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古城物語 〜猫たちの時間4〜  作者: segakiyui
7.迷宮

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31/36

5

 揺れてたゆとう青緑の石、深い緑、浅い青、薄青が視界の端に溶けていく。

 暑い。汗が流れる。ひきずる左脚が重く、だるい。

「滝さん!」

 朋子の声が、沸騰しかけている脳みそに飛び込んできた。

「あたしも迷路にいるのよ! 滝さんの巡り逢いを試してみましょうよ! 周一郎とあたし、どちらが先にあなたに会うのか。ほんのちょっと曲がる角が違えば、滝さんが心配してくれるのは、周一郎じゃなくてあたしになっていたはずよ!」

 朋子は迷路を熟知している。

 その朋子が俺を見つけるより早く、俺が周一郎を見つけるというのは不可能なことなのだろうか。それは現実にはあり得ないことで、状況が違えば、俺と周一郎も敵同士になるしかないのだろうか。

「っ!」「滝さん!」

 ふいに、進行方向真正面から、朋子の姿が現れた。ぎょっとして思わず躊躇した一瞬、じゃらっ、と鎖を引く音が響いた。

「は?」「えっ?」

 馬鹿な、という表情で朋子が立ち竦んだ次の瞬間、俺と朋子の間に、この碧緑の間でも特に美しいと思われる一枚、深緑と深青に薄い緑青が入り交じり、細い金の筋が散らされた壁が滑り込んできた。同時に、左側にあった壁が前方へと滑って、別の道を開く。

 とっさにそっちに飛び込んだ俺は、壁がスライドしていったはずなのに目の前に覆い被さってくる影に慌てて両手を突き出した。

「うわっ!」

 それどころじゃない、足下には例の落とし穴が口を開いてくれている。

「うっ…」「へっ?!」

 しかも、突き出した両手には、こともあろうに熱を帯びた温かな体が落ちてきた。視界を過った端整な顔に、息を呑んで必死に両手を突っ張る。

「しゅ、周一、ろっ…」

 たまたまなのだろうか、壁の向こうにいつの間にか周一郎が居て、壁にもたれて立っていたのだと、閃光のような思考がひらめく。

「うわ…っ」

 どしん、と朋子の行く手を塞いだ壁が広げた振動に、後ろ向きに倒れ込んできた周一郎の肩を必死に抱えた。そのまま斜めに右側の壁に叩きつけられる。すぐに壁を滑って崩れそうなのを、震える脚を必死に突っ張って、かろうじてしのいだ。

「ちょ……ま…っ」「滝……さん…?」

 甘い声が今にも意識を失いそうな儚さで空に投げ上げられ、状態を理解していないのだろう、周一郎は吐息を放ちながら体の力を抜こうとする。

「よ…せ…っ」

 俺が突っ張っているから何とか落ち込まずにすんでいる、というか、見る見る力が抜けてくる周一郎の体はほとんどつっかい棒にもなりゃしない。むしろ、重みがどんどんかかってくるばかりで、じりじりと壁に沿って滑り落ちてくる体を、斜めに踏ん張った両脚で支えるにはもう限界だった。

 落ちたら剣山の上、このままでは俺も周一郎もミンチ状態、両脚ががたたっ、と大きく震え覚悟を決めた。

 何とか周一郎一人でも突き飛ばせれば。

 この体勢でどこまで相手を弾けるか、本当にもう心もとない限りだが、もう数センチ滑ってしまえば、後はひたすら落ちるしかなくなる。辞世の句さえ捻る暇もないままに、歯を食いしばり、抱え込んだ腕から何とか片手を周一郎の肩に当てる。

 痛いんだろうな、きっと凄く痛いんだろうな、それでもとにかく一番先に心臓とか肺とかそういうところに突き刺さってくれれば、きっと少しは楽なはずだ。そうなってくれることを切に願おう。

(せぇのぉ…)

 ずるっ!

「べ!!」

 祈りは虚しかった。

 突然大きく滑った体、ごつっ、と派手に頭をぶつけて視界が星星に遮られると同時に、脚がくじけて気力が折れ、俺の体は周一郎を抱えたまま、頭から一気に沈んだ。

 

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