ウサギはね、寂しいと死んじゃうんだよ
光りが晴れてクロウサの姿が浮かび上がる。
「このポンコツ悪魔め、余計な事を……」
良かった。私と同じ女子高生くらいの、とても綺麗な女の人だ。
いや待って、めちゃくちゃ美人だ。
むしろ、クロウサの方が女神なんじゃないですか?
流れるように艶やかな長い黒髪を後ろに一本で縛り、赤と黒を合わせた袴姿、腰には二振りの刀を差している。まるで武士。日本の武士。外国人のみなさん大喜び、ジャパニーズサムライガール。
異様なのは、背中から白い翼が生えている事と、小さくウサ耳が頭から、お尻からウサ尻尾が生えている事。右腕にはあの金色の腕輪が嵌っている。うん、間違いなくクロウサだ。
初めこそ、こんな事態になる原因を作ったワフカを睨み付けていたが、直ぐにハッとなって私に向かって跪いた。
「申し訳ございませんミチル様、御見苦しい姿を見せてしまって」
うわっ、かなり真面目だ。凄く堅そう。カチカチ山のウサギさんだ。
いやね、少しは思っていたよ。
凄く私に尽くしてくれるし、無茶ぶりしても真面目に付き合ってくれるし、なんか忠義の武士っぽいと感じた時もあったよ。まさか、格好もそうだとは思わなかったけれど。
どうしましょう。
私はワフカを見た。ワフカは、笑顔で手を振っていた。
「これで伝えたい事は伝えたぞ。じゃあ、今度こそお別れだ」
そう言ってさっさといなくなってしまった。
くそっ、この悪魔め。少しくらい助けてくれたって良いじゃないか。
「取り敢えずクロウサ、立ってお話ししようか」
「畏まりました」
私の言葉の通りにクロウサは直ぐに直立して、生真面目に気を付けの姿勢を取る。
大きいね。平均身長の私よりも頭半分くらい高い。それでいて、胸がデカい。和服の上からも分かる盛り上がり、まさにデカウサギ。でも太っている訳でもないし、むしろ引き締まった身体をしているから完璧だった。ちきしょう、主人より胸があるなんて生意気だぞ。
「デカい、凄くデカい」
「はっ、申し訳ありません」
私の呟きに何を勘違いしたのか、クロウサはしゃがんだ。
いや、そういう事じゃないから。
「クロウサ立って、普通にして」
「はい」
言われて直ぐにクロウサは立ち上がる。うん、真面目だ。
「それでクロウサ、どうして今までこの格好にならなかったの?」
厳しく尋問するのではなく、あくまで疑問を口にするように私は聞いた。天使になれた時点でこうなれたのに、ならかったのには理由があるのだろう。まずはそれからだ。
クロウサは私の質問に、眉を垂れて悲し気に答えた。
「……この姿を見られて、ミチル様に失望されたくなかったからです」
「どういう事?」
失望なんかしてないよ。少し胸に嫉妬はしたけれども。
「ミチル様はウサギが好きであられます。それなのに、天使になったらこんな姿になってしまう私を嫌いになるのではないか、そう危惧したのです」
「いや、確かに私はウサギが好きだけれど」
「ミチル様に嫌われたら、私は、私は生きていけません……」
もうクロウサは涙目になっていた。
なにその、寂しくて死ぬウサギ的なものは。
ウサギ天使って、女神に嫌われると死んじゃうものなの?
「嫌いになんかならないよ。どんな格好でも、クロウサはクロウサだもの」
その気持ちは本当だ。いや、もしもクロウサの見た目がオジサンで同じ反応をされたら流石に困るけれど。
「……本当ですか?」
「本当だよ。むしろクロウサとこうしてお話しがしたかったから、嬉しい」
「私もそれは嬉しいです。良かった、嫌われなくて」
安堵するようにクロウサは胸に手を当てて息を吐いた。
なんだろう、とても可愛い。
真面目で気の強そうな委員長キャラが、自分だけに見せる弱さ的なものがある。
取り敢えず私は手を伸ばしてクロウサの頭を撫でた。
「私は女神で、クロウサは私の天使なのだから。自分に仕える天使を嫌いになる女神なんて、いないでしょ。それにクロウサは何度も私を助けれくれて、いつも感謝しているんだよ」
「あの、この姿で頭を撫でられるのは、その、恥ずかしいです……」
本当に恥ずかしそうにクロウサは頬を赤らめた。
「だったら、止める?」
私は手の動きを止めて聞いた。
「……いえ、ミチル様に撫でられるのは好きなので、続けてほしいです」
「ふふっ、素直でよろしい」
クロウサはこの姿でも良い毛並みをしていた。
でも確かにこの姿だと、ちょっと誤解されかねない絵面だね。ワフカぐらいの女の子相手ならまだしも、見た目的に私とクロウサは同年代だ。いや、私にその気はないから。至ってノーマルですから、女神様に誓って嘘は付きません。
「そうだ、もう一つ聞きたい事があったんだ」
ある程度頭を撫でてクロウサの機嫌が良くなった所で、私は話題を変えた。
「どうして私の僕に、そして天使になったの?」
ずっと疑問に思っていた事だ。女神になって直ぐにクロウサは私の僕になってくれたけれど、明確な理由が分からない。聞くにも話せないから、ずっと謎だったのだ。
「それは、私がミチル様のウサギだからです」
私の問いにクロウサは当然の事のようにそう答えた。
よく分からない回答だけど、転生経験者の私だから思い当たる節がある。
「ねぇ、もしかして……ウサコ?」
「そうです、私の前世はミチル様の飼いウサギのウサコでした」
私が女子高生時代に飼っていた黒いウサギのウサコ。とっても仲良しで可愛がっていたから、私によく懐いていた。初めにクロウサを見た時にウサコの事を思い出したけれど、まさかこの世界でも出会えるとは。
「凄いね、凄い偶然だ」
私はその奇跡に驚いた。なるほど、前世がウサコなら私の僕になるのも分かる。
しかし、クロウサは私の言葉に首を横に振った。
「いいえ、偶然ではありません。私がそうなるように願ったのです」
「え?」
「前世で、私はミチル様が死んだ事を知って寂しさとショックのあまり死にました」
いや、本当にそんな理由でウサギって死ぬんだ……
デマだって聞いたのだけど、ウサギ本人が言うのだから間違いないのかな。
「来世でもミチル様のウサギでありたい、そう願ったらとある女神が私を転生させてくれたのです。その女神はどうやらミチル様をよく知っているようで、それでも何度も失敗はしたのですけれど……でも、こうしてまたミチル様のウサギになれて私は幸せです」
その女神って、絶対に先輩だよね。
クロウサって真面目だから、きっと私に会うために頑張ったんだろうね。何度も失敗した、って言っているし。もしかしたら、貴族の令嬢時代もクロウサは私に会う為に一生懸命頑張っていたのかもしれない。そういう頑張り屋はきっと先輩好みだ。
それで私が女神に転生するタイミングで近付けた、と。
うん、先輩は相当クロウサを気に入ったみたいだ。私には厳しいくせして。
まあ、結果的に私の為にもなったから良いけれど。
「クロウサ、頑張ったんだね。でも、流石に出会った時は私って分からなかったようだね。ほら、草を食べていたし、光りを与えたらどっかに行っちゃったし」
私の容姿は女子高生時代からほぼ変わりがない。でも髪の色や眼の色とか服装とかは違うし、それで大分印象が変わっちゃうからね。
「いえ、初めから分かっていました。ですが、その、ウサギの本能と言いますか、草を食んでしまい、力が溢れて走り出したくなったというか……」
クロウサは恥ずかしそうに答えた。なんだその、バイクに乗って走り出したい年頃みたいな発作は。真面目な人ほど、そういうのに掛かり易いと言うけれど。
「まあその後、結果的に私を助けてくれたし、良しとしよう。それに、私もウサコって分からなかったしね。取り敢えず、これからもよろしくね」
「はい、これからもミチル様のウサギとして、天使として全力で御守りします」
ビシッと、クロウサは身体を直立させて敬礼する。何処で覚えたんだろ、そんな行動。そう言えば、ウサコってテレビ観るの好きだったな。お父さんが観ていた戦争ものの映画の影響だろうか。
「そうだ、クロウサとウサコ、どっちで呼べば良い?」
「ミチル様の御好きなように」
「じゃあ、クロウサにするね。今までもそう呼んできたから」
「畏まりました」
ちょっと真面目過ぎるけれど、クロウサとこうしてお話し出来るようになったのは嬉しい。
ちなみに、ウサギの姿にも自由に戻れるらしい。モフモフしたくなったら、戻ってもらおう。




