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古城物語 〜猫たちの時間4〜  作者: segakiyui
2.怪我のし始め
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 北回りのヨーロッパ線でアンカレッジから西ドイツの北の玄関ハンブルク、足を伸ばしてフランクフルトまで行って約19時間の空の旅……そう言われたのは一昔前。

 現在ではドイツ、フランクフルトまで12時間と少し、そこから1時間ほどでハンブルクに着く。


「あたっ…」

 俺はついに音を上げた。

 飛行機の席というのは、TVで見るほどゆったりものんびりもできない。まあ、エコノミーだから仕方ないといえば仕方ないが。

 もっと上のクラスで飛ぶことが多い周一郎は、俺に合わせたのか別の意図があったのか、ぎゅうぎゅう詰め感のある座席に平然と座り、さっきまで俺の隣で書類を捲っていた。

 今は例の、時折見せる無防備な顔で眠っていて、このドイツへの旅の時間をひねり出すための苦労を思わせた。サングラスを外した顔が、機内の薄暗い光の中で幼く見える。

(疲れたんだな)

 ずり落ちかけた毛布を直してやる。

 元々あんまり丈夫じゃないし、俺みたいに再三再四、厄介事と追いかけっこをしたいわけじゃないだろう。いやもちろん、俺もしたくてしているわけじゃない、絶対に。ただ、周一郎の本分は朝倉家の当主、ごたごたなどないまま、仕事一筋に没頭していたいはずだ。

「ん…」

「ととっ」

 周一郎が身動きして慌て気味に身を竦める。危うく起こしちまうところだった。

 持って来た本は読んでしまったし、他にすることもなし、大人しく座席に埋まり込み、来る前に聞いた、周一郎の婚約者が住んでいるという場所を想像する。

 海部敏人は、以前からドイツに憧れていたらしい。青年時代の彼の憧れは、主として古い城に集中していた。幾世紀もの人々の営みの中で、手をかけられ育て上げられ、時には傷つけられ、また新たな手が加わってきた城々。日本の城にはないロマンをかきたてられたのか、海部は財を成すと、ドイツの古城を丸ごと手に入れ、そこを別荘化したのだった。

『レモタント・ローゼ城……「二度咲きバラ」城、と言うんです』

 周一郎のことばが蘇る。

 小さな城だが、かなりこまごまと各時代の持ち主が手に入れたためにマニア垂涎のものになっており、ライン川沿いにあるそうだ。

 ライン川、特に『ローレライ』で有名になったマインツからコブレンツの約65km間は『ロマンティック・ライン・コース』と呼ばれる。古城と葡萄畑が広がり、現在では『ライン渓谷中流上部』として世界遺産にも登録済みだ。

 その流域、ブルク・マウス(ねずみ城)とブルク・カッツ(猫城)と呼ばれる二つの城の間、対岸ラインフェルズの古城より少し外れた位置に、海部敏人のレモタント・ローゼ城はある。

 ラインフェルズの方は歴史的な戦いで廃墟となったが、ライン川を見渡すのには絶好の場所らしい。対するレモタント・ローゼ城は奥まっていることもあり、ラインフェルズ城ほどには知られていない……と、旅行ガイドには書かれていた。

「…っ」

 ふっと何の前触れもなく嫌な予感がした。無意識に体を起こして臨戦体制をとるのは動物の本能か。抜けに抜けている俺でも、なぜかこういう予感はよく当たる。

 視線を感じて周一郎の肩越しに数席離れた向こうに目をやると、柔らかい栗色の髪の、アジア系らしいがヨーロッパ風の見事に整った顔立ちの女性が、にっこりと笑いかけて来る。きれいな茶色の瞳に思わずぽかんと見とれると、相手はくすりと上品な笑みを重ねて軽いウィンクを投げて来た。

「へ?」

 俺か? いやまさか、俺にあんなきれいな女性がウィンクしてくれるはずがないだろう。待てひょっとしたら、また何か気づかずに笑いを誘うようなことをしているのか?

 思わず振り返って、他にウィンクされるような乗客がいないか確かめる。自分の周囲をきょろきょろ見回し、おかしな状態になってないか確認する。

 どうも何もないようだ。

 顔を戻すと、相手はもう正面に向き直っている。横顔もまた品良く整っている。なのに、その横顔にまた、妙な感覚、厄介事の匂いがした。

(あれが?)

「まあ…あれだけの美人なら、そりゃ揉めることも多いよな…」

 俺は小さく呟いて、彼女同様、そっと座席に座り直した。


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