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拾う女神あり

「落ち着いてください、何があったのですか?」


 部屋に入って来た若い女性に向かって、ミルクさんは冷静にそう聞いた。


「うちの子が、うちの子が今朝から苦しそうにしているのです。初めは軽い病かな、と思っていたのですが全然熱も下がらなくて……」


 私が前いた異世界もそうだが、基本的に生活基準が低いと医療技術も同時に低い。寧ろ、軽視されている場合がある。城下町とかの大きい場所ならともかく、こんな田舎村では医者もろくにいない場合が多い。だから死亡率も高く、平均寿命も低い。


 あのウサギの村の村長がずっと身体を弱らせていたのも、そうした事情があるのだろう。

 困った事があれば、教会に救いを求める人も多い。科学が発展していない世界では、祈りを捧げれば何とかなる、という事が信じられてきたのだ。


「直ぐに向かいましょう」


 ミルクさんは若い母親の言葉に頷くと立ち上がり、此方に向けて頭を下げた。私もそれに合わせて立ち上がる。


「私も行きます」

「ミチルさん、しかし……」

「私は女神です、もしかしたら力になれるかもしれません」


 私は癒しの光りを出せる。ウサギの村の村長の時のように、その子供も救えるかもしれない。


「分かりました、付いて来てください」


 その母親の案内で私達は子供のいる自宅へと向かった。寝床で、幼い男の子が苦しそうに横たわっている。ミルクさんがその額に手を触れて、眉をひそめた。


「凄い熱、これは危険な状態です。直ぐに治療をしないと」

「私が光りを与えてみます。宜しいですか?」


 母親の方を見ると、頷いていた。


「お願いします」


 私は横たわる男の子に向けて手をかざし、光りの治癒を行った。すると、苦しそうにしていた男の子の顔が幾らか和らいでいるように見えた。荒い呼吸が少し落ち着きを取り戻す。しかし、完治しているようにはとても見えない。


 私の光りの治癒は、未だに《弱》のままである。私の力が足りないからか、この病が厄介なものなのか。悔しくて、歯ぎしりした。


 私はさらに光りの治癒を続けた。


「ミチル様、それ以上は」

 気付いたら、クロウサに止められていた。


 かなり続けていたせいか、大分疲労してしまった。でもお陰で、男の子の顔色は先程よりも良くなっている。それでもまだ治りきっていない。


「……ごめんなさい」

 私はクロウサに支えられながら、力なく謝った。


「いえ、ミチルさんのお陰で危険な状態は回避できたようです。私もハルコ様にお仕えする身なので、光りの魔法を少しは使えます。でも、此処まで回復出来たのは女神であるミチルさんの力によるものです。私では此処まで力にはなれなかったでしょうから」


「ミルク様の仰る通りです、本当に助かりました」


 ミルクさんと母親が私を慰めるようにそう言った。


 でも、まだあの男の子は病に伏せている。私はそれを和らげたが、いつまたあの状態に戻るか分からない。なんとかしてあげたい。でも、私にはその力が足りなかった。女神なのに。何が、ウサギの村を救った勢いのある女神だ。子供の一人も救えないなんて。


「ミルク殿、何か方法はないのですか?」

 私を支えながらクロウサがミルクさんにそう聞いた。


「ハルコ様の御力を借りられるよう、願ってみます。しかし、あの御方は広く信仰された偉大な女神様です。数多くの方から願いを受けている身、果たして私の願いが届くか……」


 確かに先輩は私を女神にしただけあって、かなり上位の女神なのだろう。きっと、信仰者数も多い。でも、そんなの関係ない。困った時に助けてくれるのが女神だ。どうして先輩は、こうして救った村の子供が苦しんでいるのに助けてくれないのか。


 いや違う、先輩じゃない。此処にいる女神は先輩ではなく、私なんだ。私が何とかしなければ。私はクロウサから離れて自らの力で立った。


「他に、他に私に出来る事はありませんか?」

「ミチルさん、あまりご無理をされては……」

「そうです、ミチル様。後は私がなんとかしますから」

「いえ、私は女神。困った人々を救うべき存在です」


 私の気迫が通じたのか、ミルクさんは重い口を開いた。


「……この村から見える、一番高い山。そこにアグロンと呼ばれるリクガメの魔物が住んでいます。その甲羅はあらゆる病に効くらしいので、それを手に入る事が出来れば」


「分かりました。私がその魔物を退治して、その甲羅を持ってきます」


 アグロンの甲羅の話しは私も貴族の令嬢時代に聞いた時がある。かなり貴重な薬らしい。


 私は直ぐに動き出そうとしたが、ふらついてまたクロウサに支えられた。

 ミルクさんがそんな私に近付いて、私の手を優しく握った。


「ミチルさん、貴女のそのお気持ちは素晴らしいです。さすがは、ハルコ様の後輩であられる女神様。しかし、無理はいけません。せめて休まれてから行くべきです」


「しかし……」


「ミチルさんのお陰で、この子も大分楽になりました。今すぐに命の危機という状況は脱しています。それに、何かあれば私も光りの治療を行えます」


 ミルクさんの手はとても温かくて、その眼はとても慈愛に満ちていた。なんだろう、彼女はシスターだからか、それがとても安心出来た。包容力がある、と言うべきか。


「……分かりました、少し休んでから向かいます」


 私はそのままクロウサにおぶさり、教会で体力を回復する事にした。


「流石はミチル様、困った方を見捨てられないその御心は慈悲深いですね」


 クロウサが私をおぶさりながらそう言った。


 別に私は善人ではない。世界を救いたい、とか正義の心を持っている訳でもない。むしろ、楽して生きていけるならそうしたい。女神になっても、それは変わらなかった。


 でもね、誰だって眼の前で苦しんでいる人を見たら、可哀想だと思うよね。


 ましてや子供が死にそうなんだ。


 それを見捨てられる女神なんて、この世に存在しない。


 存在してはならない、と思うんだ。

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