第七話 皇室騎士団長アバロン
親父の名前を言われて驚いていた俺の返事を待たず、アバロンは話を続ける。
「今日! ジークフリート! お前が騎士試験に参加すると聞いて楽しみだった」
俺は何も言葉を返さず立ち尽くす。目の前の男が何を言っているのか理解が追いつかない。
「楽しみにしていたのにだ! お前は本気を出していない。お前は価値がないのか?」
アバロンは急に叱責してくる。
俺はただ呆然とアバロンの目を見るしかできなかった。
少しの空白の時間が俺たちの間を流れる。
「GCの力は使わない。俺と手合わせしろ!」
突然アバロンが、今日初めて納めていた剣を握った。
面倒なのでそろそろ返事をしようと思うが、力を抑えていることをバレたくなかったので、どう誤魔化そうか考える。
「急に何を言っているのですか? 親父のことを知っているのは分かりましたが、手合わせする意味もありません。私では期待外れだと思いますよ?」
アバロンが何にこだわっているのか分からなかったが、騎士になる気概が俺にはない、ましてや初対面の相手に本気を出す気はなおさらならなかった。
「なるほど……、お前は母親のことを覚えているか?」
アバロンは俺に母親の話題をふってくる。実際、母親のことは苗字をもらったという事実以外は何も知らなかった。
「いいえ、母は私が生まれてからすぐに亡くなったと聞いております」
知らないことを素直に答えた。
「お前の母親を殺したのは俺だ」
アバロンが何を言っているのか分からなかった。自分が会ったことのない母親だったからか、現実感が全くなく釈然としない。
急に母親の話をされても困ったので、俺は無言をつらぬく。
再び俺たちの間に空白の時間が生まれた。
「ガルムは何をして生きていたんだ?」
アバロンは親父の話題に切り替えたようだ。
「親父は畑仕事をしていました。毎日変わらない日々でしたよ」
「そうか……、ガルムは俺と一緒に騎士をしていた」
「親父は騎士だったのですかっ?」
畑仕事をしながら俺の鍛錬をしてくれていた親父が何者だったのかは、騎士養成機関に入るために山を出たときから正直、疑問を持っていた。
しかし、騎士養成機関に入ってからの日々が忙しく、親父への疑問も忘れていた。
「お前の親父は騎士だったが、畑仕事をしなければいけない状況に追い込んだのも俺だ」
アバロンが俺の親父を騎士から追い出し、母親を殺した。
俺の頭の中は混乱する。
初めて会った見ず知らずのおっさんに親父と母親の話をされていても正直困った。
だが、親父との農作業を思い出すきっかけにはなる。
親父はもしかしたら自ら命を絶つ人生を歩む必要はなかったのかもしれない。
その事実が俺の頭に怒りを彷彿させた。
「アバロン! お前の望み通り、本気を出してやる」
頭に血が上ってきた俺は、剣を握り臨戦態勢をとった。
「そうでなければ! ジークフリート!」
俺とアバロンは同時に剣を構えた。
しかし、あろうことか、その姿は全く同じ構えとなった。
「まさか同じ構えとはな、アバロン! 条件がある、この戦い自体は他の誰にも言わないで欲しい」
俺は騎士になるためにここでアバロンと戦いたくなかった。
「分かった、その条件を飲もう」
アバロンは澄ました顔で答える。
アバロンが喋り終えた瞬間に、俺は一撃を与えにレイヤの踏み込みよりも早いスピードで飛び込んだ。重心をしっかりと下げ、体重が十分に乗った突きを放つ。
だが、不意の接近で崩されるほどアバロンは甘くなかった。
「いい攻撃じゃないか!」
頭部を狙った俺の突きに対して、アバロンはそこに突きが来ると分かっていたように、身体をうねらせ剣ではたこうとする。
だがこれは俺が狙った通りの形だった。
俺は素早く全身を前に落とし、左手で身体を支えながら、アバロンの足に蹴りを入れる。
「ヌッ!」
突きをおとりにした蹴りによってアバロンはひるんだようだ。
その一瞬できた隙をつき、すかさず剣を振り下ろす。
「皇室騎士団長もこんなものか!」
俺は勝利を確信した一撃をお見舞いしてやろうとする。
しかしアバロンは、無理な体勢から、剣を持ち替え俺の一太刀を受けきった。
剣と剣がぶつかり合って拮抗状態となる。
「やるな、ジークフリート! お前の剣技、相当な時間をかけて鍛えられたと見える!」
アバロンはこの戦いを楽しんでいるようだ。
「アバロン、お前が山へ追いやった親父に習った剣技だ! 絶対に、この戦いは負けない」
俺たちは一度間合いをとり、再び同じ構えで対峙した。
何年かぶりに俺は本気を出している。
この三年間は、皆に力を隠しながら自分の体力や剣技を維持するのに苦労した。
周囲のレベルが低いことは入学試験ですぐに分かった。
レイヤやアレンはある程度実力はあるが、それでも俺からするとある程度だった。
『平民』出身の俺が貴族や騎士を簡単に倒すと悪い噂がたつと親父の遺書にあったので、これまで自分の力を隠してきた。
久しぶりの『戦う』という高揚感で頭がいっぱいになる。
アバロンが構えを一度やめ、指で挑発してきた。
俺も舐められたものだ。
再び、レイヤよりもかなり早いスピードで即座に次の一撃を打ち込む。アバロンと比べてスピードはわずかに俺の方が早そうだった。
しかし、パワーでは劣っているようで剣と剣をぶつけた時の反動は身体に堪える。
ここまでの数手で、お互いに力が拮抗しているのが分かった。
「ジークフリート! お前の力は分かった。そろそろ終わりにしようか」
アバロンはそう言うと、この戦いで初めて先手の一太刀を振ってきた。
しかしその攻撃は大振りになっていたため圧倒的な隙が生まれた。
俺はすかさず宙に舞い、アバロンの急所を狙う。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
俺の剣はアバロンの首元の急所を確実に捉えた。
この一撃で勝利を確信する。
「本当に見事だ。だが甘い」
アバロンが何を言っているのか分からない。首元への攻撃の感触は確かにあった。普通の人間であれば死んでいる攻撃だ。
しかし、剣で確実に捉えだった俺の剣の方が粉砕する。
「お前に味わって欲しくてよ!」
アバロンは俺の足を掴み、地面に叩きつけた。
「くそっっ、GCか! 使わないと言ったじゃないかっ! 卑怯者っ!」
心の中では勝負に卑怯も何もないとは分かっていたが、思わず口から出てしまった。
「俺にここまでさせたんだ。才能あるぜ! ジークフリート」
アバロンはそう言って、渾身の一撃を俺の腹部に入れた。
一撃を食らった瞬間、親父の顔が走馬灯のように見える。
すぐに俺は意識を飛ばした。
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