19話 黒の指輪
部屋を埋め尽くすほどの数のマネキン。
たぶん、百体を超えている。
そして……
それらが一斉に襲いかかってきた。
「わふ!?」
「にゃ!?」
津波が押し寄せてくるかのような迫力に、一瞬、シンシアとスズカが震えた。
でも、すぐに立ち直る。
気持ちを切り替えて迎撃に挑むものの……
「わー!? わわわっ、アズぅ!?」
「お、お姉さま、これはさすがに……!?」
「シンシア!? スズカ!?」
百を超えるマネキンを捌ききることができず、シンシアとスズカは飲み込まれてしまう。
マネキンが次から次に二人に抱きついて、重なり……
その姿が見えなくなってしまう。
「うー、おーもーいー……」
「動けない……」
怪我はないみたいだけど、二人は動けないみたいだ。
数十体のマネキンに抱きつかれて、それを振りほどく力は、さすがの最強種にもないらしい。
「はははっ、見たか! これが僕の力だ! 最強種も逆らうことはできない! 所詮、平民は平民。男爵である僕こそが正義なのだよ!」
「くっ……」
「この僕に逆らったこと、一生、後悔させてやろう。お前だけではなくて、そこの二人の生意気な最強種も躾けてやる。ちょうど、ペットが欲しかったところだからな……最強種となれば、それなりに楽しめそうだ、はははっ!」
「あなたという人は……! ……って、あれ?」
ふと、ダナが身につけている指輪に目がいった。
綺麗な指輪だけど……
でも、使われている宝石は、夜の闇を凝縮したかのように黒い。
禍々しさも感じて……
妖しい光を放っていた。
もしかして、あの指輪がダナに妙な力を与えている?
呪われたアイテムとか……とか?
そう考えると納得がいった。
ダナは、呪われたアイテムを手に入れた。
男爵で、色々と非合法なことを繰り返していたみたいだから、裏のルートに繋がりがあるのだろう。
指輪は人形を操る力を持っていた。
その力に魅了されたダナは、人形を操る練習を始めた。
それが野菜泥棒なのだろう。
小さな犯罪だけど、程度はどうでもいい。
人形を正確に操る技術を手に入れるための練習ができればいいのだから。
「その指輪を捨ててください! あなたは……」
「黙れ、小娘! 平民ごときが、男爵である僕を舐めたこと、後悔させてやるよ! さあ、跪け! 泣いて許しを請え!」
「聞いてください! それは、たぶん、とても危険なもので……」
「黙れと言った!!!」
ダナが叫ぶと同時に、さらに数十体のマネキンが現れた。
シンシアとスズカを封じ込めたのと同じように、その全てが突撃してくる。
「あくまでも抵抗を続けるというのなら……私も容赦しません。本当に、いい加減に……頭に来ているので」
最強種である二人が圧倒された。
普通に考えて、人間である私に抗う術はない。
ただやられるだけだ。
でも……
「天速」
世界から色が消えた。
音も消える。
必要最小限の情報を残して、他は全てカット。
そうすることで、脳の処理を最大限に加速させる。
マネキンの動きがスローモーションになり……
その中、私だけがいつもと変わらない……いや。
いつも以上の速度で動くことができる。
「っ!!!」
静止した世界を駆けた。
マネキンの間を縫うようにして……
同時に、一撃ずつ叩き込んでいく。
ありったけの威力を乗せて。
しかし、狙いは正確に。
無茶な戦い方。
でも、私はそれを可能とする。
可能となるように、訓練させられてきた。
そして……
「……ふぅ」
時間が元に戻る。
ギィンッ!!!
ガラスをまとめて十枚、叩き割ったかのような音が響いた。
それと同時に全てのマネキンが崩れ落ちる。
「……え?」
ダナは現実を理解できない様子で、呆然としていた。
それも仕方ない。
今のは、時間を圧縮して、私だけが超高速で動くことができるという、特殊な技だ。
故郷に伝わっているもので……
文字通り、死ぬ思いをして習得した。
故郷の技に助けられるのは、ちょっと……いえ、かなり癪です。
でも、シンシアとスズカのためでもあるので、よしとしておきましょう。
「き、貴様! いったいなにを……!?」
「説明する義理も義務もありません」
「ばかな!? こ、このようなことは……ありえん、絶対にありえないぞ!? この僕が、たかが平民ごときに負けるわけがない! そうだ、僕は男爵……フランク家を背負う尊い存在なのだ! 貴様らなどに……こいっ!!!」
再び人形が召喚された。
ただ、その数は二十体ほどだ。
シンシアとスズカを抑え込むために多数の人形を使っているため、今はそれが限界なのだろう。
ちょうどいい。
「どうだ!? これこそが僕の力だ! 平民ごときが貴族に逆らえるわけがない、従わないといけない! その真理を、骨の髄まで叩き込んでやろう!」
吠えるダナに向けて、私は……
「ごたくはいいので、さっさとかかってきてください」
ちょいちょいと手招きをして、挑発した。
「っ……!!!!!」
ダナの顔がヤカンのように真っ赤になる。
今なら、本当にお湯を沸かせるかもしれません。
「殺すっ!!! フランク男爵に逆らったことを後悔して死ぬがいいっ!!!」
ダナの合図で、人形が一斉に襲いかかってきた。
でも……
たかが二十体。
天速を使わなくても、どうとでもなる。
打ち。
殴り。
蹴り。
……その全てを撃退した。
「なっ……あぁ!?」
「これで終わりですか?」
「ぐっ……こ、こんなバカなことが……」
「終わりですか?」
「ま、まだだ! この程度で、この僕が……男爵である僕が、平民ごときに負けるものかぁっ!!!!」
ダナは再び人形を召喚した。
――――――――――
「あ……あああぁ……」
ダナは、何度も人形を召喚して……
その度に、私は全ての人形を撃破して……
それをしばらく繰り返すと、ダナはへたりこんでしまう。
どのような原理か知らないけど、人形の召喚には魔力が必要みたいだ。
ひどい魔力切れを起こしたらしく、髪が真っ白になっていた。
「そんな、こんなことが……なんで、なんでなんでなんで……」
「終わりですか?」
「ひっ!?」
一歩、前に出ると、ダナがびくりと震えた。
「ま、ままま、待て!? こ、この辺りで終わりに……そ、そう、手打ちにしてやろう。特別に、ここで退いてやろうではないか!」
「……」
「た、たかが平民ではあるが、そう、なかなかやるではないか。この男爵である僕が認めてやろうではないか!」
「……」
「だから、これ以上は……か、金をやろう! 土地もやろう! う、嬉しいだろう? 光栄だろう?」
「……」
必死に言葉を並べるダナだけど……
「すみません」
私は、にっこりと笑う。
「な、なに……?」
「私は、ここで終わらせるつもりなんて、これっぽっちもありません」
「なっ……!? なぜだ、金が欲しくないのか!? なら、地位か!? そ、そうだ、ならば僕の妻にしてやろう。そうすれば男爵の地位が……」
「そういうの、興味ないので」
大事なものは、すでにこの手にある。
そして……
この人は、大事なものを傷つけようとした。
「そのことだけは、絶対に許せませんっ!!!」
「ひっ、ぎゃああああああああ!!!?」
怒りの乱打。
それをまともに浴びたダナは、大きく吹き飛んだ。
今度こそ、がくりと意識を失う。
「命は奪いませんが……二度目はありませんよ?」
ふう……
とてもスッキリしました。
「なんとかなりました! えっと……シンシア、スズカ?」
ダナが気絶したことで、マネキンの動きも停止する。
そして……
「ぷはー!」
「もうっ、お姉さまの前なのに……」
崩れ落ちたマネキンの山から、シンシアとスズカが顔を出した。
よかった、無事だったみたいです。
「二人共、大丈夫ですか? 怪我していませんか? お腹は空いていませんか?」
「アズ、心配しすぎー!」
「えっと……私はちょっと目眩が。ああ、こんな時、お姉さまに包容していただければすぐに治るのに……」
「あー……後で包容してあげます」
「本当ですか!? やったわ!!!」
がんばっていたので、それくらいはいいだろう。
それよりも今は、指輪をなんとかしないと。
私は、倒れたダナのところへ移動して……
「あれ?」
指輪が消えていた。
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