ファンシーじゃない悪魔
一人の若い女性が、血相を変えて私に逃げるよう促した。
この人は確かあの私が救った子供の母親だ。籠を持っていて一人きりだし、子供を家に残して買い物していたのかな。
「悪魔が私を?」
「はい。女神がこの村にいるのは分かっている、さっさと出せ、と村の入り口で騒いでいます」
なんだそれ。ヤクザの出入りかな?
私を訪ねてくる悪魔って、もうワフカしか思いつかないけど。
でも、なんでみんなそんなに慌てているのだろう。
「そうですか、だったら尚更行かなくては」
「危険ですよ、殺されます!」
「大丈夫ですよ私は女神ですから。それよりも、貴女は早く子供を連れて逃げてください」
私は女神スマイルで子供の母親の肩に手を置いた。
尚も心配そうな顔をしていたが、子供の母親は私に頭を下げてそのまま去っていく。
「ミチル様、嫌な気配がします。急ぎましょう」
クロウサが何かを感じたのか走り出したので、私もその後を追った。
私にもその気配は感じられた。
おそらく、この感じだとワフカではない。
村の入り口、上空に浮かぶ悪魔が見えた。周りに村人の姿はない。
「待っていたぞ、女神よ」
偉そうな口調で腕を組み、人を見降ろしながら悪魔が言った。
角の生えた山羊の頭に人間の上半身、下半身は牛の姿。手には巨大な斧を持っていて、背中からは巨大な蝙蝠のような翼が生えている。
何処からどう見ても悪魔。まさに悪魔、悪魔の中の悪魔。
全然ファンシーじゃありません。お帰りください、出口はあちらです。
「そうだけど、私に何か用?」
「何か用だと?」
私は普通に質問しただけなのに、悪魔は顔を歪めて睨み付けてきた。
なんだろう、カルシウムが足りないのかな? それだったら、その頭に生えた角でも食べてください。おそらくカルシウムたっぷりだと思います。
「貴様、先に宣戦布告をしておいてよくもそんな事が言えるな!」
「え? そんな事はしていないよ。人違いじゃないの?」
「人違いなものか、儂はお前達の後ろ姿を見ているのだ。間違いない」
うわっ、なにそれ怖い。ストーカーみたいじゃん。
そもそも、私はこんな悪魔を知らない。知らない人に宣戦布告なんてする訳ないよね。ネット上で、匿名の人と口論するような事がこの世界にあるなら別だけど。
「いや、本当に人違いじゃないの? 私、貴方の事は知らないし」
「そうだ、お前みたいな山羊頭など我らは関わった時がない」
クロウサも私に同調する。もしかしたらクロウサと何かしらの因縁があるのかな、とも思ったけど違うみたいだね。そもそも、この悪魔は私を指名しているし。
「まだしらばくれるのか、貴様の光りが儂の後頭部に直撃したのだぞ。その痛みに悶絶したではないか。後ろからいきなり襲撃するとは、女神の癖に卑怯な奴め!」
「いやだから、そんなやたらめったら光りなんて飛ばさない……ん?」
そこで私は一つ思い出した。
アグロンと戦った時に、光りの刃をあらぬ方向に飛ばしていた。
溜めに溜めていた時にクロウサに止められ、コントロールを失ったんだよね。
あれ? もしかして……
「儂が我に返って追った時には、既に貴様らが去る所であった。直ぐにでも追い掛けたかったが、時が悪い事に邪神様から呼び出しを受けたので、今まで見逃しておいてやったのだ。アグロンの甲羅を持ち帰ったのが仇となったな。儂くらいの悪魔なら魔力を辿るのは容易な事よ」
あっ、間違いない。
あの悪魔、私が放った光りの刃に当たったみたいだね。
「ミチル様、もしかしてあの時の光りの刃……」
クロウサもその事に気が付いたみたいで、声を潜めて私に相談してくる。
「うん、アグロンに放つはずの光りの刃が当たったようだね」
「申し訳ありません、私のせいで……」
「いやいや、仕方ないよ。まさか悪魔に当たるとは思わなかったけれど……」
「此処は、責任をもって私があの悪魔を斬り捨てます」
「いや待って、こっちが悪いみたいだし謝ったらどうかな?」
「悪魔に話し合いなど通じません。それに相手は悪魔、女神が滅すべき存在です」
そうかな。ワフカみたいな良い子もいると思うけど。
「フハハッ、儂を怒らせた事を後悔させてやる。八つ裂きにしてから、見せしめにこの村の人間達を恐怖の底に落としてくれる」
悪魔は高笑いしながら楽しそうにしていた。
あっ、ダメだ。この悪魔はそういうタイプじゃない。
「仕方ないクロウサ、やろうか」
「畏まりました」
クロウサが二振りの刀を抜いて翼を広げる。
「ほう、勇猛な天使を抱えているみたいだな」
悪魔が不敵に笑って斧を構えた。
まあ、クロウサは自慢のウサギ天使ですから。
私も飛ぼうとしたら、急にゴットパネルが光った。
久し振りだけど、こんな時にどうしたのだろう?
『逃げてください。あの悪魔と戦うと死ぬ恐れがあります』
ゴットパネルに触れると、そう赤文字が浮かんでいた。
その瞬間、背筋が凍るような感覚に襲われた。
「クロウサ、待っ……」
私の言葉は間に合わなかった。
悪魔に向かっていたクロウサは、大きな音とともに勢いよく地面に堕ちた。
クロウサの片翼は無残にも斬り落とされ、そこから大量の血が流れていた。




