想いの宛先
ここのところよく目が合う。
ここのところよく話す。
ここのところ距離が近い。
ここのところ彼の一挙手一投足に目を奪われてる。
ここのところ彼の存在に体が熱を上げる。
心臓が駆け足になって気持ちも舞い上がる。
大学に入って2年目の音楽サークルはいつの間にか日常に馴染んで、うまくやっている。
隔月の定期演奏会は盛況で、学内だけでなく外からもお客さんが来る。
サークル内で一番のイケメンの先輩はフロントマンで、演奏会の花でトリを務める。
そんな先輩に可愛がられるのはサークル内では実力派で通っているバンドのギターボーカルの彼。
最近私の視線を奪う、彼。
ライブ中、熱く歌い上げる彼の視線はこちらに注がれてる。
恋の歌を歌いながら視線が注がれてる。
あんなにも熱く恋を歌いながら私を見てる。
その熱さに私も心焦がれて、恋焦がれる。
そう、もうこれは恋だ。
正真正銘の恋だ。
そしてきっと両思いだ。
告白まであと少し。
だから目が合えば微笑んでさりげないOKサインを送って。
その時が来るのを待つ。
そう思っていたのに。
「私、彼と付き合うことになったんだ。告白されたの。」
全身が凍り付いた。心の奥まで凍り付いた。
次の言葉がなかなか出てこなくて、黙り込んだ。
耳の遠くで友達の祝福の声が聞こえてきて、それを反復するようにおめでとうと言った。
その声は小さく頼りなく、彼女に届いたかどうかもわからない。
彼女は私の大学で出来た初めての友達であり、バンド仲間で、いつも一緒に居る仲間の一人だ。
頬を少し赤らめながら、かわいく笑う彼女を初めてみた。
彼を好きだなんて話も初めて聞いた。
仲間の一人も初耳の話にそう問いかけると、
「好きとかはまだわかんないけど、かっこいいなとは前から思ってて。恥ずかしいんだけど、結構熱烈なアプローチを受けてまして。それでこの前の定期演奏会の前にこれで最後にするから歌を聞いてくれって言われて。すごく気持ちが伝わってきて嬉しかったから付き合うことにしたんだ。」
彼女の一言一言に仲間が沸き上がる中、私の心は冷え切っていた。
そういえばよく目が合ったように思ったのは私の隣に彼女がいたから。
そういえばよく話した話題は彼女の話。
そういえば距離が近いような気がしていたのは彼女とよく一緒に居たから。
熱いラブソングの宛先は私じゃなくて後ろにいた彼女、あの熱い視線もすべて彼女へ向けられたもの。
何を自分は勘違いていたんだろう。
恥ずかしい。寂しい。悲しい。
・・・悔しい。
「今日はお祝い女子会で飲もう!!」
仲間の一人がスマホで店探しをしながら高らかに言った。
他の仲間も次々に賛同して、話題の彼女も嬉しそうに笑った。
私はできる精一杯の明るい声で、
「ごめん!私今日バイトだった!」
そう言いながら、急いでるように荷物をまとめた。
マジかよーと残念そうな声が上がる中、視界の端にばつの悪い顔でうつむく彼女が見えた。
彼女におめでとうと声をかけてから急いでその場を立ち去った。精一杯の笑顔を作ったつもりがきっと引きつっていた。
恥ずかしい!恥ずかしい!恥ずかしい!
彼が自分を好きだなんてとんだ勘違いだった!
彼の心はずっと彼女を見ていたのに、自分を好きだなんて思いあがりだ!
恥ずかしい!恥ずかしい!恥ずかしい!
寂しい。仲間外れの自分が。
悲しい。選ばれなかった自分が。
悔しい。報われない思いが。
色んな感情で心がぐちゃぐちゃになって、体は熱くなったり冷たくなったりで自分が今どこに向かっているのかわからなくなるくらいに頭も心も全部、ぜんぶ、前後不覚。
一生懸命に自宅を目指して、唇をかみしめて、眉間に力を入れて、涙が知らぬ間に零れ落ちないように足を動かすことに集中する。
家に着くころには猛ダッシュで、近所迷惑千万でバタバタと音を立てて部屋に入る。
息も絶え絶えにベッドに倒れこんだ瞬間に涙があふれて情けない声を出して泣いた。
こんなにも涙が出るなんて知らなかった、
こんなにも泣き続けることができるなんて知らなかった。
こんなにも好きになっていたなんて知らなかった。
夕陽で赤く染まっていた部屋がすっかり暗闇に包まれてからしばらくして、ようやく涙が落ち着いたころ、ぐううと小さくお腹が鳴った。
あんなに感情に振り回されてつらい思いをして泣いていたのにお腹だけはちゃっかり空いて、晩御飯を要求する。そんな間抜けな自分にあきれてまた涙が出た。
大切な友達に彼氏ができたらおめでとうと伝えたい。でもその彼氏は私の好きだった人。
面と向かっておめでとうって言えるのかなと悩みました。