元冒険者の俺、飲食店の看板娘に拾われる~感じる愛は少し重いくらいがいいです~
お読みいただけると幸いです。
「あんたなんて好きになるわけないでしょ」
その一言に俺はひどく傷ついた。同時に、目の前が真っ暗になるような錯覚を覚える。
ひどく狼狽した俺に、幼馴染であるヒナは追い打ちをかけるかのように言葉を口にした。
「私がほんとに好きなのはダーナ。あんたはただの踏み台だったてわけ」
そう言いつつ、”竜の顎”のパーティリーダーであるダーナに抱き着き腕を回す。
その光景を見ていられなかった俺は、うつむき下唇を噛んだ。
以前からヒナの行動に違和感を覚えていた俺は、下調べした後にヒナに問い詰めたのだ。
するとヒナはあっさりと浮気を認めたうえ、俺を踏み台だと罵ったのだ。
「ま、そういうことだなヨナト。ヒナは俺の女だ」
それまで黙っていたダーナがニヤニヤと嫌な笑みを浮かべつつ俺に言った。
俺は黙ってこぶしを握り締める事しか出来なかった。
見れば周囲のこちらをみていた人たちもクスクスと笑っていた。
カーッと一気に顔を紅潮させる俺。正直、怒りがおさまらない。
だが、それを上書きするような言葉がダーナから発せられた。
「ばれちまったもんは仕方がねえな。ヨナト、お前はクビだ」
「は?そんな横暴な!!」
「ヒナがらみ以外の理由もあるぞ。今後、うちに必要なのは火力だ。デバフ要員なんてもういらないんだよ」
「い、一緒にパーティを育てようって誓ったじゃないか!!」
俺は焦った。
ヒナの事はひとまず置いておいたとしてもパーティを追放されるのには納得がいかなかった。だがダーナはそんな俺を嘲笑うかのように言った。
「そんな昔のことよく覚えてたなぁ!!だがよ事情ってもんは変わるもんさ。お前は本当にいらないんだよ」
そう言うとダーナは周囲にいた他のパーティメンバーに指示を出した。
「つまみ出せ」
「「了解」」
「ま、待ってくれ――」
ダーナの指示に従い二人のメンバーが動く。二人は俺を、酒場の出口まで引きずっていった。抵抗するも、俺の力ではメンバー二人を相手には敵わなかった。
そしていつもたまり場にしている酒場から、俺は放り出されたのだった。
後からゲラゲラと笑う声が、酒場の中から聞こえてきた。
俺は幼馴染を寝取られたうえ、パーティからも追放されたのだ。
喪失感と虚無感とが一緒になって押し寄せてくる。
最初の頃はダーナもあそこまで強権的ではなかった。共にパーティを育て、上を目指そうと誓い合った仲だった。だがパーティのランクと知名度が上がるごとに、調子に乗るようになっていった。
そしてヒナも最初の頃からだましていたような口ぶりだったが、当初は本当に俺を応援していてくれたと思う。だがダーナとの出会いで、悪い意味で変わってしまったのだろう。先程のやり取りの中に、かつての面影はなかった。
いけない。泣き叫びたい衝動に駆られる。
うつむきながらも、俺は必死にこらえた。辺りにはまだ人通りがあり突如、店から放り出された俺に好奇の目を向けていたからだ。
俺はそれから逃げるようにして、人通りのない裏路地へと入った。
「…ふっ…っく」
やはり耐えきれそうにない。ヒナとは子供の頃からの付き合いであり、”竜の顎”は創設の頃から携わったパーティだ。俺は現実を受け入れられず、もうどうしていいのか分からなくり泣き叫びだそうとした。
声をかけられたのはそんな時だった。
「どうしたの?そんな辛そうな顔して」
声の主は、この街では良心的で有名な店の看板娘だった。
確か名前はソナタと言ったと思う。
「なんでも。なんでもないんだ」
「なんでもないことないでしょ。そんな思いつめた表情して。ねえ話してみて?」
その一言で俺の我慢は限界を超えてしまった。そして俺は彼女にすがるように、全てをぶちまけた。そんな俺の話を彼女は親身になって聞いてくれた。
情けなく、とても恥ずかしかったが叫びだしたい衝動はおさまった。
「そっか辛い目にあったんだね。じゃあうちにおいでよ」
「え?」
「だって行くところ、無いんでしょ?」
「それはそうだけど」
「じゃ、決まりだね」
会話を終えるやいなや、ソナタは俺の手を引いて走り出した。彼女の実家である店に着くまでにそう時間はかからなかった。店の名前は”月の光”といった。
「本当にいいの?」
「いいの。困ってる人を見たら助けなさいっていつも言われてるし」
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて」
俺は言葉の通り、ソナタの厚意に甘えることにした。ずっと空いているという従業員用の一部屋をあてがわれる。そこでソナタは親である”月の光”のオーナーに話をしてくると言い一度、部屋から退出した。
再び一人になった俺は、考え始める。
「明日からどうしよう」
思わずぽつりと独り言が出た。冒険者としてやっていくのは難しいと思われた。
何せダーナの言葉通り俺はデバフ要員だったからだ。得意のデバフを使うことで狩りは出来るが、一人ではその日暮らしさえあやしい稼ぎしか出ない可能性が高い。また、明日には街中に広がるであろう自分の噂のせいで、新しいパーティに参加するというのも難しいと思われた。
そんなことを考えていると、コンコンコンというドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
俺はソナタが戻ってきたのかと思ったが部屋に入ってきたのは、”月の光”のオーナー夫妻だった。俺は部屋に入ってきたオーナー夫妻に少し慌てて、居住まいを正した。
「ふーん。あんたがヨナトかい」
言葉を先に発したのはオーナー夫妻のうち、奥さんの方だった。奥さんは恰幅のいい容姿でいかにも飲食店のおばちゃんという感じだった。
一方で、オーナーの方は筋骨隆々のまるで歴戦の冒険者の様な見た目をしていた。エプロンをしているから店の人間であることは分かったが、それを外せば店のオーナーとは分からないだろう。
「ちっとばかし体が細いのは気に入らねえが、真面目そうではあるな」
二人はまるで品定めでもするかのように、俺を見つめていた。そこに一緒に戻ってきたであろうソナタが割って入り言葉を発した。
「ねえ?いいでしょ?」
懇願するような瞳で、ソナタは親であるオーナー夫妻を見つめていた。それにオーナー夫妻はため息を吐いた後、返事をした。
「良いも悪いも、お前が良いと言うんだったらかまわないぞ」
「あたしも同意見だよ。ただ、突っ走らないように気をつけるんだよ?」
俺にはよくわからないやり取りが交わされていく。何がうれしいのか、そんな中でソナタは喜色に満ちた表情でいた。
「やった。じゃあ明日からよろしくね!ヨナト君」
「えっと。どういうこと?」
「あ。そっか、まだ説明してないんだった」
事情を知らないまま場が進行していたので、俺は質問をした。それにソナタはそうだったといわんばかりの表情をした。
そして少し間をおいてから、ソナタは話を再開させた。
「ええとね。ヨナト君を従業員として雇うことにしたの」
「へ?」
「うちも有名になって忙しくなってきたから、人を雇おうとしてたのね」
「うん」
「だからちょうど困ってたヨナト君を雇おうと思ったの。いけなかった?」
最後の言葉を発すると同時に、ソナタは俺の方を上目遣いで見つめてきた。やばい。正直言って、かわいい。それにドギマギしつつ、俺は返事を返す。たぶん俺の頬は赤くなっていると思う。
「いや、いいよ。むしろありがたいくらいだよ!」
「よし!じゃあ決まりだね!!」
「ちょ。ち、近い」
俺の返事に満面の笑みを浮かべた彼女は、俺の手を握って密着せんばかりの勢いで近づいてきた。ふんわりとした良い香りが、鼻腔をくすぐった。
なんでだろう。ソナタはとてもうれしそうにしている。というよりも興奮して労働条件等の話が出来ていないのを忘れている勢いだった。
そんな娘の様子に嘆息したオーナー夫妻は補足をした。
「おいヨナトっていったか、労働条件は三食まかないつきの銅貨十枚だ」
「うちも商売してるからね。それ以上は出せないよ」
「も、文句なんてありません。雇ってくださってありがとうございます!!」
俺は混乱する頭で、かろうじて感謝の意をオーナー夫妻に伝えることが出来た。そんな風にオーナー夫妻と話している間もずっと、俺の手はソナタに握られたままだった。
このような経緯を経て、俺は冒険者を辞め”月の光”の従業員として働くこととなったのだった。
その翌日から俺は、身を粉にするように働いた。
朝の営業時間外から掃除をしたり、昼は昼食をとる以外の休憩時間も店の表に出て働くことに集中した。そんな”月の光”で働く日々は、思ったよりも楽しかった。
また、当初こそダーナとヒナが流した噂のせいで苦労もしたが、俺の働きぶりを見た他の冒険者や街の人々は俺のことを認めるようになっていった。
一方で、”竜の顎”に関する話はどんどん悪いものばかりになっていった。
冒険者を通した噂ではモンスター討伐の依頼に失敗したり、裏で薬物の取引をしているということだった。加えて色々な店にツケがたまっており、返済が滞っているらしい。
だがそんな噂話に俺は興味は無く、特に気にすることもなく充実した”月の光”での日々を過ごしていた。
そんなある日だった。
「そろそろいい頃合いか」
「オーナー?」
「ヨナト、お前ちょっとソナタと一緒に明日休め」
「はい?」
休みをとれとは前々から言われていたので聞きなれた言葉だったが、ソナタと一緒に休めと言われたのは初めてだった。それに、頃合いとはなんのことだろう。
「俺は休みなんて――」
「オーナー命令だ。拒否することは許さん」
「は、はい」
有無を言わさぬ雰囲気をまとったオーナーに俺は折れた。そうして俺は、ソナタと一緒に休みを取ることとなったのだった。
「こうしてゆっくり話すなんて久しぶりだね」
「そうだな。俺が拾われた時ぶりくらいかな」
そんな珍しい休日に、ソナタは俺の部屋に遊びに来ていた。女の子なら買い物をするなど、他にいい遊びもあるだろうにと伝えると、それは気分じゃないと返してきた。
「ねえ、ヨナト君。今日からヨナトって呼び捨てにしてもいい?」
そして、そんなことを唐突に言い出した。
「いいけど、突然どうしたの?」
「やった。ええと後、これ!受け取ってください!」
疑問符を浮かべてばかりの俺に、ソナタはやたら頬を紅潮させて一枚の手紙を手渡してきた。勢い良く突き出されたそれを俺は、黙って受け取った。
「私、後は部屋にいるから!用があったら声をかけてね!!」
ソナタはそう言って、駆け足で俺の部屋から出て行った。
「何だったんだ?」
一人部屋に残された俺は、そうつぶやきつつ手渡された手紙を読むことにしたのだった。
手紙には次の内容が書かれていた。
”月の光”で働き始める以前からずっと俺のことを見ていたこと。幼馴染であるヒナのことを知っており、身を引いていたこと。そしてそれらのしがらみが無くなった今、自分と付き合ってほしいということだった。
読み進めるごとに、自分の顔が赤くなっていくことを自覚する。
「ど、どうしよう」
一人で部屋でそうつぶやいた。部屋の中で反射した独り言は、やたら大きく聞こえた。
あらためて考えてみるとソナタの好意は、日常の中にあふれていた。俺は自分の鈍感さを嘆いた。
だが、彼女に対する答えは決まっている。後は、それを伝えるだけだ。
それだというのに、いざ気持ちを伝えに行こうとすると足が動かないでいた。自分の情けなさに腹が立つ。俺は自室で、ウロウロとうろつくばかりで、ソナタの部屋に行くことが出来ないでいた。
そんなことをしていた時、一階の方からガシャンという何かが割れる音が聞こえてきた。それはかなり大きな音だった。
驚いた俺は階段を駆け下り、店の方に顔を出した。
そこにはなんとダーナと”竜の顎”のメンバー達がたむろしていた。ヒナの姿もそこにあった。
ちょうど、奥さんと睨みあいをしているところだった。そしてダーナは、俺を見つけるやいなやこう言った。
「やっと出てきたか。ヨナト、俺達の元に戻ってこい」
店の中はぐちゃぐちゃだった。酒瓶や皿が割れ、床一面に散らばっていた。それに俺は顔をしかめて発言した。
「断る!大体なんだこの状況は!!弁償しろ!!」
「あんたに拒否権なんかあると思ってるわけ!?」
「なんだその態度は、俺様に向かって吐く言葉じゃねえな!おい!」
黒服を着た二人組が俺の両腕をいつかの再現かのようにつかむ。だが俺は、それを予測して二人組にデバフをかけていた。
特に腕や足の関節が大きく動かせないように、拘束のデバフをかけた。自由の効かなくなった二人組から、俺はたやすく逃れることが出来た。
「てめえ街中でやろうってのか。いい度胸だな。穏便に済ましてやろうと思ってたのによ」
それを見ていたダーナが、剣を引き抜きながら言った。間違いない、理由は分からないがこいつらは力づくでも俺を連れ戻しに来たに違いなかった。
「もう一度言う、俺達の元へ帰ってこいヨナト」
「断ると言った」
「こう見えても俺達はお前を再評価してやったんだよ。だからさっさと戻ってこい」
なんだかんだいって、剣士としてのダーナは強い。先程の二人組へのデバフは不意打ちだったため上手くいったが、真正面から相対して勝てる相手ではなかった。
緊迫した空気が流れる。
「ヨナト!逃げな!!」
「奥さん、でも!」
そんな会話を交わす俺達をよそに、ダーナは斬りかかってきた。それに対して俺は、遅延のデバフをダーナにかけつつ回避行動をとった。しかし、遅延のデバフがかかっているとはいえダーナの一刀は俺を切り伏せるには十分な速度を持っていた。だが、幸いなことに傷は浅かった。
「ッチ。面倒な」
「クソッ」
俺は店のカウンターの上に吹っ飛ばされ、あおむけの状態でダーナの方を見ていた。やはり剣士としては強い。俺のデバフだけでは店を守れそうになかった。
そしてそんな時、ボロボロになった店内に声が響いた。
声の主は、ソナタだった。
「ねえ、何してるの?」
ソナタは見たことのない、冷めた表情で”竜の顎”の面々を見渡していた。俺は、そんな彼女を見るのは初めてだった。
そして、そんなソナタにダーナは反応して次のように言った。
「おっ上玉じゃねえか。おいヨナト、そいつとヤラせろ。それで俺に逆らった件は帳消しにしてやる」
「なっ!ふざけるなよ!」
思わず激昂してしまう。だがそんな俺をよそに、ダーナはソナタに話しかけた。
「嬢ちゃん。分かってるよな。俺達に従えば、そこのヨナトも店も元通りにしてやる。だからこっちに来な」
「……」
ソナタは黙ってダーナの方に近づいていった。
「ソナタ!やめろ!!」
俺は慌ててソナタを止めたがもう遅い。ソナタはダーナの目の前まで行き停止した。
「物分かりが早くて助かるぜ。なあ、俺のこと知ってるだろ”竜の顎”のパーティリーダーなんだ。俺と付き合えば色々といい思いが出来るぜ」
その一言にソナタは底冷えするかのような冷たい視線を向け、怒鳴った。
「よく知ってる。とんでもないクソ野郎だって!一生懸命頑張ってたヨナトを見下して!!みんなで利用して嘲笑って!!あんたみたいなクソ野郎、くたばればいいんだ!!」
ソナタの言葉と共に、パンという大きな音が響いた。ソナタがダーナの頬をはたいたのだ。一瞬の出来事で、ダーナもそれを理解するのに時間がかかったらしい。少しの間、静寂が流れた。だが次の瞬間、ダーナは憤怒の表情で怒鳴り散らした。
「このクソアマが!!ぶっ殺してやる!!」
あろうことか本気でダーナはソナタに斬りかかっていった。それに慌てた俺はソナタを突き飛ばす形で、ソナタとダーナの間に割って入った。そして俺はソナタのかわりに斬られたのだった。
「ヨナト!」
それで怒りから我に返ったのか、ソナタは負傷を負った俺に駆け寄ってきた。
一方で、ダーナの方は怒り心頭といった様子だった。
「ああもう許さねえ。店もお前らも滅茶苦茶にしてやる」
「何を滅茶苦茶にするだって?」
ただでさえ混乱している場に、さらに新しい声が加わる。だがそれはオーナーの声だった。オーナーは大きな戦斧を担いで、そこに立っていた。そして威風堂々としたたたずまいでダーナと対峙した。
「てめえ、用心棒かなんかか」
「この店のオーナーだよ。お客様」
その異様に、ダーナはすぐに剣を構えた。立っているだけでも分かる。オーナーはかなりの実力者だ。その登場に驚いていると、オーナーは俺に声をかけた。
「よくやったヨナト。後は俺に任せろ」
「気をつけてください!ダーナは魔剣士です!」
そう。ダーナは魔剣士だった。魔剣士は、毒も扱うことのできる剣士だ。今のダーナなら使ってくる可能性が高い。
俺はありったけのデバフをダーナにかけた。すると、それに気づいたダーナは再び俺達の方へと斬りかかってきた。
「てめえ!ふざけんじゃねえ!」
だが振るわれるその一閃を、オーナーがはじいた。
ギィンという金属音が、店内に響く。
「うちの娘とその婿に、手を出してくれるな」
そしてそのままオーナーは、ダーナとの戦闘に入った。
俺のデバフの効果が大きいのだろう。ダーナは動きが鈍くなっていた。それを好機と見たオーナーは戦斧を振り回し、ダーナに肉薄していった。数合の打ち合いの末、ダーナの剣が宙を舞った。
「ちくしょう!覚えてやがれ!!」
流石に不利だと判断したのだろう。ダーナと”竜の顎”のメンバーはそれで店を去っていった。後に残されたのはボロボロになった店と、俺達だけとなった。
「オーナー。すみません」
「お前のせいじゃない。後はお前の手当てと、警吏を呼んでこないとな」
「手当なら私がやるよ」
ソナタが俺の手当てをしてくれた。主な傷は、ソナタをかばった時の裂傷だった。包帯を巻いてくれるソナタに、俺は言葉をかけた。内容は手紙の件だ。
「こんな時でごめん。手紙の返事をしたいんだ」
「え?うん」
途端に不安そうになるソナタ。しかし表情を少し曇らせながらも、俺の方を真っすぐ見つめてきた。
「俺もソナタのことが好きだ。だから俺と付き合ってほしい」
はっきりとそう伝えた。
それに初め、ソナタは反応できないでいる様子だった。だが次第に頬が赤く染まり、顔が真っ赤になっていった。そしてしばらくの間が空いたのち、ソナタは、俺に抱き着いてきたのだった。
「ソ、ソナタ!?」
「良かった。じゃあこれで恋人同士だね!」
「そ、そうだな」
抱き合ったままで、言葉を交わす。
「正直、断られるんじゃないかと不安だったの」
「断るなんて、そんな」
「だってヨナトって想いを引きずるタイプでしょ?それにクヨクヨしてるから不安だったの。でも、もう離さないからね?」
「う、うん」
俺の心の動きは完全に読まれていたらしい。そんなに俺はわかりやすいのかと思ったが、単純にソナタが俺に詳しすぎるだけだと後々、悟った。
「あー。二人とも続きは二階でやってくれるか。片づけは俺達でやっておくからいいぞ。」
「それにしてもヨナト。親の目の前で告白するなんて甲斐性が、あんたにもあったんだね」
抱き合っている俺達に、オーナー夫妻はそれぞれそう言った。それで俺は、現在の状況を認識し一人であわてたのだった。
数日後、市中にて暴力事件を引き起こした旨で”竜の顎”のメンバー達は逮捕されることとなった。そして数名のメンバーが、懲役刑につくことになる事態にまでことは発展した。以前からかけられていた容疑が芋づる式に調査された結果だった。
なかでも違法薬物の所持と売買が、一番重い罪状だった。そしてその話は街中に知れ渡る事となり”竜の顎”は事実上、解散を迫られることとなった。
取り調べによるとダーナが俺を引き戻そうとしていたのは、デバフの効果を失ったことでモンスター討伐が上手くいかなくなった事が原因とのことだった。なんとも安直で身勝手ともとれる動機だと思った。
なお薬物の取引に直接の関連性が認められなかったダーナは、仮釈放を受けたが俺達に接触してくることはなかった。
「創設に携わったパーティが解散するのは複雑な思い?」
「いや、全然。もう興味ないよ」
「そっか」
そんな会話をソナタと交わす。
これで残る懸念事項は一つとなった。
その懸念事項とは、ヒナのことだった。
後日、ヒナに呼び出された俺は街のはずれにある公園に来ていた。
はっきりいって、ヒナに対する俺の気持ちはもうない。それでも呼び出しに応じたのは、幼馴染としての最後の情けからくるものだった。
「お願い、もう一度付き合って」
ヒナは開口一番、そう言ってきた。
「どうせまた利用する腹だろ」
「そ、そんなことない!!」
俺はヒナが一瞬見せた、逡巡を見逃さなかった。
「毎日毎日、暴力ばかりで大変なの。ねえ、助けて!!」
「自分で蒔いた種だろう。それに別れればいいだろ」
俺は冷たい態度をとった。
それに対し、ヒナは必死にしがみついてきた。
振り切ろうとするも中々、離れない。
どう対応しようか考えていた時だった。
二人しかいないはずの公園に、別の人物の声が響いた。
「触らないで。ヨナトはもう全部私のものなんだから」
振り返ればそこにはソナタの姿があった。
彼女はズンズンと進んでくると、俺からヒナを無理やり引きはがした。
「ごめん。後ろをついてきちゃった」
「謝ることないよ。おかげで助かった」
そのまま立ち去ろうとする俺達に、ヒナが必死に叫ぶ。
「そんな!!待って!!」
「さっきも言ったでしょ。ヨナトはもう全部私のものなんだから、もう二度と近づかないで」
「……ううっ。ひぐっ」
それを最後に、俺とソナタは公園を後にした。
まだ早朝の街中を、二人で帰路につく。
「ねえ手、つなごっか」
「いいよ」
俺達はどちらからともなく差し出した手を握った。手を握るだけで、俺はうれしく思えた。そして、ソナタの手はとても暖かった。
「ところでさっきの話だけど、私はヨナトを全部もらうから、代わりに私を全部ヨナトにあげるからね」
「う、うん」
ソナタの愛は俺が思っているよりも、ずっと重いのかもしれなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
もし面白いと感じられましたら、評価のほどよろしくお願いいたします。