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第三十一話 ナターシャの憂鬱

 試験の次の日は、ナターシャの誕生日を迎える。メイドたちや皇室騎士もそろって、飾りつけの準備をしていた。


 もちろん俺もその中の一人だった。


 アマンも懸命に準備をしている。


「アマン! 元気そうで良かった。大丈夫か?」


「はいっ! おかげさまで身体はほとんど傷もなくちょっと精神的に疲れただけです」


「精神的に疲れたってのいうのは大変だったな……」


「だけど寝たら元気になりましたよ! ジーク様に助けられてもらえてよかったです」


「もとはと言えば俺が目を離したのが悪いし、気になっていたんだ。安心したよ」


「そんな……、私も不注意でしたし。さぁっ、ナターシャ様のお祝いの準備をしましょ!」


 アマンは強がっている様子でもなかったので、体調は万全なのだろう。


「一緒に買ったプレゼントを渡すのも楽しみだな!」


 ナターシャの誕生日ということで、他の皇族や公爵家の人たちも参列するようだ。


 誕生日会では多くの人を屋敷に迎えいれるので、皇室騎士団のみんなは警護に集中することになる。ナターシャの騎士である俺は基本的にはナターシャのそばに控えるように言われた。


 装飾品や食事をならべ終わったころにはすっかり日も落ち、参列者が少しずつ見え始めた。来る人はみんな、高価そうな包装のプレゼントを渡しながら屋敷に入ってくる。


 俺は今以外の人生を送っていたら生涯会うことのない参列者たちに驚きながら、ナターシャのそばに立ち続ける。


「ナターシャ、十六歳の誕生日おめでとう! あらっ、このかっこいい男性がナターシャの騎士かしら?」

 一目で裕福だと分かるドレスを身にまとったマダムがナターシャに話していた。


「叔母様! 今日は来てくれてありがとうございます! ジークフリートと言う名で私の騎士にあたりますわ」


 俺は失礼のないよう、マダムにお辞儀をする。


「やっぱり騎士は顔も重視しないとよね! こういうパーティーの時に華になるわ」


「そういっていただけて良かったです! 今日は是非、食事など楽しんで下さい!」


 ナターシャが叔母様ということだから、皇族の方なのだろう。


 その後も、人は続々とやって来て、ナターシャの誕生日は盛り上がる。


「疲れたし、ちょっと涼みに行きましょうか」

 ナターシャは庭の方を指さして言う。


「主役が離れてもいいのか?」


「いいのよ。一通り挨拶もしたし、あとは年配の方々で社交界よ」


「そんなものなのか」


 俺たちは庭へ行く。暑い季節の訪れを感じさせる、涼やかな空気だった。


「ねぇ、ジークは今日の誕生会をどう思った?」

 ナターシャはぼそっと言う。


「うーん、さすが皇族の誕生会だなって思った。俺の誕生日なんてこんなに人は来ない」


「そうよね。ただ、私としてはいつもお世話になっている少数の人だけでもいいのよ」


「壮大なパーティーは嫌なのか?」


「嫌いだわ。堅苦しいし、これだけ人が多いといったい誰の誕生日か分からないわ」


 最近イライラしていた原因はこの誕生会だったのかもしれなかった。


 アマンと買いにいったブレスレットは俺から渡すように言われていたが、このタイミングだと思った。


「ナターシャのことを思って誕生日を祝いに来てくれる人はたくさんいるはずだ」


「それならいいのだけどね。みんな腹の中では何を考えているのか分からない人達よ」


「それでもだよ。少なくとも屋敷のみんなは今日の誕生日を祝いたいと思っていたぞ」


 俺はそういいながら、プレゼントの入った箱を差し出す。


「これは何かしら?」


「屋敷で働いている人たちからのプレゼントだ。みんなで予算を出して買ったんだ」


「えっ嬉しい……。開けてもいいかしら?」


 ナターシャはこれまで挨拶に来た人たちからのどんな高価そうなプレゼントよりも嬉しそうな顔をした。


「もちろん。開けてみてくれ」


 ナターシャは箱を開けて、中からブレスレットを取り出す。


「すごく綺麗なブレスレットね」


「アマンと俺で買いに行ったんだ」


「なるほど。都市に出かけた時はこれを買いに行ってくていたのね」


「アマンには怖い思いをさせてしまったけどな」


「そうね。だけど、本当に素敵なプレゼントをありがとう! 大切に使うわ」


「気に入ってくれたみたいで良かった。アマンに言ったら泣いて喜びそうだな」


 ナターシャはさっそくブレスレットをつける。


「アマンには後でお礼を言うわ。ジークもありがとうね」


「俺が買いに行ったのはアマンが誘ってくれたからだけどな」


「アマンを助けてくれて本当にありがとう。ジークが私の騎士で良かったわ」


「当然のことさ」


 その後、俺たちは社交会と化していた誕生日会場へと戻った。渡したプレゼントの効果か、ナターシャの顔は涼みにいく前よりも活き活きとしていた。


 パーティー会場を見回しながら、ふと騎士になったときのことを思い出す。


 ナターシャに選抜された時も、本当に騎士になるのをやめようとしていた。『平民』としての自覚もあり、こんなパーティーに参加することも考えたことがなかった。


 今では温かい人たちに恵まれた環境で、自分自身が騎士としてこれからもやっていける気がし始めている。


 ナターシャやアマンをはじめ、屋敷の人たちと楽しく過ごす日々は悪いものではない。これまでの人生では考えられない素敵な時間を過ごして、俺の心も徐々に変わってきているようだった。

【お読みいただきありがとうございます】


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