第四十五話 GCの実験 【アバロン過去編3】
その日の天気は悪く、霧の影響で視界が悪かった。皇室騎士団はランバ様の屋敷にいる百人ほどでヒエロニムス家の屋敷へと向かう。
アメリア様とガルムを救う。そのことで頭がいっぱいとなる。
「GCの実験はどんな実験なんだ?」
俺は、皇室からの使いに質問を続ける。
「自身へのGCの付与です」
「なるほど。ヒエロニムス家は騎士を必要としない未来を作りたいと思ったと言うことか」
自分自身にGCを付与できないから『騎士』が必要なのは周知の事実だが、これを覆すことができてしまったら、より貴族の選民化も進むだろうと思いながら話の続きを聞いた。
これまで聞いたことのあるGCの実験は人工的にGCの力を増幅させたりするものだった。このGCの増幅は危険を伴うため禁止されていることは知っていた。
そもそもGCの人体実験自体、GCの付与を抑える指輪など皇室が認めた研究以外は禁止されている中で、今回のヒエロニムス家での事件が起きた。
「早く助けに行かないと!」
俺は馬の速度を上げていく。皇室騎士団員のみんなが早足になった。
ガ、ガシーン!!
あと少しでヒエロニムス家の屋敷というところで、大きな音が聞こえる。
屋敷の方をよく見ると、何人もの人が逃げようとしている様子があった。
「全員逃すな! 捕まえろ!」
皇室騎士団のリーダーの声が聞こえ、俺もそれに従ってヒエロニムス家の屋敷から逃げようとしている人を捕まえた。
「おい! 何があったんだ!」
俺は一人の逃げようとする騎士を捕まえて聞く。
「は、離してくれ! バケモノがくるぞ! 早く逃げないと……」
その騎士は尋常ではない様子で、混乱しているようだった。
何が起きているのか分からないが、屋敷の方へ進んでいく。
屋敷は異様な匂いにつつまれ、何人かの人間が横たわって死んでいる。
「ガルム! アメリア様! どこにいる!」
俺はこんな地獄のような光景が広がっているとは思わなかった。ガルムたちも生きているのかどうか分からない。
「あっ、あ……」
一人生きているようで、何かを話そうとしている。
「に、逃げ……、ろ……、アメリ……」
よく見ると腹部に穴が空いていて、すぐに亡くなってしまった。
最後にアメリア様のことを言おうとしていたようだが、分からない。
横たわっている人たちは無視し、皇室騎士団が屋敷の中へ入っていく。
「う、うわぁー、やめろ! 来るな!」
屋敷の人か中に入っていった皇室騎士かは分からないが、屋敷の中から悲鳴が聞こえてくる。
「くっ、早い、囲んで戦うぞ!」
皇室騎士の声が聞こえてきたので、俺も急いで戦いの準備に入る。
「う、うぁぁぁぁぁぁぁ」
屋敷の中に入っていった皇室騎士たちが、外まで飛ばされたようだ。
どんな奴が屋敷にいるのかは想像できないが、強者なことは間違いない。
「大丈夫か! 俺も参戦する」
俺は、傷を負った皇室騎士の元に駆け寄り、屋敷の中を覗いた。
ゆっくりと向かってくる、その相手を見て驚愕した。
「アっ、アメリア様……」
そこには、理性を失い、獣のように見境なく人を襲うアメリア様の姿があった。
どうして、こんなことになってしまったかは分からないが皇室騎士が襲われている中で黙って待機はできない。
「アメリア様! どうかやめてください!」
必死に叫ぶが、相手には何も聞こえていないようだ。
アメリア様は、俺の声を聞いたからだろうか、とんでもないスピードで攻撃を仕掛けてきた。
そのスピードは凄まじく、GCを付与された騎士の多くはその攻撃を見えないものだった。
人体実験がどんなものか分からなかったが、少なくとも目の前のアメリア様をここで抑えないと死人がかなり出ることは分かった。
なんとかアメリア様の攻撃を防ぐが、その一撃一撃が重くのしかかってくる。
「アバロンです! どうか、目を覚ましてください!」
なんどもアメリア様に声をかけるが、全くこちらのことを認識できないようだ。
「アバロン! 大丈夫か? 助けに行くぞ!」
他の皇室騎士も集まり、十人ほどでなんとかアメリア様に対抗した。
数の多さでは勝っているが、皇室騎士たちは、動けない者もどんどん出てくる。俺も足の力が入らず、そのまま立つことも難しくなってくる。
しばらく経つと、アメリア様と対峙した騎士は皆、もう経つことすらできなくなっていた。
「アメリア様!」
俺が叫ぶと、アメリア様は力が尽き果てたのだろうか、急に意識を失った。
アメリア様を連行しなければならないが、立つのも難しい。そうしていると、後ろの方から皇室騎士の援軍がやってきていた。これで、一件落着だと思う。
「おーい! こっちにアメリア様がいるぞ! 早くこい!」
俺は仲間の皇室騎士に叫ぶ。
「そうはさせない」
低く図太い声が聞こえると、その声の主は馬に乗りアメリア様を連れて逃げだす。声は全くといっていいほど変わり果てていたが、ガルムのようだ。
体はやせ細り傷だらけのようだが、目の奥から絶対にアメリア様を守るという意思を感じられた。
「おい! 待て、ガルム!」
俺は叫ぶが、そのままガルムとアメリア様は遠くへと逃げていった。
♢
それから三年ほど月日が流れた。
事件の結果、ヒエロニムス家からは公爵の位を剥奪することとなり、実験に関わった人間への粛清が行われた。GCの実験と、アメリア様の暴走については、一切外部に漏らしてはいけない情報となり、闇に葬られる。
俺を含めた皇室騎士団の騎士にはアメリア様とガルムを捜索する指令が出され続け、定期的に帝国内全域を調べていた。
そんなある日、とある田舎町に赴いた時にガルムのような姿の男を見かける。その男の風貌は、人生を諦め荒んだ生活を送っているようなものだった。
「アバロンか?」
最後に聞いたガルムと同じような声だ。長い年月をかけてやっと見つけることができた。
「ガルム……」
俺は感極まり何も喋ることができなかった。
「逃げはしないが、お前にしか頼めないことがあるから少し話をさせてほしい」
ガルムはそういうと、俺を人気のない家へ案内した。
俺は頷き、その後ろをついていく。
ガルムが住んでいた所は賊のような輩が何人もいるスラム街だった。その中の一室を案内される。
腐敗した匂いが鼻にひびいた。
「お前にだけ何があったのかを話す。その後に俺を捕まえるか判断してくれ」
ガルムはそのまま、ヒエロニムス家の実験で幽閉され無理やりGCの力をアメリア様に戻したことで、アメリア様が暴走状態になったこと。アメリア様が度重なる疲労から亡くなったこと。そして、アメリア様とガルムの間に一人息子ができたことを話した。
重苦しい空気の中、それらの話を一言も漏らさず真剣に聞く。
「最後に頼みがある。この子に戸籍をあげてほしい。それができれば俺は今死んでも構わない」
ガルムは本当に自殺をしてしまうような勢いだった。
皇室騎士の俺としては、ここを見逃すわけにはいかなっかったが、ガルムは最初で最期のライバルで、その男の最期の願いを叶えたい気持ちが優っていた。
「お前は死んではいけない。俺が戸籍を出しておくから、その子供と一緒に生き続けてほしい」
様々な思いで心の中を支配されていたが、本音を出してしまった。
「ありがとう、アバロン」
ガルムの声は枯れ果てており、その顔つきも同い年とは思えないほど老け込んでいた。
俺はアメリア様の骨だけもらい、戸籍に登録する名前はジークフリート・ヒエロニムスとすることとし俺たちは別れた。
ガルムは山に篭るとだけ言い残し、去っていく。
子供はまだ生まれたばかりだろうが、泣き声ひとつあげずに俺の顔だけ見続けていた。
その子供ながらに力強い目力は一生忘れることはないだろう。
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