大人顔負けの実力…もしかしたら覚醒してるんじゃないかと思い、聞いてみる。
「いえ…私は覚醒はした事ないですね」
あらら…どうやら覚醒していないご様子…ちょっと意外。
「ほへぇ…やっぱり覚醒って珍しいものなんだな。…ちなみに覚醒するのってどんくらいの確率?」
話の流れで聞いてみる。
…覚醒は本当に突然起きるらしい…どんなに特訓したとしても覚醒しない人もいるし、ちょろっとしか異能を使ってなかったのだとしても覚醒することがあるらしい…。一体何をすれば覚醒できるんだろうな…謎だ…。
「もう、授業聞いてなかったんですか? 大体千人に一人位の確率らしいですよ」
そんなに低確率なの? …というか、そもそも異能を発覚する人間は少ないので人間全体から見ると本当に希少な存在なんだろうな。…なんだか覚醒を望むのが馬鹿らしくなってくるな…夢見るのやめとこ…。
「さらに珍しい現象として異能の数が増えるというものがあります。ですが、この現象は覚醒とは違い、発生する条件などは判明しています」
ふと、流し聞きをしていた授業の内容が耳に入ってくる。異能が…増える?
「異能は大抵の人は発覚した時の状態のままで、異能の数が変化するなんてことは普通のダンジョン探索者には起こり得ません…。ですが、上位のダンジョン探索者を調べると使用する異能の数が増えていたのです」
なんとそんなことが…だがどうやって上位のダンジョン探索者は異能を増やしたんだろうな…気になる…。
「その異能が増える者…克己者と呼ばれる人達全員にある共通点がありました」
共通点?
「その共通点とは、死に瀕するほどの怪我を負ったとしてもダンジョンから生存したというものでした。ただ死に掛けて逃げ帰るのではありません。己の限界を超えて、死を打破した者こそが克己者になる資格が与えられます。ですが、克己者に至るのは容易ではありませんし、それに克己者になる必要は無いのです」
「ありゃ? 異能が増えた方が戦略的にも幅が生まれると思うんだが…」
「いい質問ですね桐崎君。克己者になるには必然的に死に瀕する程の重傷を負わなければなりません。しかしそんなリスクを負ったとしても異能が増える保証がないのです。」
なるほど…つまり、発生条件はわかるが、その条件を満たしたとしても確実に手に入れられるわけじゃないのか…。
「その大怪我で後のダンジョン探索に支障をきたす程の後遺症が残るかもしれない…そして新しく発覚したとしても、新しく得た異能は強力な異能ではない可能性もある。そして、今自身が宿している異能でも戦えないわけではありません。克己者になるリスクとメリットが吊り合わないのですよ」
実はさっきの呟きは質問ではなく独り言だったのだが先生は丁寧に答えてくれる。
「そう言われるとそうっすね…」
「えぇ…ですから克己者になるために、無理にダンジョン攻略をするよりも自分の力が届く範囲の場所を探索すればいいのです…皆さん、分かりましたね?」
「ういっす!」「はい」
「むむ? 返事は桐崎君と草薙さんだけですか?」
そう先生に言われると、所々から戸惑いがちに返事が聞こえる。そりゃあ…高校生になって、クラス全員の前ではい! なんて言うのは恥ずかしいだろう。
……え?草薙か? 草薙は真面目だからな、こういう所でも恥ずかしがらずに返事を返すんだ。良い意味で他人を気にしないんだよな、勿論普段は気遣い屋さんなんだけどね。
俺はなんも考えてないだけだ。というか、別に返事するくらい恥ずかしがる必要もないし…さっきのは一般論な? 一般論。
そんなところで、頭上から授業終了を合図するチャイムが鳴る。
「おや? 時間が来た様ですね。それでは本日の授業はこれまで、また次の授業の時間で会いましょう」
ふぃー…やっと終わった。
しかし、今日の授業は面白かったな、いつもこんな授業だと助かるんだが…。
「今の時間はちゃんと起きていましたね。…この調子で他の授業も頑張ってくれると嬉しいのですけど」
授業終了後、草薙が少し困り顔をしながら言ってくる。
…他の授業でも頑張るねぇ…。
…んー…無理かな!
「ははは、無理無理不可能…。俺、数字とか黒板の板書見るだけで眠くなるんだよなぁ」
「それをどうにかして直してください…」
それは出来ない相談だな…。
「あ、そうだ! 草薙の親戚一同はダンジョン攻略一族なんだろ? 克己者も何人かいたりすんの?」
覚醒に続き、克己者についても聞いてみる。
「そうですねぇ…まぁ多くはありませんがいるにはいますよ? ……私もそうですし…」
「え?」
おっと? ……今とんでもないことが聞こえたような?
「私の元々の異能の数は二つだったんです、でも中学二年の頃にダンジョンで攻略で少し事故に遭ってしまいまして…。その過程で異能が一つ増え、今は三つという訳ですね」
……割と気にしてない風に言うが、それは中々に大変な事なのでは?
「…………」
「あ、気にしないでいいですよ。もう過去の事ですし、解決しましたから」
俺の顔で何を考えているのかわかったのだろう…すかさずフォローを入れてくれた…ありがたい。
「そうか? …そうか…。ちなみに、その増えた異能ってなん…あ、他人の異能は聞いちゃダメだったんだったか?悪い」
ここが俺の悪いところ、学習をしない…。つい忘れちゃうんだよな…。
しかし、草薙は気にしないでとも言うように…。
「桐崎君なら大丈夫ですよ。というかもう教えてますしね。斬雨が新たに発現した異能です」
「あー…なるほどね? でも自分の戦い方とシナジーがあった異能で良かったな。ラッキー…とは言い難いが、アンラッキーではないだろ」
流石に死に掛けたことをラッキーとは言わんだろう…こういう時なんて言えばいいんだ? 死中に活? 急死に一生? 不幸中の幸い?
「えぇ…斬雨のお陰でその後のダンジョン攻略が幾分か楽になりました。それに応用効く異能ですからね。死に体になった甲斐があったものです。あ、でも桐崎君は私みたいに危ない事しちゃダメですよ?」
少し嗜めるように言う草薙…いや、それ君が言うの?
「しないって、でも草薙も危ない方すんなよな、心配になるぜ…」
草薙とは一ヶ月近い関わりだが、この関係は結構気に入っている。
最初は結構苦い顔した気がするが…まさかあの状態からここまで仲良くなれるとはな…親しい人間が傷付くのは見たくないもんだ。
「ええ、父や母にもそう言われているのでなるべく安全策を行っています。心配なさらずとも大丈夫ですよ」
どうやら俺が言わなくても問題なかったようだな…そりゃそうか、草薙と俺とでは年季が違う。
「そうか…。まぁ草薙が言うなら本当なんだろうな…。ふー…、頭使ったから腹減ってきたな…飯にしようぜ草薙」
先程の授業は四限…つまり今は昼休みの時間だ。
「そうですね…あ…! 実は今日はおにぎりも使って持ってきたんですが…よかったらいかがですか?」
「え! マジ! もらうもらう!」
「ふふ…♪ 召し上がれ」
ありがたくおにぎりをもらい頬張る…。美味い、旨い! 草薙のおにぎりは絶品だな!
…はて? なんかやばいことになった気がするが…ま、いっか!
……………
………
…
「チッ…! あの野郎草薙さんと気安く喋りやがって…」
教室の隅、丁度桐崎護と草薙輪廻の反対側の場所に男が二、三人ほど集まっていた。
「しかも草薙さんの弁当まで買いやがって…気に入らねぇ…」
単縦に羨ましいだけ、ただの妬みって事は理解している…それでも苛立ちは止まらない。
「しかもあいつがダンジョン攻略者になる理由金の為らしいぞ? 先生から聞いた」
「は? なんだよそれ、チッ…! 俗物が…!」
俺達はあんな低俗な奴とは違う…! 俺達は国の為、未来の為にこの学校に入学した。金はその対価として貰うものであって、それ自体を目的にするのは間違っている。
「桐崎…やっぱりあいつはこの学校に相応しくない…。チッ…どうにかして、あいつを草薙さんから離さないと…」
草薙さん…あの数少ない崩壊級ダンジョンを踏破した伝説のパーティの一人…草薙剛様の妹様のお孫。
俺達ダンジョン攻略を目指す者ならば誰でも憧れる人の血縁…しかも当人も実力は既にプロのダンジョン攻略者と遜色がない程に強い…正直憧れる。
そんな人が…金を稼ぐためなんて下らない理由でダンジョンに潜ろうとする人間と一緒にいていい訳がない…。
単なる嫉妬…しかし、確かなる悪意がこの教室に蔓延していた…。起爆するのはいつ日になるか、それは誰にも分からないのであった。




