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次の日、トレーニングの為にストレッチをする。
ストレッチをすることにより筋肉が柔らかくなるとかどうたらと草薙が言っていたから大切な事なんだろ。多分。
あのあと、湯あたりから立ち直ったあとは晩飯をいただき、その後は会話を楽しんだ。
…まさか草薙のお父さんとお母さんの出逢いがあんなにロマンチックなものだったとは…事実は小説よりも奇なり…って奴だ。
さて、ストレッチが終わり、トレーニング開始となる。
「桐崎君? もう準備はいいですか?」
「おう、もう大丈夫だ。やってくれ」
「はい! それではいきますよ! …今日の訓練は昨日とは違い、長時間を走れるようにする訓練ではなく短時間で全力で走りぬく訓練をやります。昨日とは違い、本気で追いかけますので全力で私から逃げ切ってみて下さい」
ふむふむ…へぁ?
本気で…追いかける…? え? それって攻撃も…?
「…ちょっと待て、それって寸止めはしてくれるんだよね? ね?」
「…出来なかったらごめんなさい…」
顔を逸らし、小声で呟いている…おい聞こえてるんだが? どうせなら声に出さないでくれ、もしくは嘘でもいいから当てないよって言ってくれ。
「…飯田さーん…!」
「ほほ、頑張って下さい…。これも強くなる為の一歩ですぞ」
飯田さんに泣きつくがダメだった。
飯田さんはなんだかんだスパルタそうなんだよな…こういう事に関しては厳しい…。
「ういす…」
「それではいきますよ! 大丈夫です。当たってもそこまで痛くしませんから…出来るといいなぁ…」
だから不安になるようなことは言わないでくれないかなぁ!?
「ちくしょう!絶対逃げ切ってやらぁ!」
訓練が始まる合図が鳴り、全力で走る。
昨日気付いたんだが、どうやら裂血逆襲の効果は永続らしい。
…流石に強力すぎでは? とも思ったのだが、血を流すというトリガーと、上昇量はあまり多くないという点を鑑みると…強いけどぶっ壊れというわけじゃないと思う。
多分だが血を流した時から短時間は大幅に強化され、その強化時間が終わったあと、その数割が永続として残るという感じだと思う。
感覚で言うと、前にダンジョンでボブゴブリンを撲殺した時は現在よりも力を出せたが、今はそこまで出ない…が、それ以前よりは力は増しているという感覚がある。
…流石に数日訓練しただけで前と差が分かるほど成長はしないだろ。
そんなことを考えている間も後ろから凄い勢いで飛ぶ斬撃が来る…が、それを避ける。
「む…よく避けますね…」
「ふははは!! そう簡単にボコれると思うたか! ここで限界を超えてやラァ!」
昨日とは違い草薙の速度は上昇しているが、昨日の訓練で草薙の刀を振る速度をある程度測ったからな、そこから太刀筋をなんとか予測して避けている。
「本当に成長が早い…ほほ、これはもしやするかも…ですな」
ほい、ほい! よしっ! 避けられてる!
…くくく、これで少しは草薙を驚かせられたか?
草薙は一旦攻撃の手を止め、木刀を鞘?(実際にはないけど)に納める様な形にして、居合の構え? になる。
「では、これでどうですか…!」
そして抜刀術の様に刀が振るわれる。
…飛ぶ斬撃、それは男のロマン。その攻撃は不可視で普通に強力。
…だが! これまでの傾向と経験が俺を救う!
ここだ! 横に飛ぶが……。
「ギャアー!!」
だがしかし、完璧に避けたと思ったが横っ腹に強い一撃をもらってしまった…。
い、いてぇ…。
なんだ…? 今確かに避けたと思ったんだが…。
その証拠にさっきまで俺がいた場所に草薙の斬撃が作り上げた砂埃が立っている。
…ということは?
「一度に同時の斬撃…か?」
「…! 凄いですね桐崎君。初見でしっかり理解するとは…!」
飛ぶ斬撃で? しかも分裂する斬撃…なんて事だ…草薙…。
「お前は男の子を喜ばす天才だな。愛してる」
「ふぇ!?」
「分裂する斬撃…それは男の夢。男は一度は絶対に憧れる。古事記もそう載ってる」
「いえ古事記にはそんな内容は無いです」
冷静にツッコまれてしまった。
「くぅ…!草薙! もっかいやって! てかどうやってやってんの!」
冷静にツッコまれたとしても関係ない。やはり奥義とかなのだろうか…だったら教えてもらえないかな?
「……ふふ、いいですよ。あれは草薙流抜刀術の一つでして、双葉…という技なのですよ。桐崎君も頑張ればできるかもしれませんね」
「え! マジ!?」
思わず聞き返してしまう程のことであった。
「えぇ、マジです。ですけど、双葉は本来はニ撃同時に切り裂く抜刀術なんですが…私は異能で斬撃を飛ばしているので飛ばす剣技というわけではないんです…もしかして飛ばなかったらロマン? になりませんか…?」
「いや…一回刀を振るって複数回斬撃が出る。それだけでロマンなんだ…それだけでもいいんだ…」
心の中で複数回、いい…と反芻するぐらいにはいい。
「そうですか…? それなら良かったのですが…はぁびっくりした。急に愛してるなんて言われたら勘違いしちゃいますよ…」
最後の方は小声であまり聞き取れなかった。
「え? なんか言った?」
「いえいえ、気にしないで下さい。実はですね、双葉は修練続け、斬撃を増やすとと名称を変えるんですよ? 一つ増やすと山茶花、そして赤四手……皆伝に達すると七連撃の石楠花へと名を変えます。私は流石にそこまでは出来ませんが…」
気になったので聞いてみたがはぐらかされてしまった。
だがそれよりも次の情報の方が気になって仕方ない。
あの斬撃がさらに増えるのか…!ロマンが広がるな…。
ちなみに、草薙は六花までならできる…と言葉を付け足し、居合の構えになり披露してくれる。
恐ろしいほどの集中力…そして、草薙が目にも止まらない速さで刀を抜く。
瞬間遠くから六つの砂埃が巻き起こる。
…おぉ! おおおぉ!!
「か、かっけぇ…」
「そうですか? ふふ…それは何よりです。では少し双葉のレクチャーをしたところで…さっきの訓練の続きに戻りますよ。準備はいいですか?」
「おう!」
将来的にこれが出来る様になるのかな?…わくわく!
────
夕暮れ…厨二病的には黄昏時…。今の時間を現すのにはそのどちらかが相応しいな。
まぁ、そんな綺麗な夕日があったとしても、その下には息も絶え絶え…なんならほぼ死んでる俺がいるんだけどな…綺麗な夕日が台無し。
ちなみに草薙は少し息を切らした程度である。これが力量差…か。
「ふぅ…よく頑張りましたね。今日はもう遅いですし、これぐらいにしましょうか」
「………ぉ………ぅ」
おう! と元気よく返事してあげたかったが、俺の体が答えてくれなかった…。心の中の俺は頑張ってるんだけどなぁ…。
「ほほ、桐崎様もお疲れですな。本日も泊まれますか?」
「………ぃ………ゃぁ…………」
「ふむふむ、流石に連日は悪いから今日は帰らせてもらう…ですか、確かに二日連続で泊まらせてしまうのもご両親に申し訳が立ちませんし…むぅ、こちらとしては泊まっていただきたいのですが…」
正直そこまでの文量の台詞は言ってないのだが…心境としてはだいぶあってる。
流石執事…や、執事という言葉で一括りにしていいのだろうか…ダメじゃね?
「確かにご両親が気にしますよね…我儘を言って申し訳ありません…。せめて何か渡せれば良いのですが…そうだ!」
と、草薙は言い放ち屋敷に戻る。
どうしたんだろうと思ったが、数分後、草薙は屋敷から戻ってきて、風呂敷に包んだ何かを持たせてくれる。
「……こ……れ………は?」
「おにぎりです。桐崎君のおうちではご飯の時大変だそうで、少しでも足しになればいいのですが…あ! 決して上から目線というわけではなくでして! えと…その…」
確かに俺ん家は貧乏だからな、草薙は俺が気に触ったかと思ったのだろう。
一般的な貧乏人というのは憐れんで見られるのが何よりも嫌って傾向がある。だがな?それはプライドを持っている人間の話だ。
確かに俺にもプライドはある。貧乏と馬鹿にされたら腹が立つし、その事で虐められたなんて事もあった。まぁそれに関わった人間全てにハッピーな目に遭ってもらったけどな。
だけど…。
「…心遣いを余計なお世話…なんて恥知らずな事は言わねぇよ。それに実際有難いしな…チビ達もきっと喜ぶ」
俺は食えるもんを貰えるなら有難くいただく派だ。
腹って、プライドじゃ膨れないんだぜ? それにこんな思いやりが詰まっているんだ。嬉しいに決まっている。
俺は感謝の気持ちはなるべくはっきり言うようにしているので、疲れた体に鞭を打ち、なんとか気力を振り絞りお礼を言う。
「そうですか…!…なら良かったです…」
「あ、でも…もうちょっとだけ休憩させて…」
気力を振り絞ったからか、体がもう限界だった。
え? 気力を振り絞る前も限界だったって? …その通りだが?
「大丈夫ですよ。…なんなら車で送りましょうか?」
「流石にね? そこまで良くされるのはね? …ね?」
草薙がアフターサービスまできっちりやってくれようとするがやんわりと断る。こんなに至れり尽くせりだとここの家の子になりたくなっちゃう…あぁあ! 駄目にされるぅー!
しかし、そんな俺の抵抗は無駄だったようだ。
「いえ、丁度外に出る行く用向きがあったんです…ね? 飯田さん」
「ほほ、えぇ、そうですねお嬢様」
草薙と飯田さんから出たのはそんな言葉だったからだ。
…どうやらそういうことにしてくれるらしい…なんともまぁ…。
「……お人好しさんめ…ではありがたく乗らせていただきます…」
好意はしっかりと受けるのが俺のポリシーだ。
一応最初は断るけどな? それがマナーだと思うし…でも、気持ちを何度も断り続けるのも相手にも失礼だろう。なんでまぁ、何度も言われたらその好意は受け取ることにしている。
「はい! そうしてください」
「では、準備して参ります…少々お待ちください」
その後、今度は前とは違い普通の車(多分高級車?)に乗せてもらい帰った。
因みにお土産は本当に喜ばれた…主に親父に…食い意地張りすぎなんだよなぁ。




