第3話 付き合う
翌日。俺は500円を20枚、要するに10000円という大金をポケットに詰めて登校した。
ウチでは中学生の間、お小遣いは毎月500円と決まっていたので、これだけ集めるのには結構時間が掛かった記憶がある。
しかも、お年玉などは必ず銀行行きだったし、お小遣いをもらえるかどうかは親の気まぐれだったので、もらえない月が何回も続く時もあった。
買いたいモノはいくつかあったが、我慢して貯金していてよかったと今では思う。
放課後になって、前回と同じように明日香を体育館の裏に呼び出す。
だいたい何の話をするのか察したのだろうが、昨日よりスムーズに来てもらう事に成功した。
呼び出すんだから告白するんじゃないだろうか、とか思ってしまうのは分かる。でも、男子生徒が付いて来ようとした時は少し焦った。
「何の話するか分かるよな?」
「分かるけど……本当に10000円なんか持って来れたの?」
まだ信じられないといった表情で、こちらにジト目を向けてくる。
そこで俺はポケットから500円20枚をていねいに取り出す。
「ほら、合計10000円。自分で宣言したんだから約束ぐらい守ってくれないとなー」
「……本当に私が彼女になるだけでいいなら」
「言ったからな? やっぱりナシ、とか言うなよ」
「言うわけないじゃん。……瀬良くんの彼女なら喜んで――――」
そこまで言った明日香は、はっとしたように顔を上げてこちらを睨んでくる。
「……え? なんで睨む!? 俺何かしたっけ……。怖っ」
「いや別に。それより先にお金渡してよね」
なぜこんなにお金が欲しいのかは分からないが、とりあえず約束通りお金を全て相手の手に握らせる。
「ん、ちゃんとお金受け取ったからね。アンタこそ急にやっぱり無理とか言い出したら許さないから」
「絶対そんなことは言わない」
「ならよろしい」
そうして俺は学年一の美少女、明日香と付き合う事になった。
◇ ◇ ◇
さらに翌日。
朝食を食べている時に唐突に鳴り響いた、来客を知らせるインターホンの音を聞いて外に出る。
「おはよう、瀬良……くん」
「あぁ、おはよう」
家にやって来たのは俺の彼女でもある明日花だった。
彼女になってもらったその日に連絡先を交換して、いろいろあって夜に通話していると、明日香が急に一緒に登校したいと言い出したのだ。
お互いの家の場所も分からず、そこまで親しくも無いのでどう返事をしようか迷ったが、まさか家が近いとは思っていなかったので『明日香の家から15分以内に俺の家まで来れる距離なら良いよ』と返事をしてしまった。
それから数分後に返ってきた言葉はこうだった。
『その場所なら徒歩でも15分以内に行けるよ』
予想よりも圧倒的に近かった。
電車でも30分ぐらい掛かると言うのかと勝手に思っていたからだ。
言ってしまったことを取り消すことは出来ないので、俺はしぶしぶ一緒に登校するのを了解した。
そして今に至る。
「ちょっと上がってくれ。朝ごはんまだ食べ終わって無いんだよ」
「遅っ! まぁ……悪いわけじゃないけど」
そう言いながら玄関までは入ってきたが、そこまで来ると何故かモジモジしてなかなか上がろうとしない。
「……何してんだよ」
「あっ!? あ、いやっ、これは……アレだよ。そう、アレ」
「あぁー、もしかして警戒してるのか? ……そりゃそうか。ほとんど面識の無い異性の家に入るんだもんな」
「ち、ちがうっ! 別に警戒とかは……してない」
「そうか……? まぁ、入れそうなら来な。そこのリビングでいるから」
俺はリビングがある方を指差しながら言う。
「家に上がらせてもらうぐらい、出来るもん……」
覚悟を決めたようにそう小さく呟いてから、そーっと俺の隣まで来る。
そして、褒めて! と言わんばかりのどや顔でこちらを見つめてきた。
面倒臭そうだったのであえて無視するが。
「……ご飯先に食べるわ」
「え? あ、はい~……」
リビングに戻ると、茶碗に半分ほどしか残っていない卵かけご飯を食べ始める。
ガクガクしながらぎこちない笑顔を浮かべてこちらを見つめる明日香に、ふと疑問に思ったことを聞いてみた。
「そういえばさ、明日香。家こんなに近いのに中学校が違ったのか? 向こうで会った覚え全く無いんだが。……いや、たまたま会わなかっただけならごめん」
「…………」
応答ナシ。やはり家に上がるのは緊張しているのだろうか。
「明日香?」
「えっ!? あっ、ごめん。……出来れば言いたく無い……かな」
「……そっか。こっちこそ聞いてごめん」
「うん……」
朝ごはんを食べ終え、食器を洗って家を出る準備を完璧にした。
「そろそろ行くぞ」
「ん」
外に出て鍵を掛けたのを二、三度確認してから学校に向かって歩き始める。
「ねぇ、私って瀬良くんの……かっ、彼女なんだよね?」
「うん、まぁ……」
そう答えた瞬間、明日香が俺の手をぎゅっと優しく握った。
恋人繋ぎみたいに指を絡めてくる彼女からは、絶対に離さないぞという意志が感じられる。
「なっ、何してるんだよ!」
「手、繋ぎたくないの?」
「…………どっちでも」
「あはは。ずいぶんと間があったね」
「悪いかよ」
「あのね、私は瀬良くんが嫌って言っても手を繋ぐつもりだったんだよ? ……だって、彼女なんだもん」
そう、俺の彼女は可愛い顔でニヤニヤとしながら笑いかけてくる。
「彼女になってほしいって言ったのは瀬良くんだし、約束だから。学校着くまでこのままね」
「……マジすか」
「うん」
今日は過去一恥ずかしい登校になりそうな気がしてきた。