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すれ違う路面電車

作者: berio

路面電車の電車停留所は、小さくても立派な駅ということで一つ。

――路面電車というものがある。道路上に電気軌道を敷設し、その上を一両から数両の車両が運行している。街の各所に設置された停留所間を往復しており、観光客や地元市民の身近な交通手段として親しまれている。著名なところだと、北海道札幌市や広島県広島市あたりだろうか。


 僕が友人と旅行に行ったときの話だ。この友人を仮に「T」と呼ぶことにする。大学生の男二人で気ままな旅、しかも有名な観光地ということもあり、海鮮と地酒を心ゆくまで楽しんだ。Tは「折角だから地元のキレイな姉ちゃんと遊んでくる」と言い、繁華街へ向かった。僕はというと、強行スケジュールで少々疲れていたのもあり、宿に戻って休む気でいた。観光客相手の夜のお店だと、ぼったくりに遭いそうというのもある。

 最寄りの路面電車の駅で、他の乗客と一緒に中心市街地行きの便を待っていると。

――古ぼけた車両が、ゆっくりと反対側の車線を通過していった。行き先は『※※※』という停留所。一般の鉄道に比べてスピードも遅いので、内部の様子も見える。乗客はたった一人。……ぼうっと突っ立っている、青白い顔のTだった。


(!? おかしい、さっき繁華街の方に向かっていったはずなのに!)


 彼はいかにも思い詰めた様子だった。先ほど別れたばかりの友人は、めくるめく夜の世界への期待に胸を膨らませていたが……。

 突発的な何かがあったのかもしれない。突き動かされるように僕は道路を横断し(大変危険なので絶対にやってはいけない)、彼の行き先と同じ方向の路面電車に乗り込んだ。タクシー、という手段が思い浮かばなかったのは、アルコールで判断が鈍っていたからかもしれない。

 

 ◇

 

 路面電車は山裾の住宅地へと進んでゆく。途中、曲がり角を左に行き、終点『※※※』に着いた。一応、この先には神社などの名勝があるが、夜は閉まっている。

 停留所から見回してみると、山の方に進んでいく彼の姿が目視できた。


「おーい、T、待ってくれ!」


 声をかけたが、彼は振り向かない。追いかけていくと、だんだんと街灯がまばらになっていく方角だった。

 

(そうだ、携帯!)


 電話を鳴らせばさすがに気付くだろう。僕はTの電話番号を検索し、通話ボタンを押した。何度かコール音がする。携帯に耳を当て、遠ざかっていく彼の後ろ姿を見ていた。コール音が七回目を数える頃、立ち止まった彼がズボンのポケットから携帯を取り出すのが見えた。

 

(やった、気付いた!)


「Tか? 僕だ、どうしたんだよ? 女の子と遊ぶんじゃなかったのかい?」

 僕は努めて明るい調子で喋った。


『………………()()()()()

 彼の声ではあり得ない、無理矢理機械で合成したような中低音。ゆっくりと、そいつは僕の方を振り返る――。

 まばらな街灯の下で、三日月のように弧を描いた口が耳元まで広がっているのを、はっきり見てしまった。Tとは似ても似つかぬ「()()」の、獲物を見つけた捕食者の笑み――。


「う、うわぁぁぁッ!?」

 慌てて電話を切り、停留所の方まで全力で駆ける。

 一瞬で背筋が凍り付いたような思いだ。ひたすら走り、走り――。停留所の待合室まで逃げ込んだ。


(落ち着け、落ち着くんだ……)


 あの得体の知れないものが追って来やしないかと不安でいっぱいになりつつ、頭を働かせる。


「タクシー……。そうだ、タクシーを呼ぼう!」

 そう思い、携帯に手をかけると。

 

――Tからの着信が入った。

 

(慎重になれ。こういう時、周りを見ずに電話に出たヤツは最後どうなる?)

 

 そっと待合室のドアを開けて周囲を見渡し、いつでも近くのコンビニまで逃げられるのを確かめてから、覚悟を決めて僕は電話に出た。


「……もしもし」

『よう、どうしたんだ? これからお楽しみだったのによう。ははぁ、さてはお前も行きたくなったか? やっぱ好きだねぇ。いいぜ、教えてやるよ、住所は――』

 電話の後ろでは大音量で洋楽が流れているようだ。そのBGMと同じくらいの大きさで彼は話している。


「T、その店に行ってどれくらい時間が経った?」

『あぁ? もう軽く一時間だぜ。しかし、カワイイ子といると時間があっという間に経っちゃうねぇ。……あ? 友達だよ、別にカノジョとかじゃないし。マリーちゃんが気にするような相手じゃないって――』

 後ろで女性の鼻にかかったような声も聞こえる。あの先に歩いていったのは、やはりTではなかったようだ。思わず、僕は安堵のため息を漏らした。


「……いや、無事ならいいんだ。実は、ぶらぶら歩いてたら人混みにあてられて気分が悪くなって。先にホテルに帰って休んでる、と言うつもりだったんだ」

『なんだ、水臭いな! お前も来ればいいじゃん。な? ほれ、クララちゃんもお前の顔を見てみたいとよ』

「いいよ、いいよ、僕の分まで楽しんできて! 後で話を聞かせてもらうから。じゃあな!」

 まだ彼は喋っていたが、どうせ今の会話の中身など明日まで覚えていないだろう。……とにかく早くここから離れたい。僕はコンビニの軒先からタクシー会社に電話し、やって来たタクシーへ身体を滑り込ませる。それから、ご先祖さまや氏神さまにお祈りしながら泊まっているホテルまで戻っていった。

 

 ◇

 

 その後、僕たちは特急電車で別の街まで移動した。内心僕はびくびくしていたが、特に何も起こらず、よく眠れ、健康である。Tも身体に全く異常はなく、あれから数ヶ月経った今もぴんぴんしている。

 ただ、ぼうっとしている時間が増えたように思う。『どこかに忘れ物をしている気がするんだ……』とは彼の言葉である。もしかしたら、またあの街を訪れることになるかもしれない。

 ……本当に、Tの姿をした「()()」はなんだったのだろう。そして、すれ違っていったあの路面電車は? 謎は謎のままだが、僕たちは概ね元気にやっている。

……二人のうち、どちらが呼ばれていたのだろうか。あるいは両方か?

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