第二十一話 皇女ナターシャの悩み
GC付与の授業後、ナターシャとは変な空気になってしまい話せなかった。
帰りの馬車はどんよりとする。GCの付与がされると思っていたが、まったく能力に変化がなかった。そこに怒っているのではなく、あらかじめ言ってほしかったのでナターシャに裏切られた気分だった。
ナターシャが平然としていて何も言わないのも少し苛立った。
「ジーク……。あなたはGCの力の優劣を貴族がどうやって測るか分かる?」
静寂とした車内だったが、ナターシャが口火を切った。突然のことで俺は無言になる。
「分からなくても当然よね。このリングで測るのよ」
GC付与の時に貴族のみんながつけていたリングを見せてきた。
「私のリングはね、この国でも有数の者しかつけていないリングなの」
「どうゆうことだ?」
「リングはGCの研究機関が作っているのだけど、力が強ければ、リングが壊れちゃうの」
「ナターシャのリングは壊れていないけど、なんでなんだ?」
能力の話からリングの話になっていたので、思わず質問責めにしてしまう。
「幼少期に力が目覚めた時に一番下のレベルから壊れないレベルまではめていくのよ」
「リングをはめていって力を測るってことか」
「そう。そして私の場合は一番上のレベルをはめるまで全てのリングを壊したわけ」
「ナターシャはすごい力を持っているんだな」
GCについては何も知らなかったが、皇族でレベルの高いナターシャはどう育ってきたのかが気になった。
「だけどね……。力があるだけじゃダメなの」
ナターシャの口調は少し弱々しくなってきた。
「十二歳からの三年間、あんたたちが騎士養成機関に入っている時に、貴族はGCの力を扱えるように訓練するわ」
ナターシャはゆっくりと言葉を選びながら話し、俺は相槌を打っていく。
「自分の力を認知しないと、付与ができないの」
「他の人たちが認知でき始めたとき、私はただ遅いだけだと思ったわ。だけど間違っていた。二年目になると私は自分の力を認知することができないと気づいてしまったの」
「認知ができないと付与ができないから、俺への付与はできなかったということか」
ナターシャから付与ができなかった理由を聞いて、なんとも言えない気持ちになる。ナターシャが意地悪をしていたわけでは無かったことに少し安堵している自分がいた。
「皇女たる私がGCの付与をできないという噂が立ってしまうのは、一番避けなければいけなかった」
「それは確かに大問題になるよな」
「だから平民出身の騎士を探したの。騎士試験が実施される一年前から調査したわ」
「そこで俺も調査の対象になったってことか」
「ジーク、あなたがその中でも完璧だったのは言わずもがなね」
「なるほど、最初から俺を騎士にすることが決まっていたわけか」
「そうゆうことになるわね。アバロンが特にあなたのことを勧めてきたのよ」
アバロンが勧めてきたってことは少し引っかかった。
「俺が養成機関を辞めるか、騎士試験に不合格となったらどうするつもりだったんだ?」
「どんな力を使ってでもあなたを騎士にしようとしたわ」
「ナターシャならやりかねないな」
俺は自分が悩んでいたことよりも目の前の皇女の方がずっと悩み続けてきたことを知って、恥ずかしくなる。
「そういえば、あの誘拐されそうだったのも自作自演だったのか?」
「あれは私としては本当に襲われたのよ。アバロンがなんとかするって言ってたけど」
おそらくアバロンは俺がナターシャを助けた時もどこかから見ていたのだろう。アバロンにうまく仕組まれたことには腹が立ってきた。
「ナターシャ、話してくれてありがとうな。俺なりに何とかしてみるよ」
ナターシャが弱気になっているところを初めて見て力になりたいと素直に思えた。仕組まれた出会いだったとしても、俺がナターシャの騎士になることは『平民』にとっては考えられない出来事だ。
俺が何かできるわけではないが、知ってしまったからには後戻りをする気にはなれなかった。
「ありがとう……、ジーク」
ナターシャの目は少しウルっとしていて、手はかすかに震えていた。
「少なくとも、同じクラスの人には俺が他の騎士達と同じように付与を受けたように映っているわけだし!」
「そうね……。初めてあなたに感謝しようと思ったわ」
「おいおい、そこは俺が騎士になったときから感謝してくれよ!」
ナターシャの悩んできたことを聞き、俺たちの間の重い空気は消えつつあった。
馬車が屋敷に着いた時には、すっかり日も沈んでいた。
「明日からもよろしくね。ジーク」
ナターシャは手を振って部屋に戻っていった。
ナターシャの後ろ姿をじっと見ながら、三年間の騎士生活をどう乗り切っていくか気にし始めた。
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