女神としての初任給は、有意義に使わせていただきます
フィアイド王国は大国である。その昔、沢山の小国が争って最終的に勝利を収めた国だ。その歴史は長く、大国として周囲からも恐れられている。
中心に王都チュードがあり、私の故郷である大都市パヤンもある。私の家はそれなり大きな貴族(公爵家)であり、産まれながらに私は王子様の妃候補であった。締め付けは厳しく、自由にあちこち行けた訳ではないので、この国で知っている場所は王都と故郷くらいしかない。スローライフ目指して飛び出した時も、そんな遠くには行けなかったしね。
「王都と此処ではどれくらい離れていますか?」
「そうですね……アルフカ村からですと、移動手段にもよりますが一月くらいでしょうか」
この世界には電車もバスもない。徒歩か馬車か、もしくはアモと呼ばれる巨大な鳥に乗るか。私達は空を飛べるので、もう少し早く着く事が出来ると思う。
「ミチル様、次は王都に向かわれるのですか?」
「ううん、聞いてみただけだよ」
クロウサの問いに私は首を横に振った。
いずれ行ってみたい気持ちはある。なんせ、十回も転生して過ごした場所なのだから思い出は沢山あった。故郷のパヤンもそうだ。でも、今の私はまだ成りたての女神。もっと立派になってから向かいたい。
そして、威張り散らすのだ。
パトリシアに土下座させるのだ。
私を毒殺した事を謝れば、信仰させてやろう。
「そうだミルクさん、この周囲の地図なんてありませんか?」
まあ、今はともかく目の前の事をしっかりとしよう。
近くの場所から女神の活動を。
その為には地図があると便利だ。
パトリシアに土下座させるのも、いずれという事で。
それに確かに同じ異世界だけど、私が十回目に死んだ後の世界とは限らないしね。
「地図でしたら雑貨屋さんで売っていますよ」
「だったら、お金も頂いたのでついでに買い物に行ってきます。緑茶も気に入りましたし」
「ふふっ、そう言って頂けると光栄です」
私はミルクさんと別れて、クロウサと共に村に買い出しに向かった。小さな村だけれど、道沿いにあるせいか旅人の姿も多い。その為もあってか店もそれなりにあった。そこで私は地図と日持ちする食料や水、そして茶葉を買った。ついでにお茶を淹れる用の急須と湯呑みも。
荷物は沢山あるけれど、全部巾着に入る。幾ら入れても大丈夫だし、軽い。
うん、これは便利だ。
「これでいつでも緑茶が飲めますね」
クロウサは私より嬉しそうだった。
このウサギ、私よりも日本人らしいね。村人や旅人からは奇異な者を見るかのような視線を浴びている。まあ、こんな格好した人は他にいないだろうし。翼まで生えちゃっていますし。それは私もだけれど。
「それにしても此処がフィアイド王国だったとは、驚きですね」
買い物を終えて、またあの緑茶屋で一休憩している時にクロウサがそう話し掛けてきた。
「そういえば、クロウサは私を追い掛けて転生したんだっけ?」
「はい。この国の何処かにミチル様がいらっしゃる、という情報を頼りにあちこちを旅していました」
それだけの情報で、よくやる気になったね。
でも、貴族の令嬢時代に私はクロウサと出会ってないからやっぱり難しかったのかな。この国って、大国だし。一応、私も別の名前を名乗っていたしね。というか勝手に名付けられていたんだよ、私の両親に。赤ん坊からだもの、私はミチルだよ、なんて喋れないよね。
「旅していたって、ウサギの姿で?」
旅するウサギさん、なんか絵本にありそうだ。
「いえ、前世はこのような格好でウサギの獣人でした。ミチル様を御守りする為にも鍛錬を重ね、武者修行をしながら旅をしていたのです」
「え? その服と刀も?」
「はい、あの女神に頂いたのです」
それ、かなり目立ったよね。おそらく、そんな恰好した人はこの世界にクロウサしかいない。いや日本でも、私がいた時代だとお祭りやイベントくらいでしか見掛けないけど。
「ところで、ミチル様はどのような事をされていたのですか?」
「しがない貴族の令嬢だよ」
「え? 貴族の令嬢、それは凄い! ミチル様のような御美しい方にピッタリです。いえ、今の女神様もまさに天職であられますが。きっと優雅に過ごされていたのでしょう」
クロウサが勝手に想像しちゃっているみたいだけど、別に優雅じゃないから。まさに女の戦いだったし、文字通り血みどろだったから。
「まあ、今の方が私には合っているよ」
私はあの時の事を色々と思い出しながら、緑茶を啜った。
色々と大変だけれど、私には此方の方が合っている。
なんだかんだウサギの村も救ったし、魔物や悪魔にも負けなかった。
まあ、あんな悪魔だったら、楽勝だよね。
最初は悪魔とかどうなるのだろうと思っていたけれど、ただの子犬さんだったし。きっとこの世界はファンシーなんだよ。だって私が女神な時点でそうだよね。ウサギが好きだし、天使もウサギだし。もう悪魔も、そういう部類の世界なんだよ。
「ミチル様、何やら村の入り口の方が騒がしいですね」
私が可愛らしい想像をしていると、クロウサがそう言ってきた。
確かに、いつの間にか村が騒々しくなっているね。
はいはい、何かあったのかな?
よし、女神様が解決しましょうか。
解決したら先輩だけじゃなくて、私も信仰してくださいね。別に乗り換えなくても良いですから。ついでに私も信仰してくれて良いですから。さらなる加入プランが今ならお得です。
「よし、行ってみようかクロウサ」
「はっ、畏まりました」
湯呑みに残っていた緑茶を飲み干し、私達は騒ぎのする方へと向かった。
村の入り口に向かうほど、人通りは多くなっていく。
私は、ワフカと出会った時を思い出した。
確かあの時もこんな感じで村人達が騒いでいたね。
でも、今回は村人の顔が切迫しているように見える。とういか、逃げている。みんな、逃げている。私達はその逃げる人々の波に逆らいながら、村の入り口へと向かった。
その途中で、一人の村人に私は引き止められた。
「お逃げください、ミチルさん。悪魔が貴女を狙っています!」




