逃げ上手の女神、悪魔に制裁を下す
山羊頭の悪魔の弱点は後頭部だ。
此処に強力な一撃を与える事が出来れば、私達の勝ちだ。
この悪魔は力があるが、動きはそんなに速くないし頭もそんなによくない。いわゆる、脳筋である。そんな脳筋にはもうクロウサの事など頭にはないだろう。
「あははっ、残念だったね。そのまま私の光りで浄化されれば良かったのに」
私の挑発に、悪魔は顔を赤くして此方を睨み付けた。
「下級の女神の癖に吠える奴め!」
悪魔は蝙蝠みたいな翼を広げ、私に向かってきた。
ただでさえ動きが読み易いのに、頭に血が昇っているので真っ直ぐにしか此方に向かってこない。おそらくこの悪魔は、今までその有り余る力で正面からねじ伏せて来たのだろう。
それだけ脅威的な力だけれど、此方が受けと守りに徹すればそうそう当たりはしない。
悪魔が斧を振り回して来たら、避ける。
避け切れない時は光りの障壁を張るか、小太刀で防ぐ。
これで十分だ。後は、タイミングを見計らう。
「くそっ、こいつめ!」
段々と斧が当たらない事に悪魔は苛立ってきたようだ。
そりゃ、それだけ分かり易かったらそうそう当たらないよ。
これでも私は小学校の時のドッジボールで逃げ上手のミチル、として名を馳せた程だ。
悪魔さんこちら、と歌いたい気分だった。
さあさあ、当てられるものなら当ててみろ!
「ぐぉぉぉぉっ!」
悪魔がやけくそになったのか、叫びながら斧をブンブンと振り回してきた。
いやいや、そんな事をしたって当たらないから。
近寄らなければ、どうという事はない。
そう思っていたら、斧が飛んできた。
音を立てて、飛んできた。
「うわっ!」
だてに逃げ上手のミチル、と呼ばれていない。
横に飛んで斧を回避する。ヒュンヒュンと斧は回転しながら、私の後ろに飛ぶ。
分かっているんだ。こういう時は、大抵戻って来る。
今度は下に下降して斧をかわす。
斧はそのまま悪魔の手元に戻って来た。
「ちぃっ、本当にすばしっこい奴だ」
下降したので、今度はまた悪魔に見下ろされる形になる。
危なかった。ただ振り回す以外も出来るんだね。
それはそうか、上級の悪魔みたいだし。戦いにも慣れているだろうし。回転させてぶん投げた武器って、普通は危ないからね。悪魔は平然とキャッチしているけれど。
でも、お陰で良いポジションに着けた。
また悪魔は斧を回転させて、放り投げてくる。
同じように避けて、また私は下降する。
「ちょこまかと!」
上空から悪魔が叩き落すように斧を振りかざしてきた。
私はありったけの光りの障壁を一点に張って、その攻撃を防いだ。
しかし、やはりそれでも悪魔の斧に障壁は破られる。
でも、威力は落ちた。
私はそのまま斧を小太刀で受け止めた。
力勝負する訳ではない。力負けしたふりをして、地面に落下する。
そのまま仰向けに倒れる形になった。
それを悪魔は追撃する。
私は地面を転がるようにして、悪魔の攻撃を避けた。
今だ!
そのまま私は光りを放つ。
「光の刃!」
「馬鹿め、何処を狙っている」
しかし、それは悪魔に当たらずその後ろに飛んで行った。
まだ私は地面に背中をつけたままだ。
悪魔が下種な笑みを浮かべたまま、此方に近付いて来る。
「下級の女神のわりには粘ったな、だがこれでお終いだ!」
悪魔が斧を振り上げた。
人間は勝利を確信した瞬間、最も油断する。
それは悪魔も同じだったようだ。
「クロウサ、斬り捨てなさい」
「畏まりました、ミチル様」
クロウサが悪魔の後頭部に向けて大太刀を振り下ろした。
その大太刀には私が放った、光りの付与が込められている。
鮮血が飛び、山羊頭の悪魔が私の目の前で倒れた。
「ぐはっ……馬鹿な……儂は、バフォメット様の……」
いかにも悪役らしい最後の台詞だね。
ふっ、中々の強敵であった。
「ミチル様、お怪我はありませんか?」
直ぐにクロウサが近付いてきて、倒れていた私を起き上がらせてくれた。
「私は大丈夫だよ、クロウサこそ平気?」
「これくらい問題ありません」
クロウサはそう言って笑みを浮かべたが、その片翼は斬り落とされたままだ。
私が光りの治癒を行っても、それは回復できなかった。
このままではクロウサは片翼の天使になってしまう。
「ごめんね、私がもっと信仰されて強い女神だったら、クロウサもこんなにならずに済んだのに……」
「そんな事はありません、これは私が未熟だったからです」
「違うよ。天使の強さは、仕える女神によって変わるはずだから。私、頑張ってもっとみんなに信仰されるようになるから。そして、いつか強い光りを使えるようになったら、クロウサの翼を治してあげるからね」
「ミチル様、そこまで私を……」
クロウサの眼から涙が流れた。
マズい、こうなったら私も泣いちゃう。
こんなのだから、ウサリーナに泣き虫の女神、と呼ばれちゃうんだ。
でも、涙は止まらなかった。
そうして暫く、私はクロウサと抱き合いながら泣いた。
「素晴らしい、素晴らしいのじゃ」
不意に、拍手が聞こえてきた。
私は慌てて涙を拭い、その音のする方向を向いた。
ヤバい、泣いている所を誰かに見られたかもしれない。
「余の悪魔を倒したのは勿論、その美しき女神と天使の絆は最高じゃ。まさに絵になる。ふむ、これは良い題材を手に入れる事が出来た」
そこにいたのは、山羊のような角を頭から生やした美しき少女であった。




