ウサギの天使VS子犬の悪魔
村から十分距離を置いた場所でクロウサと悪魔娘が対峙した。少し離れた所から、私やウサリーナ、村人達がそれを見守っている。
「デカウサギ覚悟しろ、ボコボコにしてやるからな!」
「フシュ」
未だ興奮状態の悪魔娘に対して、クロウサは落ち着きを取り戻していた。もう、大人の余裕を顔付きや態度で感じられる。クロウサの実年齢なんか分からないけれど。
「じゃあ二人とも、そろそろ始めようか」
私が二人の間に入って、審判らしい立ち位置になる。もう、流れ的にそうなっちゃったんだ。ウサリーナは変わってくれなかった。
「お前なんかあっという間に倒して、女神を引きずりおろしてやる!」
「フシュ」
睨み合う二人。漂う緊張感。見つめる群衆。私の合図を待っている。
あれ? なんかこの雰囲気、ちょっと良い。
審判でしか味わえない空気ってあるよね。良かった、ウサリーナに任せなくて。
「おい女神、さっさと始めろよ!」
私の余韻を悪魔娘は邪魔した。くそっ、こいつめ。
「始め!」
「……って、お前!」
私は制裁として、不意打ちで始めの合図を送った。
審判に逆らってはダメだよ、君。
しかし、クロウサは大人だった。向こうが動くまで動かない。
悪魔娘は体制を立て直して、その悪趣味な杖をクロウサに向けた。
「くらえ! デカウサギ!」
悪魔娘の杖の骸骨部分が黒く光ったかと思うと、そこから禍々しい黒い闇の刃が発射された。
しかし、クロウサはそれを角で受けると簡単に打ち消した。
なんとも悪魔らしい攻撃だけど、見るからに威力が弱い。
うん、やっぱりこの悪魔娘、大した事はなさそうだ。
「げっ……まぁ、こんなの小手調べだ!」
また骸骨が黒く光る。周囲の風を集め、そこに闇を混ぜると黒い風が出来上がった。
「はっははは、これを受けきれるかな!」
高らかに悪魔娘は笑う。そのまま黒い風をクロウサに向けて放つ。風は音を立てて、クロウサを飲み込もうとした。確かにさっきよりは威力が高そうだ。
でも、クロウサは落ち着いていた。
「フシュ」
クロウサの二本の角が白く光り、そこから光りが溢れる。それを向かってくる黒い風に向けると光りは風を吸収するかのように打ち消した。
「げぇ、そんなバカな、なんだこいつ!?」
その光景を見て悪魔娘は驚く。
まあ、それはそうだよね。クロウサは天使になったのだもの、私みたいに光りの魔法を使えても変じゃない。
クロウサは一気に追撃を掛けた。悪魔娘に向かって突進したのだ。
「うわぁぁぁ! 来るなぁぁ!」
「フシュ!」
もう万策が尽きたのか、悪魔娘が逃げる。クロウサが追い掛ける。
悪魔娘が翼を使って空に飛んだが、クロウサにも翼があった。
無駄だと気付いたのかまた地面に着陸し、また追いかけっこが再開される。
私達は暫く、その微笑ましい追いかけっこを温かい眼で見守っていた。
「くそぅ、離せ!」
やがて悪魔娘はクロウサに掴まった。
転んだ所を軽く前足で抑えられ、鼻で小突かれている。
骸骨の杖は転んだ拍子に投げ出され、悪魔娘の手から離れていた。
「フシュ、フシュ」
「ちきしょう、くそぅ、分かったよ、あたいの負けだよぉ……」
もう悪魔娘は涙目だった。うん、可哀想だね。
「勝者、クロウサ!」
私は審判らしくそう宣言する。
周りから二人の健闘を称える拍手が送られた。
◇◇◇
「それで、貴女の目的は?」
あの人狼と同じように悪魔娘の手足は縛り、杖は没収して私達が寝泊まりしている洞穴まで連れて来た。クロウサとウサリーナも一緒だ。
「決まっているだろ、このウサギの村をあたいが支配するのが目的だ」
いや、そんな当たり前の事のように言われましても。
悪魔って、そもそも人間とか獣人とかを支配しようとするものなのかな。もっと子狡く騙したりするか、徹底的に虐殺するようなイメージが強いのだけど。
「それで、先にあの人狼達をこの村に送り込んだの?」
「そうだ。あいつらにこの村の事を教えたら、喜んであたいの部下になったぞ」
自慢げに悪魔娘は言っているけれど、多分あの人狼達はそんなつもりはないと思う。
はぐれ者だから、ウサギを襲えてラッキーくらいの感覚だったよね。
「そうか、あいつらはお前の部下だったのか」
黙って聞いていたウサリーナが口を挟んできた。
「そうだ、あたいの部下だ」
「ならば責任を取って貰おうか」
「なに?」
「あの狼達はこの村のウサギを襲った。こいつがいなければ、ウサギ達は食われて私らもひどい目に遭ったかもしれない」
「え? あいつら、そんな事をしようとしたのか?」
「人狼は残忍な性格で知られているからな。その辺の予測は、まさか出来ていたんだろ?」
悪魔娘は下を向いた。やっぱり、そこまで分からなかったらしい。うん、人狼達も初めからそのつもりだったと思う。それでいて追い込まれたら悪魔に唆された、とか言っているから向こうはこの悪魔娘の名を借りて好き放題するつもりだったのだろう。
「……あたいの仕える邪神様は、優しくて素晴らしい人だ」
いきなり悪魔娘はそんな事を言ってきた。
「悪魔も天使も同じだ。仕える者の為に、全力を尽くす。あたいはただ、仕える邪神様の為にこの村を支配して、ウサギ達を邪神様の信者にしたかっただけなんだ。ウサギ達に酷い目に遭わせるつもりはなかった。信じてくれ……」
やり方は違えど、私と目的は同じだったみたいだね。
それにしても、優しくて素晴らしい邪神ってなんだろ。それって、邪神なの? いや、目の前の悪魔も十分に悪魔らしくないけどさ。女神らしい私を見習ってほしいものだ。
私は可哀想になって、悪魔娘の頭を撫でた。
クロウサも寄り添って鼻を押し付ける。
「信じるよ。貴女のその気持ちは、悪い事じゃないから」
「女神ぃ、デカウサギ……」
悪魔娘は私の胸の中で泣いた。
懐かしいね、よく貴族の令嬢時代にパトリシアをこうして慰めていた。
ウサリーナがやれやれというように腕を組んでその光景を見ていた。
このバニーガール、わざと悪役に徹したな。




