聖なる刀を持つウサギ
「むっ、やるな」
パトリシアの言っている事は間違いではなかった。
アグロンの甲羅には傷一つ付いていない。そしてクロウサの刀も刃こぼれすらしていない。それだけでクロウサの腕前と刀が褒められるべきだ。
アグロンが興奮したように鼻を膨らませて、そこからシュー、と威嚇するような音を出して甲羅に引き籠った。カメらしく守りに徹するのかな、と思ったけれどそうではなかった。
そのままアグロンは高速で回転し、甲羅から生えていた棘を飛ばしてきたのだ。
「うわっ、危ない」
その棘は空中にいる私にまで飛んできたので、慌てて光りの障壁を張って防いだ。
アグロンが巨体だから棘の一つ一つも大きい。
クロウサを見ると、刀で次から次へと飛んでくる棘を叩き落していた。
まるで刀の演武を観ているかのようだ。言うだけあって、クロウサの腕前は相当なものらしい。でも、これは相性が悪いね。
「クロウサ、やっぱり私も手伝うよ」
アグロンの回転が収まるのを見計らって、私はクロウサに話し掛けた。
「いえ、もう少しだけ私に挑ませてくださいミチル様」
そう言うと、動きが止まったアグロンの甲羅に再びクロウサは刀で斬り付けた。私の言い付け通り、クロウサは律儀に甲羅を狙っている。でも、やはりその堅い甲羅には刃が届かない。
その間に、アグロンは抜けた棘を再び生やしていた。凄い再生力だ。そういえば、パトリシアはアグロンの再生能力の高さについても熱弁していたっけ。それが良薬の秘密でもあるのですわ、とも言っていた。
再びアグロンが回転する。また棘が飛んできて、それを防ぐ。
これじゃあ、いつまで経っても終わらない。
「申し訳ありません、やはりミチル様の御力が必要なようです」
二度目の回転が終わるとクロウサがそう申し出た。
待っていました。実は先程から光りを放ちたくてウズウズしていたのだ。ミルクさん達の前で言い切ったのもあるけれど、戦っているクロウサがカッコよかったんだよね。
それに、これで終わったら私が来た意味がないじゃん。
何でもかんでもクロウサ任せだと、なんだか私が無能な上司みたいじゃないか。
「よしっ、主役の登場だ。覚悟しなさい、アグロン!」
私はカッコつけてビシッとアグロンを指差した。アグロンは甲羅に籠っているからそれを観ていない。静寂が訪れる。くそっ、この引き籠りめ。
私は咳払いして仕切り直した。
「聖なる光りで女神が裁いてあげましょう。貴方に恨みはないけれど、その甲羅を少しだけ頂きます。これは病に苦しむ子供の為なのです」
今ならカッコつけたがりの先輩の気持ちが分かる気がする。
女にだって、熱くなる時があるんだよ。気持ちは戦うヒーローだ。
私の周りに光りが集まって来る。
くらえ、光りの刃!
「お待ちください、ミチル様」
そんな私をクロウサが止めた。いきなりだったので、手元が狂って光りの刃があらぬ方向に飛んで行ってしまう。溜めに溜めたから、結構飛んだね。何処まで行ったのだろう。誰にも当たっていないと良いけれど。
「クロウサ……」
私はクロウサに怨めしい視線を送った。まさか自分の天使に邪魔されるとは。
「申し訳ありません。しかし、いくらミチル様の光りの刃でもアグロンの甲羅を砕く事は出来ないかと思いまして」
「そんなの、やってみないと分からないでしょ?」
「それよりも確実な方法があるのです」
「なにそれ?」
「ミチル様は相手に光りの力を与えられます。以前、私もそれを享受しましたが、それをまたやって頂きたいのです」
そういえばクロウサにあれ以来、光りの付与を唱えていなかったね。なんだかんだ強いからピンチにもならなかったし、今までやる必要もなかったのだ。あの時の効果はとっくに切れていると思う。効果が切れる前に僕になったから、分かり辛かったけれど。
「でもあれって、潜在能力を上げる魔法だったよ。確かにクロウサは強くなるだろうけれど、それでアグロンの甲羅を斬れるかな?」
達人は岩をも斬れるってイメージだけれど、そうなるのだろうか。
「光りを与えるのは私ではなく、これです」
クロウサはそう言って手に持っている二振りの刀を前に出した。
なるほど、そういう発想もあるのか。
よくゲームとかで炎の剣とか雷の剣とかあるよね。
私の光りの付与でクロウサの刀に光りを付属すれば、光りの刀になる。アグロンは魔法で戦え、ってパトリシアは言っていたけれどこういう戦い方も出来る。
「なるほど。よし、任せて」
私がクロウサの二振りの刀に光りの付与を与えると、その刀が神秘的な光りで輝いた。
おおっ、勇者の武器みたいでカッコいい。
それと同時にアグロンが再び動き出す。ゆっくりと回り始めた。
その前にクロウサが急下降して一気に間合いを詰めた。
今までのように素早く大太刀でアグロンの甲羅に斬り付ける。
甲羅の割れる音がした。同時に、アグロンの動きが鈍る。見ると、あのアグロンの堅い甲羅にヒビが入っている。クロウサの刀術と私の光りが堅い甲羅に届いたのだ。
「いけー! クロウサ!」
そのヒビの入った部分にクロウサはもう片方の手で小太刀を振り下ろした。
アグロンの動きが止まる。
クロウサが小太刀を鞘に納め、そのままアグロンに接近して探るように何かを掴んだ。
「ミチル様、やりました!」
嬉しそうな顔をして戻って来たクロウサの手には、アグロンの甲羅の一部が握られていた。




