第十二話 騎士の契約
皇女の屋敷はその名にふさわしい豪邸であった。庭も広く、俺が過去に見たことのある貴族の屋敷と比べても、洗練された造りとなっている。
縄で縛られながら庭を連行されていると、何人かの使用人がいた。
すれ違いざまに目が合い笑われたのは屈辱的だった。
庭を抜けると大きな扉が屋敷の入り口に構えてあり、そのまま屋敷の中へ入っていく。
皇族の屋敷は初めて入るが、ほとんどの人が立ち入ることすらできない場所だ。外壁から精巧な作りをしており輝いて見えた。
屋敷の中に入ると、ナターシャはどこかへ行き、アバロンは俺は放り投げた。アバロンと二人きりの空間は少し気持ち悪い空気が漂った。
「俺は平民としてのんびりしたいだけだ。なんでこんな仕打ちを受けなきゃいけない!」
この状況からもう逃げるのは無理そうだが、最後まで抵抗することに決めた。
「お前が選ばれた。ただそれだけのことだ」
「アバロン! お前とはいつか決着をつけて親父の過去のこととか聞くからな」
「はっはっはっ、頑張れよ! 騎士試験とは比べ物にならないほど、これからは大変だ」
「俺は騎士にならないって言ってるだろ!」
続けてそう言うと、アバロンは呆れ顔をしながらどこかへ行ってしまった。誰もいない屋敷の踊り場で俺は放置される。
ナターシャがまさに皇族と言える豪華な服から、普段着に着替えてやってきた。
「あんた、まだ騎士にならないとか言ってるいるの? もうあきらめなさい」
俺はナターシャから憐れんだまなざしを向けられる。
「だいいち、なんで俺なんだ?」
「貴族が騎士を任命するのは知っているわよね? それであんたを選んだのよ」
「だ・か・ら、他の候補生がいるだろ! 俺は最後に選ばれるような成績や出自だぞ?」
「あんた、真面目に騎士を目指してその地位を手に入れたい人間を私が選ぶと思う?」
「何が不満なんだ? 真面目な騎士はいいじゃないか」
「私の立場だと誰でも選べるのだけど、今回は面白そうなやつが一人もいないのよ」
ナターシャの面白いと言っている基準は全く分からなかった。
「面白いかどうかで決めるのか?」
「そうよ? その中で私がわざわざ選ぶのなら、あんたしかいなかったのよ」
確かに経歴や成績を踏まえても面白みのある騎士候補生はいないと思う。みんな、騎士を目指し切磋琢磨している人たちだ。
レイヤやアレンもその例外ではない。
「貴族出身の騎士も面白いんじゃないか?」
俺はスバルのことを思い出しながら言う。
「貴族出身の騎士だと、政略だのなんだの言われるの。もちろん面白いと思うけどね」
「それで白羽の矢が俺に立ったということか」
ナターシャの言っていることはある程度納得のいくものだった。
「それに、あんたの昨日の戦いを見た限りだと、その辺の騎士よりは強そうじゃない?」
「結局、昨日の戦いが決め手になったと言うことか?」
「そうね。強さはある程度必要よ」
ナターシャは腕を組み、まるで俺は断ることが許されない状況を作り出していた。
「それでも、いやだと言ったら?」
俺はここで折れてはいけないと思い、断る態度を変えない。
「あんたがそこまで言うなら、それなりの報酬も用意するわ」
「それなりの報酬か! それは聞いておきたい」
「アカデミーに通う三年間の卒業後、あんたが平民としてのんびり暮らせるようにするわ」
「のんびり暮らせるというのは、家といくばくかのお金をくれると捉えていいのか?」
「ええ、そう受け取ってもらってかまわないわ」
「それでも断ると言ったら?」
ナターシャの顔がイラついたのが伺える。
「それでも断るんだったら、三日三晩そのあたりの壁に吊るすわよ?」
「それは拷問じゃないか……」
「今の状況ではあんたに選択権もないんだし、いい条件と思わない?」
報酬があるので三年間アカデミーへ通うのも悪くはないと思い始めるが、このまま言いなりにはなりたくはなかった。
「それじゃ、俺は帰らせてもらうよ」
そろそろ茶番に付き合うのも頃合いだと思った。
「何を言って……?」
ナターシャが言いかけたところで、俺は本気の力を出して縄を引きちぎる。
その様子を見たナターシャは何が起きたのか分からない様子で呆然としていた。
「あんた……、その力は何?」
「初めて皇族の家に上がったが凄い良い所だった!」
ナターシャは立ちすくんでいたが、俺は玄関へ向かう。
「待ちなさいって!」
「俺は騎士にならないからな! 他の騎士とアカデミー生活を満喫してくれ!」
最後に言い残して、玄関の扉を開けようとした。
しかし、扉は機関長室のように、一ミリも動かなかった。
「あんたが逃げる可能性も考慮して、アバロンが扉を閉めていたのよ!」
「クソっ、やってくれる皇女様じゃないか!」
思わず汚い言葉を口に出してしまった。
「アバロンがいる限り何度だってあんたを捕まえてやるわ! もう逃げられないの!」
ひどい皇女がいたものだ。俺はどうするか考えるが、GCを使えるアバロンが相手ではかなり分が悪かった。
その場でジタバタして子供のように泣きつこうと思ったが今後のことを考えてやめる。
ここまできたら諦めるしかないようだ。
「しょうがない、三年間だ。アカデミーを卒業したら、さっきの報酬は用意しろよな!」
「もちろんよ。あんたが一生暮らせる程度のお金でも用意してあげるわ」
「その言葉絶対に忘れるなよ!」
こうしてナターシャの騎士となり、アカデミーへ入学することが決まった。ナターシャは少し安堵の表情を見せる。
「あんた、これから頑張りなさいよね!」
「これから騎士として仕えるんだ。あんたって呼び方はやめてくれないか?」
「そうね、いつまでもあんたって呼ぶのも変だし、ジークと呼ぶことにするわ」
「いいだろう。そうしたら俺はナターシャと呼ぶことにする」
「様をつけなさい! 様を!」
「様って……、堅苦しい感じが嫌で騎士をやめたかったんだ」
「まぁいいわ。父上や要人の前以外なら許してあげる」
その後、メイドが持ってきた騎士の契約書にサインをしてその場は終わった。
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