第二十六話 GCの新しい使い方
休憩を取った後も勉強を続けあっという間に夜になる。ルミーナの屋敷にも訓練所があるようなので、騎士とミューゼルの男性陣は訓練所に行くこととなった。
一方、女性陣はみんなで風呂へ入りに行った。
身体づくりはサボってしまうとすぐに戦いに支障が出るので、訓練所があるのはありがたい。筋肉を落とさないためにトレーニングをする。
ミューゼルもなぜか一緒にトレーニングに励んでいた。
「ジークフリート! 少し話がある」
良い具合に調整できたところでトレーニングを終えると、ミューゼルが呼んできた。
「どうした? ここではできないのか?」
「あぁ。外で少し話そう」
俺はミューゼルに連れられて訓練所の外に出る。ミューゼルとはあまり親しくなかったので、どんな話題を振られるのか気になった。
「お前は、ナターシャの、その、裸とかは見たのか?」
何の話かと思ったが、想像していた斜め上の話題が飛んで来た。
「いや、見てないけど」
「同じ屋敷に住んでるんだから、そういうシチュエーションになってもおかしくないじゃないか!」
「いやぁ、ナターシャの屋敷は騎士専用の風呂場があってだな……」
真面目に答えるのもばからしくなってきたが、何かがミューゼルを熱くさせていた。
「みんなで覗きに行かないか?」
ミューゼルは鼻息を少し荒くしながら話す。
「いやいや、さすがに皇女と公爵家の三人だぞ! ばれたら相当まずいだろ」
「うーん、みんなでお泊まり会だし、一回やってみたいんだよな……」
「まして俺たちはミューゼル以外は騎士という立場だし」
「うーん、部屋を間違えてうっかりってのもあるだろう。スバル!」
ミューゼルはスバルも呼んだ。
「ミューゼル様、どうしたの?」
ミューゼルは一連の話をスバルに話しす。
「スバルはGCで五感の力が上がっていると聞く。こういうのには向いてるだろ?」
「いやぁ、僕の場合はフィル姉さんがいるからな……」
状況が気になったのかアレンとレイヤも来たので、みんなでどうするかを決める。
「ミューゼル様! やるしかない!」
アレンはやはりというか乗り気だった。
ミューゼルが先導するためレイヤは断りにくそうだ。俺とスバルだけは最後まで反対したが、多数決で俺たちは女子風呂を覗きにいくこととなった。
♢
女子風呂までの道はアレンが知っていた。ルミーナの住む屋敷には、外の星を見ながら湯船に入れるという専用のお風呂があるそうだ。
アレンが言うには女性陣がそこに入っていたら、外から覗くことができるとのこと。みんなでアレンに先導されるがまま進んでいく。
さっきまでの訓練で身体は温まっていた。いつでも本気で駆け出すことはできる。屋敷の周りにいる護衛の騎士たちをスバルが逐一確認しながら俺たちは進んだ。
歩き進めていると、一か所だけ木でおおわれた新しい造りの壁があった。
「あそこが特別な風呂がある場所だ!」
アレンは興奮しながら、教えてくれる。
スバルは耳を研ぎ澄ませた。
「アレン、正解のようだよ。あそこから女性陣の声がかすかに聞こえる」
スバルのGCは大活躍だ。
「でかしたぞ、アレン! あとはどうやって見るかだな。みんな何かいい案はあるか?」
俺も少し考えたが木で覆われているので、その木を破壊して隙間を作るか、上から覗くことしか方法は考えられなかった。
「木を少しだけ破壊するのはどうだろう?」
アレンはさすが脳筋なだけあって破壊する方法を提案する。
「うーん、破壊するって言ってもだな……。レイヤはいい方法は浮かぶか?」
「乗り気がではないがあえて言うなら、少しの隙間だけ剣で切るのは?」
「それだ! レイヤのスピードと繊細な剣技なら、いい隙間を作れるに違いない!」
ミューゼルは名案を思い付いたような顔で言う。
作戦としては、スバルの合図でレイヤが飛び出し、剣で隙間を作ったところで素早く戻る。空いた穴から順番に見ていくというシンプルものだった。
作戦のもと、スバルがまずは壁の周りに誰もいないことを察知する。
「レイヤ! 今ならいけるよ!」
スバルが合図をするとレイヤは俺たちの目では追いきれないほどのスピードで壁へ向かい、剣を突き刺そうとする。
想定と違うことは、レイヤの剣が木に突き刺さらなったことだ。
木に刺さらないことがわかると、レイヤはすかさず俺たちのもとへ戻ってくる。
「ミューゼル様、ダメだった。木に何かコーティングがされてるようだ」
ミューゼルは残念そうな顔をする。
「アレンのパワーを使って一人ずつ上空に放り投げて見ていくのはいいんじゃないか?」
俺は思わず考えたことを言ってしまった。
「ジークフリート! さすがナターシャの騎士に選ばれるだけの名案じゃないか!」
それまで落胆していたミューゼルの顔は笑顔になる。
「それでは俺は見れないんじゃないか?」
アレンがもっともなことを言う。
「アレンの時は何とかみんなで頑張ることにしよう!」
ミューゼルは咄嗟に言い返す。
「そうか! 何とかなるよな!」
アレンはお調子者だからか、なぜか納得していた。
このメンバーの中でアレンのことを上へ飛ばすことができる人材がいないことは明らかだった。
気を取り直して、再度スバルが回りを確認する。
ミューゼル、俺、レイヤ、スバルの順番でアレンに飛ばしてもらうこととなる。
「アレン、ミューゼル様! 今だ!」
スバルの合図でアレンとミューゼルが木の壁へ突き進む。間近まで近づいてアレンは作戦通りにミューゼルのことを上へ飛ばす。
ミューゼルは高く飛びあがり木の壁よりも高い位置まで進む。もちろん空中で待機することはできずに一瞬でアレンのもとへ落ちた。
二人はすぐに俺たちのもとへ戻ってくる。
「ミューゼル様! それで女性陣はどうだった?」
アレンは興奮しながら聞いていた。
「いや、残念ながら湯けむりに邪魔されて何も見えなかったんだ……」
この作戦だと上にいられるのは一瞬だから運の要素も絡んでくる。
「みんな! まずいことになった。フィル姉さんに気づかれたと思う!」
スバルの顔は真っ青になっていたので、おそらく気づかれたのは本当だろう。
「逃げろ!」
ミューゼルの合図で俺たちは訓練所まで走り抜けた。
訓練所に戻る途中、見回りの騎士もいたが、俺たちの姿はただ全力で走っているだけだったので何も言われなかった。
訓練所に着くと、おのおのトレーニングをするふりをする。
しばらくすると女性陣が訓練所を訪れた。
「あんたたち! 覗こうとしたでしょ!」
ルミーナが怒りながらずかずかと入ってくる。
「ルミーナ、なんのことかな? 僕たちは訓練をしていただけだ」
ミューゼルは慣れない腕立て伏せをしながら返事をする。
「しらばっくれてもダメよ! 誰かが覗こうとした異変にフィルが気付いたのよ!」
「いやぁ、そう言われてもな」
ミューゼルは知らぬ存ぜぬで通そうとしていた。男性陣としてもそのまましらばくれるほうが身のためなのは間違いない。
「アレン! 私たちが入っていたお風呂の場所を知ってるわよね? どうなの!」
ルミーナの矛先がアレンに変わった。アレンはこういう時の対応は騎士養成機関の時もダメダメだった記憶がある。
「い、いやいや、そんなことしてないぞ!」
アレンは慌てふためいている。
「いいのよ? 本当のことを言わないと、みんなにあなたの秘密を言っちゃうから!」
「し、知らないものは知らない! あれ? 秘密なんてあたっけ?」
「わかったわ、アレン……。あなたが教師であるエ・ミ・リ……」
「ごめんなさい! 見に行ったのは事実だが、結果としては何も見れなかっった!」
アレンは秘密をばらされたくなかったのか、口を滑らせた。
「パシンッ!」
ルミーナはアレンの頬をひっぱたき、大きな音が響き渡った。
「やっぱりね! あなたたち! 今日のご飯はお肉抜きだからね!」
女性陣は怒ったまま出て行く。ナターシャの俺たちを見る目が笑っていなかったのは気になった。こうして俺たちの覗き作戦は失敗に終わる。
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