第十一話 お転婆皇女
機関長室のドアを叩く。
「失礼しまーす」
「入っていいぞ」
中へ入ると、機関長はのんびりと茶をすすっていた。
機関長の物腰は低いが、五十から六十歳ほどの年齢にしては、鍛えていることがわかる身体をしていて威圧感を持っていた。
「ジークフリート君、身体の調子はどうかね?」
「寝たら元気になりましたので、今はすこぶる良好です」
俺はかしこまりながら答える。
「それで、今日は何用だ?」
「それはですね……」
俺は手を震わせながらおそるおそる、やめる旨を記載した手紙を差し出す。機関長は丁寧に手紙をほどき、ゆっくりと手紙の内容に目を通した。
「なるほど。お前は騎士になるのをやめるというのか?」
機関長から叱責が来ると思っていたが、案外落ち着いていた。
「そうです。この三年間は楽しく過ごせましたが、騎士の文化に溶けこめませんでした」
俺は騎士になりたくないもっともな理油を並べる。
「なるほど……。騎士の職業は誰にでも務まるものではないんだけどな」
「それは分かっております」
「騎士試験で最終エリアまで行ったということは、騎士の才能があるとうことだが?」
「確かに最終エリアに行きましたが、みんなが頑張ったからで、私の力ではありません」
機関長はお茶をすすって考えているようだ。
「チームが素晴らしいだけではない。お前はGCの付与を受けた騎士と戦っただろ?」
「確かに付与を受けた相手と戦いましたね」
「そんな騎士に立ち向かえる人間はわずかだ。最終エリアに到達するだけで凡人には難しいんだ」
機関長の説教じみた話は聞きたくなかった。騎士になりたくない理由の一つが、上からの命令一つで自由にできないことだ。俺は何も答えず立ちすくんだ。
「ジークフリート君、才能を無駄にするな」
その表情からは哀愁のようなものが漂っていた。
「受理してください。他の候補生と違い、私には騎士を目指す志がないのです」
俺は今日一番の気持ちで伝える。すると機関長が立ち上がる。何か攻撃をされるのかと思い警戒した。
「ナターシャ様! ジークフリートはこう言ってますが、いかがいたしましょうか?」
機関長は突然大きな声を上げた。ナターシャという名前は聞いたことがなかった。
すると隣の来賓用の部屋から誰かが扉を開けて出てくる。
俺はその姿をみて驚愕した。さきほどまで忘れていた記憶が呼び起こされた。
昨日助けた女の子が出てきたのだ。
「機関長、そのバカの手紙を破り捨てなさい」
女の子の一言で、機関長は手紙を粉々に破った。
何が起きたのか全く分からなかった。
「機関長、それでは私はそろそろ行きます。部屋の荷物は今日中に片付けて出ます」
早く立ち去りたい一心で、俺は機関長へ一礼をして扉を開けようとする。
「アバロン! 本気で扉を閉じておきなさい。バカが逃げ出そうとしているわ」
扉を本気で開けようとしたが、びくともしなかった。
しかもアバロンだと? この状況が全く分からなかった。
いったい、あの女の子は何者だ。
アバロンも機関長も女の子の命令に従っているのが不思議でたまらない。
女の子が扉の前で立ちすくんでいる俺に近づいてきた。状況を理解できていなかったが、まずいことになっているのは分かる。
「俺はただ騎士をやめるだけだ! 昨日のお礼としては少々痛い仕打ちだ!」
「昨日も私の力なら逃げられた。あんたに助けられる必要はなかったのよ」
ナターシャと呼ばれる女の子は昨日と同様、強気な態度を貫いた。
「ジークフリート君、そちらのお方はナターシャ=アルベルト=グレンムガル様だ」
「グレンムガルだと?」
「グレンムガル帝国の皇女様の一人であられる。言葉は慎みなさい」
ここまで俺たちを見守っていた機関長が恐る恐る声を出す。
「そう、私はナターシャ。先ほど機関長にあんたを騎士として選ぶことを伝えに来たわ」
「だから俺は騎士をやめるって言ってるだろ」
「まだ分からないようね。私が選ぶんだから、あんたは騎士をやめることはできないの」
この強気な女の子が、皇女様で、ナターシャという名前ということは分かった。
「これはこれは冗談を。俺は『平民』だし、もっと他にふさわしい候補生がいるはずだ」
最終エリアに行っただけで、皇女様に選ばれることはおかしいと思っていた。ましてや普段の成績は騎士養成機関の中でも平均程度の俺がだ。
「どうせ騎士をやめたら、のんびり暮らしたいとでも思っていたのよね?」
ナターシャは図星を突いてくる。
「それの何が悪いんだ!」
「そのくせ行き場所すら決まっていないのでしょう?」
ナターシャは、勝ち誇った顔で俺を見ながら言う。
「行き場所がなくたっていいんだ。ただ俺は騎士をやめるんだけだ!」
俺は再び本気で扉を開けようとするが、びくともしなかった。
「往生際が悪いわね。その扉はアバロンが抑えているから絶対に開かないわ」
アバロンの力は俺の全力よりもはるかに上をいっているようだ。
頭は冷静になっていき扉を開けるのはあきらめた。ナターシャをなんとか説き伏せる方向に切り替える。
「なんで俺なんだ? 候補生の成績や出自は送られているんだろ?」
「えぇ、送られてきてるわね。あんたの平均的な成績は知っているわ」
「ならどうしてだ? まさか昨日助けたからじゃないよな?」
「助けてもらったから、あんたを選ぶわけではないわ。ただ決めたのは私よ」
「勝手に人の人生を決めるなよ!」
俺の言葉がナターシャにとっては嫌だったのか、少し怒った顔をした。
「機関長! ジークフリートは三年間、騎士養成機関で過ごしてきたとは思えないわね」
ナターシャは怒りの矛先を機関長へ向けたようだ。
「ナターシャ様……。ジークフリートに騎士としての自覚が足りないことは承知です」
「騎士としての自覚ね」
「しかしですね、騎士としての才能や実力はしっかりとあると思います」
機関長がどんな目で俺を見てきたか分からないが、手を抜いて過ごしてきた俺に能力があるかなんてわかるはずもない。
「とにかく、あんたは今日から私の騎士になるの! いいわね!」
「嫌だ! それにどうしても騎士になる必要があるなら、おしとやかな貴族の所でやりたい!」
「私がおしとやかじゃないって言いたいの?」
「当然だ! 人の人生を簡単に決めるような傲慢さは、おしとやかとは遠い存在だ!」
このまま引き下がってしまうと何も解決がしないようだったので、とことん言ってやろうと思った。
「わかったわ……。アバロン! この男を連行しなさい!」
扉があき、外からアバロンが現れた。この男にやられた傷がざわつく。
「おいアバロン! この前の続きをここでやってもいいんだぞ?」
俺はいつでも戦えるように構えた。
「ジークフリート、この前の傷が治ったようで良かったな!」
アバロンは余裕を見せてくる。
「ナターシャ様、この男には手荒にしてもよろしいですか?」
「何よ、アバロン。候補生なわけだし、簡単に連行できないわけ?」
「こいつの実力は想像以上でしたので」
「まぁいいわ。手荒にしてでも連行しなさい!」
ナターシャがそう言うと、アバロンは一瞬で俺との距離を詰めた。狭い部屋だが、GCの力を存分に使った速度だ。何も対応できずに俺は床に叩き伏せられる。
「このやろう!」
俺は掴まれている状況から抜け出そうと抵抗するが、びくともしなかった。
「アバロン……、そこまで本気で押さえなくてもいいじゃないの?」
「ナターシャ様、こやつは本気を出さないと逃げられてしまいます」
アバロンは、あらかじめ準備していたのであろう縄で俺を縛り付けた。
「機関長! ジークフリートを私の騎士にするので、手続きを進めてもらえる?」
「ナターシャ様、かしこまりました」
俺は必死の抵抗むなしく、縄でしばられながらアバロンに連行された。
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