バニーガール特性自白液
洞穴の一室に木製の牢屋がある。そこに人狼は捕らえられていた。こんな牢屋の中では簡単に抜け出しそうなので、手足は縛って、鋭い爪と牙は気絶している間に削られている。
例の如く、クロウサは部屋に入って来られなかったので入り口でお留守番をしていた。
「くそっ、此処から出しやがれ!」
人狼は、私の顔を見るなり睨み付けてきてそう吠えた。
はい、絶対に言うと思っていました。捕らえられた悪役が言うであろう台詞、ナンバーワンだよね。ちなみにナンバーツーは『俺をこんな目に遭わせて、タダで済むと思うなよ!』、だ。
そんなに凄まれても牢屋の中にいるし、手足は縛られて横たわっていて尺取虫みたいにクネクネしか出来ないし、そもそも私はこの人狼に勝ったし、全く怖くない。
「はいはい、此処から出して欲しかったら、貴方の仲間と目的について話してもらおうか。他にどれくらいいるか、どうしてこの村を襲ったのか」
「はっ、そんなの知らないね」
「知らない訳ないでしょ。バディウルフがウサギを襲っているし、武装して大人数でこの村まで押し寄せて来たのだから。そもそも、人狼はこの森にいないはずだよ」
「知らないね。酒飲んで酔っ払っていたら、たまたま此処まで来ちまったんだよ。その際に、バディウルフが酒のつまみでも見付けたんじゃないか?」
やっぱり素直には自白しないか。しかもこいつら頭が悪いから、なんとなく納得出来る言い訳なのが余計に腹立つ。
「私も尋問したのだが、ずっとこんな調子だ」
交代で見張りに立っていてくれたみたいだけれど、ウサリーナの時に眼を覚ましたらしい。私が来た時も、何やら二人でやり取りをしている所だった。
「もうこうなったら、ウサギパンチをするしか……」
ウサウーがそう呟いた。いや、それはただのパンチでしょ。なんなら私がパンチをするよ、女神パンチを。殴られた相手は、お星さまのように飛んで行きます。
「ほう、暴力をするのか? 捕虜に対して暴力か。それがウサギのやり方か?」
人狼がそう挑発をする。私のいた世界では捕虜に対する協定とかあったみたいだけれど、この世界ではどうなのだろう。そもそもあっても、守られなかった事も多々あったみたいだし。
ウサウーの拳が出掛けている。もう、顔真っ赤だねウサウー。煽り耐性は低いみたいだ。私も人の事は言えないけれど。
それをウサリーナが止めた。
「いや、此処はアレをやろう」
「え、アレをやるのですか?」
「ああ、アレだ」
あんなに真っ赤だったウサウーの顔が真っ青に変わった。
「え? アレって、何?」
その尋常でないウサウーの反応が気になって、私はウサリーナに聞いた。
「アレはアレだ。ちょっと待っていろ、用意してくる」
そう言うとウサリーナは部屋を出て行ってしまった。いや、待って、怖いのですけれど。別に私に危害がある訳ではないのだろうけれど、何だか怖い。ウサリーナ、無表情だったし。
「待て、何だ、何をする気だ?」
余裕綽々だった人狼の顔にも焦りが見える。そうだね、気持ちは分かるよ。
「いや、こっちが聞きたいよ。ウサウー、アレってなんなの?」
「アレはアレですよ、見ていれば分かります……」
ウサウーは両手で身体を守るようにして震え出した。
人狼の顔も青くなる。
暫くして、ウサリーナが戻って来た。
途端に、部屋に異臭が漂う。私は堪らず鼻を抑えた。
なんだろう、物が腐ったような、酸っぱいような、苦いような臭いが部屋に充満する。なんだこれ、毒ガスだろうか。でも、ウサリーナは平然としていた。嗅覚が壊れているのかな?
「待たせたな」
いや、待っていないです。
ウサリーナの手には底の深いお椀のような物がある。きっと臭いの原因は、あれだ。
ウサウーと人狼は私よりも重症だった。ウサウーは鼻を抑えてうずくまり、人狼は縛られているのでどうする事も出来ずに苦しそうにのたうち回る。
そうか、獣人は人より嗅覚が良い。だから二人とも私よりこの臭いに敏感なんだ。いや、ならどうしてウサリーナは平気なのだろう……
「立てウサウー、やるぞ」
「うぅ、はい……」
ウサリーナに促され、うずくまっていたウサウーは苦しそうに鼻を抑えたまま立ち上がる。
もう涙目になっていた。うーん、可哀そうだね。
「待ってウサリーナ、何をするつもりか分からないけれど、私がウサウーと変わるよ」
「女神様……」
ウサウーはとても嬉しそうに何度も頭を下げる。
まあ、女神様として救いの手を差し伸べるのは当然ですから。
いや、正直私も辛いけれどね……
「そうか、なら人狼を抑えて、その口を開いてくれないか。大丈夫だ、あいつの牙は研いであるから」
「え? もしかして」
「これをあいつに飲ませる」
私はウサリーナの持つお椀の中身を見た。
いや、ダメだよこれ。飲んだら、ダメなやつですよ。
色が深緑だもの。ポコポコと音を立てているし、飲み物じゃないよ。死んでしまいます。
私は首を横に振った。ウサリーナは無表情で答える。
「大丈夫だ、これは私が作ったただのスープだから」
嘘はいけません。女神様に怒られますよ。
ウサリーナは慈悲もなく人狼の入った牢の中へ入っていく。仕方なく、私もその後に続いた。
「うぉぉぉぉ、止めろ、止めろぉ!」
人狼の耳が垂れて、恐怖の色に顔が染まっていた。
うん、敵ながら可哀想だ。
「ダメだ、これを飲んでもらう」
「嫌だ、許してくれ、お願いだ!」
「ダメだ、許さない」
このバニーガールは悪魔かな?
もしかして、苦しんでいる相手を見るのが好きな御方ですか?
「分かった、話す、何でも話すから、許してくれ!」
「本当か?」
「本当だ、絶対に嘘は付かない」
必死に人狼が首を縦に振ると、ようやくウサリーナの動きが止まった。良かった、それでも一口だけ飲んでもらおう、とかはなかったみたいだ。まだ手にお椀を持ったままだけどね。
「それでは、お前らの目的と仲間について話してもらおうか」
「悪魔だ、悪魔」
人狼はそう言った。
ウサリーナの事かな?
「ウサリーナさんがどうかしたのですか?」
ウサウーがそれを口に出していた。きっと、思った事がつい口に出てしまったのだろう。咄嗟に口に手を当てていたが、もう遅い。しかし、それにウサリーナは無反応だった。逆に怖い。
「違う、俺達は悪魔に唆されたんだよ。弱いウサギ達が集まった村があるから、そこを襲えって。もともと俺らは狼のはぐれ者達だから、もう他に仲間はいない。でも、もしかしたらその悪魔がこの村に来るかもしれないぞ」
「本当だな」
ウサリーナがお椀を人狼に近付けた。
「本当だ、嘘じゃない。信じてくれ!」
人狼の眼から涙が流れていた。この様子だと嘘は付いてなさそうだね。
ウサリーナもそう思ったのか、お椀を人狼から遠ざけて私を見た。
「どうやら本当らしい。どうする?」
「うーん、そうだね……」
いきなり悪魔ってなんですか。まあ、女神や天使がいれば悪魔もいるよね。
「取り敢えず、相手次第かな。この村を害するようなら、私が相手をするよ」
言ってみたが、悪魔ってどんな奴なのだろう。
禍々しくて恐そうなイメージがあるけれど。
「うわぁ、カッコいいです女神様!」
ウサウーが鼻を抑えながら私を褒め称えた。
まあ、今更この村を放っておけないよね。
悪魔だろうがドラゴンだろうがやっつけてやりますよ、ええ。




