ウサギとカメ
休んだ私は元気いっぱいになっていた。
そのリクガメの魔物であるアグロンを退治して甲羅を手に入れるべく、クロウサと共に飛んでミルクさんから教わった山へと向かっている。
「お任せくださいミチル様、そのような魔物など私が斬り捨ててやります」
クロウサがその豊かな胸に握り拳を当てて自信満々にそう言った。当てた拳が、勢いよく跳ね返る。嫌味か、こいつこんな時に嫌味か。
「アグロンって、確かかなり強い魔物だったよね」
前世の貴族の令嬢時代に私は魔物についてかなりの知識を得ていた。何故かパトリシアが魔物についてやたらと詳しくて、私にその知識を自慢げに聞かせて来たからだ。
それは良いのだが、何度も転生しているから何度も同じ話しを聞かされる事になる。もう、後半位からうんざりであった。しかも話し始めたら止まらないんだよ、あの娘。
『アグロンの甲羅はかなり堅いのですわ。剣士泣かせと呼ばれる位に堅くて、とても斬れるものではありません。名のある剣士でも、その甲羅を斬り付けると剣を折られてしまうそうです。ですので、戦うのであれば絶対に魔法を使うべきです。間違っても、剣で戦ってはいけません。それと、その甲羅は難病にも効く薬になります。堅い甲羅ですが、剥がした内側は案外脆いので削るのは容易いのですよ。削って、飲むのですわ。すると、元気満々です……って、聞いているのですかお姉様? お姉様!?』
確か、こんな事を言っていたね。
それで、その自信満々のクロウサだけど……
「大丈夫です、この二振りの刀で地に沈めてやりましょう」
思いっきり剣士だ。剣じゃなくて刀だけど。
相性は最悪だね。ゲームだったら、別の人と交代させるべき場面だよ。
「ねえクロウサ、アグロンってかなり堅いみたいだよ」
「ご安心ください、カメに遅れを取るウサギではありません」
なんだろう、ウサギとカメを思い出す。
クロウサは真面目だから、きっと途中で眠ったりしないよね。きっと、一心不乱にピョンピョンと跳ねてゴールを目指す。つまらないお話しになりそうだ。
いや、クロウサも油断はしてないと思うんだ。だから秘策があるのかな?
「その言葉は頼りになるけれど、ミルクさん達には私が退治するって言ったし、私も手伝うよ。ほら、私だったら光りの魔法も使えるから」
「そうですね。もしかしたら、ミチル様の御力を借りる事になるかもしれません」
「あっ、そうだクロウサも光りの魔法が使えるんだっけ?」
確か、ワフカ相手に角を光らせていたよね。もしかして秘策ってこれかな?
「少しだけですが。しかし、あくまで私は武士ですので刀で立ち向かいます。あのポンコツ悪魔には刀を使うまでもなかったので」
いや、武士じゃなくて天使でしょ。
やっぱりこのウサギ、お父さんが観ていたテレビの影響を受けている。お父さんって、歴史好きだったから、そういうテレビばっかり観ていたんだよね。
「ともかく、私にお任せくださいミチル様」
「うん、じゃあ取り敢えず任せるよ」
クロウサは張り切って胸に拳を当てる。その仕草は止めろ、とは言えなかった。なんか言ったら、負けな気がする。もう負けている? いや、負けてないよ。これからだよ。
アグロンの住処は山の頂上付近らしい。
普通に登山したら大変だけれど、飛べる私達にとってそんなに苦にはならない。リクガメって、砂地とか森とかに住んでいる種が多いけれど、高い山頂に住んでいる種もいるみたいだね。アグロンもそうで、山頂付近で一生を過ごすから住処に近付かない限り人を襲うような魔物じゃないみたいだ。
山の頂上付近、岩肌に囲まれた場所にそのアグロンはいた。
見た目はまさに巨大なリクガメだ。薄茶色の巨大な甲羅には棘が生えていて、爬虫類特有の眼は鋭い。のしのしと鈍感そうな動きで、周囲を巡回するように動いている。
というか、デカい。かなりデカい。一階建ての平屋ぐらい大きい。
「むっ、あれは中々の大きさですね」
アグロンにもそれぞれ個体差があるみたいだけれど、その中でもあれは大きい方だと思う。あの分厚い甲羅の一部を持ち帰れば良いのだろうけれど、あれを切り取るのは大変そうだ。
「どうする? 他のアグロンも探してみる?」
「いや、あいつにしましょう。大丈夫ですミチル様、私に斬れぬものなどありません」
それはおそらく斬れないフラグだよ。
私が何か言う前にクロウサは腰に差した二振りの刀を抜いた。
一振りは大太刀、もう一振りは小太刀。
二刀流。剣豪、宮本武蔵みたいでカッコいい。
昔、お父さんとテレビで巌流島の戦いをテーマにした番組を一緒に観た時がある。そういえば、その時クロウサもゲージの中から一緒に観ていたね。
「ミチル様の前に立ちはだかるカメめ、このクロウサの刃の前に沈むが良い」
いや、別に立ちはだかっている訳ではない。むしろ平和に暮らしているのに、此方の都合で甲羅を奪う訳だからアグロンとしてもいい迷惑だ。でも仕方ないよね、そうしないとあの子供が死んでしまうのだから。甲羅だけ頂くとしよう。
「クロウサ、甲羅だけで良いからね」
「畏まりました」
クロウサが刀を構えながらアグロンに急降下する。
アグロンはそこでクロウサに気付いたが、もう遅い。
クロウサの大太刀がまずアグロンの甲羅に振り下ろされる。次に小太刀。
眼にも止まらぬ速さでクロウサは斬り付け、一気に急上昇する。まさに達人の域。
しかし、それでもアグロンの甲羅には傷一つ付かなかった。




