ウサギ座の貴女、今日のラッキカラーは小豆色です
私達が持ち帰ったアグロンの甲羅を削った粉を飲んだ子供はすっかりと良くなり、ミルクさんにもその子と母親にも凄く感謝された。
その日は教会で泊まらせてもらい、次の日まだゆっくりと村を見てなかったという事で、ミルクさんの案内で私たちは村を回っていた。
村人達の私たちを見る目もすっかり変わっている。信仰する先輩の後輩女神である、とどうやら噂は広まったみたいだね。
でも、一つ困った事がある。
「おい、あれがハルコ様の後輩女神みたいだぞ」
「なんでも村の子供の病気を治したらしいな」
「おお、さすがハルコ様の後輩女神」
「ああ、これもハルコ様のお導きだな」
「有り難うございます、ハルコ様」
「有り難うございます、我らが女神様」
そうなのだ。
いくら私が頑張っても、この村では先輩の実績になってしまう。
あの母親と子供もこんな感じで、私にお礼を言っても最終的には先輩に感謝している。ミルクさんなんて、手を合わせて先輩に感謝の祈りを捧げる始末。
いや、別にそんなつもりで助けた訳ではなかったけれど、ついでに信仰してくれてもよくありませんか?
ゴットパネルを覗いても全く信仰者数は増えていない。
くそぅ、もうアグロンでも良いから私を信仰してくれよ。甲羅割ったんだからさ、その強さに感服しました、とか。いや実際に割ったのはクロウサだけれど。
ちなみにパトリシア曰く、甲羅は三日もすれば元通りになるらしい。
「この村の名物はリョクチャです。これはハルコ様から教授して頂き、この村で栽培しているのですが紅茶とはまた違った味わいがある飲み物なのですよ」
ミルクさんが、『リョクチャ』と看板に書かれた店の前でそう説明した。
どうやら先輩はこの村にお茶を広めたらしい。流石は元日本人、目の付け所が違う。どうやって栽培するのかは分からないけれど、村の近くにある畑には茶畑らしき物も見える。
店の人が私達にお茶を淹れて持ってきてくれた。お茶らしく湯呑みに入っている。これも先輩が作らせたのかな? コップだと雰囲気でないし。
「どうぞ、召し上がってみてください」
「それでは、遠慮なく」
ミルクさんに勧められて飲んでみたが、美味しかった。微妙に日本で飲んでいたお茶とは味が違うけれど、十分な出来だと思う。ちょっと甘味があり、私はこういう緑茶の方が好きだ。これにお煎餅か饅頭があれば完璧だね。
「結構な御手前で。やはり日本人といえば、緑茶ですね。懐かしき味です」
クロウサは私よりも美味しそうに緑茶を飲んでいた。腰掛けに座りながら眼を細めて両手で緑茶を啜る姿は、服装も相まってまさに日本人みたいだけれど、ウサギですから。お茶をあげた時なんてありませんから。
「いや、飲んだ時ないでしょ貴女は」
「実は憧れていたのです。ああ、落ち着きます」
どうやら緑茶は村でも人気らしい。私達が飲みながら休憩している間も、様々な年代の人がやって来てお茶を飲んでいた。噂を聞いた旅人も集まって来る。私の姿や村の人の顔を見ていると西洋っぽい世界だけれど、それでも緑茶って人気なんだね。
その後もミルクさんの案内で村を回ったけれど、改めてこの村の人々が先輩に感謝している事が思い知らされた。ミルクさんの話しだと、五年前この村は大分酷い状態だったそうだ。
先輩は、絶望に堕ちたこの村の為に力を貸し、自ら先頭に立って皆を励まし、光りを与えた。先輩のお陰で痩せこけた土地は潤い、崩れた川は復興し、病や怪我に苦しむ村人は救われた。
緑茶も、この村の復興の一つの手だったみたいだ。
緑茶の収穫には最低でも四年は必要らしく、それがようやく今年になって収穫にあり付けたとの事だった。いかにも努力が好きな先輩らしい救済のやり方だと思う。復興の為に村人を励まし、こうして名物を作らせたのだから。
なるほど、これじゃあ私が幾ら頑張っても信仰されるはずがない。
先輩も、ただ自慢したかった訳じゃないんだね。
先輩は先輩なりに私に女神としての手本を見せたかったのかもしれない。
でも、あの先輩の絵は腹立つ。
やたらと村のあちこちに飾ってあるのが、腹立つ。
何枚描かせたんだよ。
「ミルクさん、私達は明日この村を出ようと思います」
村の案内を終えて教会に戻ると、私はミルクさんにそう告げた。
「まあ、もっとごゆっくりされたら如何ですか?」
「いえ、この村で私の出来そうな事はもうなさそうですから」
この村で私の信仰者数を増やす事は出来ない。
それに子供は病になっていたけれど、もう見るからに平和そうだしね。
だったら、他の村や町に行った方が良さそうだ。
「そうですか……寂しくなりますね」
ミルクさんは本当に残念そうにそう言ってくれた。
この人は先輩を信仰して私の信者になってくれなかったけれど、本当に良い人だ。もう見るからに良い人ですよオーラが出ている。実際に私達を助けてくれたしね。
「それでしたら、その前にお渡ししたい物があります。ミチルさんには村の子供を救って頂きましたから」
ミルクさんはそう言って、小豆色の巾着を私に手渡してきた。
なにこれ? いや、かなり年寄り臭いのですが……
貰いものに文句を言うのは何だけど、ヤングな私には似合わないと思うんだ……
「うわぁ、ミチル様、これはかなり趣向の良い巾着ですね!」
クロウサは何故かハイテンションでその巾着を褒めた。
とっても嬉しそうに耳をピコピコさせている。
袴姿に緑茶好きといい、このウサギ結構渋いのが好きなのかもしれない。
「これは村の子供を救って頂いた御礼です」
ミルクさんはニコニコと満面の笑みを浮かべていた。
うっ、そんな顔をされたらいりません、なんて言えない。
仕方ない、礼を言って受け取ろう。
「……ありがとうございます、ミルクさん」
「それは魔法の巾着で、中に幾らでも物が入るハルコ様から頂いた物です。ちなみにそれだけでは足りないと思うので、謝礼金も中に入れさせてもらいました」
「有り難うございます! ミルクさん!」
やっぱりミルクさんは良い人だ。いや、聖女だ、女神だ!
これで文無し女神も卒業だね。それに、幾らでも物が入る魔法の巾着って、何気にチートだよ。めちゃくちゃ便利じゃないか。センスは最悪だけれど、まあ、先輩から貰ったやつみたいだし仕方ない。
「すみません、中身を見ても良いですか?」
「どうぞ、申し訳ありませんが勝手に金額は此方で決めさせて頂きました」
ミルクさんの了承を得て、中身をひっくり返す。硬貨がどんどん出てくる。
おお、結構入っているじゃないか。これなら、当分はお金に困らなさそうだ。
「あれ?」
でも、ちょっと此処で不思議に思った。
この硬貨、見覚えがある。
「これって、フィアイド硬貨に似ている……」
「え? フィアイド硬貨で間違いありませんよ。此処は、フィアイド王国ですから」
私の呟きに対して、ミルクさんはそう答えた。
フィアイド王国は、私が貴族の令嬢の時に過ごした国の名前である。
つまり、此処は私が前世で過ごした世界と同じだったのだ。




