第三十七話 初めての死闘【ジーク過去編2】
トレーニングを続けていたある日、親父に頭を攻撃をされて意識を飛ばした。
目を覚ますと、木が生い茂った山の中だった。全く分からないが、川が近くにあるのは確認できる。山の中は露出している肌がヒリヒリするほど寒かった。
「お父さん! どこにいるの!」
俺は何度も親父のことを呼ぶ。血のつながった家族だから助けてくれるはずだと思っていた。しかし、小一時間同じように呼び続けても何も起こらなかった。
騎士を目指すと言っていたのに、いっこうに強くならないから捨てられたのかと思う。まだ幼い俺だったが、こんなところで死んでたまるかと感じた。
意外なことに生きることへの執着があった。
何とか生きる伸びるための行動をする。
まずは近くにあった川の水を飲んでみる。飲んでみた水は寒い身体にこたえたが、美味しく飲めた。後は食べ物の確保と寒さをしのぐための準備をする必要がある。
寒い中でも生きられるように、落ちていた葉っぱや藁のようなもので寝床を作る。その作業だけでもかなりの疲労を感じたが、寒さ対策はできた。
食事は何とか野生の生き物を捕らえることにする。
野生の生き物は逃げ足が速く捕まえるのは難しい。動物を見つけては捕まえようとするが、何度も失敗する。
日が沈むまでには何とか食べ物を手に入れたいが、作戦を変更する必要があるようだ。
俺は川に面している木の上から水を飲みに来た獲物が通りかかるのを待つことにした。
動物が真下に来た時に飛び込んで捕獲する作戦だ。初めてだったが三十分ほど待っていると、うさぎが水を飲みにくる。
これは絶好のチャンスで、木から飛び降りうさぎを捕まえることに成功した。
火おこしは親父に教わっていたので、自分で倒したうさぎを石で解体し焼いて食べる。
これからの食料の方針として、捕まえた肉と生えていた野草を焼いて食べることにした。
なんとか食糧事情も解決していき、親父に捨てられても生きていくだけなら問題なかった。ただ、誰もしゃべる人間がいないことでの不安や夜中の寒さだけはどうしようもない。
倒した獣の皮は暖かいと思ったが、幼いながら生臭さを受けつけなかった。
♢
そんな生活を続けて二週間ほどたった日、あきらかな異変が起こった。鳥のさえずりすら聞こえないなか、何かがこちらに近づいてくる気配がする。
親父から何度も不意に殴られてきたことから、気配には敏感になっていた。すぐさま木陰に忍び身を伏せる。
「アレは……」
その何かの姿を見て俺は思わず目を見張った。身体は親父よりもはるかに大きく、全身が毛に覆われ、鋭い爪を持った獣がいた。
親父がたまに狩りをするときに一番大変だと聞いたことのある動物だった。確か名前はクマだと言っていた記憶がある。
遠くからクマの動きを観察するが、クマはまだ俺に気づいてはいないようだった。しかし、嗅覚が発達しているのか、確実に俺の方へ歩みよってくる。
逃げるべきか戦うべきかかなり迷う。身を隠しながらクマをじっと観察する。
「ッ! ブゴォォォォォ!」
クマは嗅覚で俺がいることに気づいたのか、こちらに全力で向かってきた。
心の中の迷いを打ち消し、覚悟を決める。
クマが山で一番強い獣だろうから、こいつに勝てればこれからも容易に生きられる。
生と死をかけた戦いをする決心がついた。
俺は木陰から姿を見せてトレーニングで身に着けてきた構えを取る。クマは俺を見てさらに勢いよく突進してきた。その突進を寸分のところまで見る。
あと少しで当たりそうなところまで引き寄せてから横に飛び込み、クマの突進を回避する。
俺が避けることを想定していなかったのか、クマは鋭い爪で木を切り刻んだ。
木の傷を見る限り、俺が受けたら一発で死ぬことが分かる。俺の身長よりも何倍かあるクマはまさに化け物だった。
クマは方向転換し、再度俺に攻撃を入れようとする。木を切ったことで少し身体を痛めたのか、動きが鈍くなっているようだ。
そこに生まれた一瞬の隙を見逃さなかった。
「これでもくらえ!」
俺はクマの身体に本気の蹴りを入れる。クマが一瞬ひるんだのが分かった。
「これでもか! これでもか!」
俺はその後、何度も同じ個所へ連続で攻撃を続けた。
クマもだまっていないようで突進をしてくる。勝ちに急いだせいでクマの突進を受けてしまう。
「くっっっ」
突進はかなり痛かったが、親父に殴られていた方がよっぽど痛いと感じた。
あの爪にだけ気を付ければなんとかなるかもしれないと思う。
クマとの攻防はかなりの時間続いた。何度蹴りを入れてもクマは倒れなかった。
どう倒すかを考えるが、どうして武器を使わなかったのだろうと思い起こす。俺は獣を解体するためにつかっていた石を手に取る。クマの攻撃は単調で再び突進してきた。
「その攻撃は食らわないんだよ」
俺はクマの突進を避けて高く飛び上がる。
がら空きになったクマの眼を石でつぶした。
「ぐぉぉぉぉぉ」
クマから悲愴な声が聞こえる。
さらに追い打ちとして反対の眼もつぶし、クマの視界を奪った。
クマは完全にサンドバックと化す。
そのまま、クマが倒れるまで攻撃を続ける。視力のないクマを倒すのは赤子の指をひねるようだ。
初めて親父以外の相手と本気で戦った出来事だった。
「武器を使えば身体の大きな相手でも倒せることを学べた。本当にありがとう」
倒れたクマを解体して、しっかりといただくことにする。この森で一番強いのは俺だと思いながら、戦いの余韻に浸った。
♢
クマとの戦いから、自分をかなり強いと思い始めた。親父や騎士という職につかなくても山では一人で生きていけると思う。山での生活も三カ月か経ったころには、クマとも何度か戦っていたが負けることはなくなっていた。寒い時期も過ぎ去り、山での生活はこまらなくなってくる。
そんな中、クマとは違う気配を感じた。
久しぶりに感じる殺気は親父のものだった。
親父は俺が倒したクマの皮を見ている。
「強者になれたようだな。おめでとう、ジークフリート」
捨てられたと思っていた。最初からクマと戦わせるために俺を山に捨てたようだ。
親父は俺が山で生きることを想定していたのだろうか。この三カ月の出来事は慣れたとはいえ、死ぬかもしれない窮地に追いやられたのも事実だった。
「おい、どうしてここに来た?」
俺は既に親父に対してもう畏怖の念を抱いていなかった。親父の巨体を睨みつける。
「いい目だな。俺の予想を超えている。なまぬるい言葉も使わなくなって俺は嬉しいよ」
「俺は一人でも生きていける」
「今のお前は山でなら一人で生きていけるだろう。明日からはお前に剣技を教えてやる」
「剣技か……。戻ってもいいが、騎士になったら絶対に倒してやる」
「その意気だ。お前が倒す相手として俺を想定しろ。俺に勝てるようになれ」
山から家までは半日ほど歩いた場所だった。意外と近くだったが、途中に崖があり迂回ルートを知らなかった俺は帰れなかったということだ。
親父が定期的に俺の様子を見に来ていたかは定かではなかった。
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