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古城物語 〜猫たちの時間4〜  作者: segakiyui
7.迷宮

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1

 ハインツはさっきから落ち着きなく、部屋の中を歩き回っている。周一郎が攫われたと騒ぐ俺に、マリーネが機転を利かせて呼んでくれたのだ。

 今、屋敷中を彼の部下が徹底的に調べている最中だった。周一郎が運び出されたルートや手段に関わると思われるあらゆるものをチェックしている。

 苛立った表情を隠しもしないハインツの心中はわかる。何せ今のところ、周一郎は、今回の事件の真相を見抜いているかもしれない、唯一の人間だ。

「……!」

「は?」

「…思い当たることはありますか、だそうです」

 俺を振り向いて怒鳴るように投げつけてきたハインツのことばを、在独の日本人が通訳してくれた。

「…」

 思い当たることがないか? そんなこと、わかってるだろう。今度の事件の真犯人とやらが、周一郎が謎を解きつつあることを知ったら、さっさと消してしまおうと考えるのは当然だ。

 けれど、俺は首を振った。その可能性を口にしたくなかった。それでなくても、夕べ一晩、周一郎が殺されてしまっているという夢にうなされている。口にしてしまえば、それが現実になってしまうような気がして、嫌だ。

 

 周一郎は、昨日から姿を消したままだった。そろそろ正午を過ぎようとしているのに、みつかる気配さえない。そして、俺とハインツ、通訳の男は、集まってくる情報の遅さと少なさに苛々しながら、周一郎の部屋で朝からずっと待機している。

 俺の手にはレンズがなくなったサングラスのフレームだけが残っていた。軽くて頼りなく、形も崩れてしまっているから、そんなものは役に立たないのだが。

 それでも、俺の手に残っているのは、これだけだ。

(形見なんか、ごめんだぞ)

 歯を食いしばったとたん、電話が鳴ってどきりとする。ハインツが受話器を取り上げ、二言三言応じてすぐに切った。暗い表情に、いい連絡ではないことは感じたが、通訳は丁寧に解説してくれた。

「屋敷の捜索ははかばかしくありません。外部の輸送路でもほとんど引っ掛かっていないようです」

 淡々とした通訳に、そいつの喉をさりげなく絞めてやりたくなる。

 せめてルトが居てくれたら。

 だが、ルトはルトで独自に捜査に出かけているのだろう、こっちも昨日から姿を見せていない。

(風邪をこじらせてるんじゃないだろうな)

 風邪どころじゃない、周一郎が生死の境に居るということを考えたくなくて、あらぬ方向へ意識を向けた。けれど、同時に奇妙な感覚もあった。起こるべきことがまだ起こっていない、もう一つ起こり足りないことがある、そんな感じだ。なのに、それが何なのか、わかりそうでわからなくて苛々する。

(だから留年するのか?)

 いや、留年の2、3年がどうしたって言うんだ、くそ。どうせ、俺は血の巡りが悪いよ、ンナロ。

「滝さん…」

 ガタッ、ガタタッ!

 ノブが回って開いたドアに、俺とハインツは同時に椅子を倒して立ち上がった。入ろうとした朋子が、俺達の剣幕にたじろいだように黙り込む。

 周一郎だと思った。周一郎だと思いたかった。もちろん、周一郎じゃなかった。

 絶望の溜め息ととともに椅子を直して座り込むハインツ、がっくりしつつ、俺は戸口へ近寄った。

「何?」

「え…あの…」

 俺はさぞかしむっつりした顔をしていたのだろう、朋子が困った顔で言いよどむ。気持ちはわかるし、朋子が直接の原因でないのは重々わかってるが、今日は我が儘嬢ちゃんの相手をしている暇はない。俺は朋子の機嫌取りをしなかった。

「きのうは…ごめんなさい」

 朋子がそっと呟いた。

 ああ、本当だ、本当にごめんなさいなんだぞ、何が不満か知らないが、いやそれはいろいろあるんだろうが、人をとんでもない迷路に誘い込んで、あわや殺しかけたばかりじゃない、その間に周一郎がどこかへ行方不明になってしまう事態を作った遠い原因がないわけじゃないんだぞ。

 口から目から溢れそうになった罵倒をかろうじて堪える。

 いや、わかってる、わかってるんだ、朋子を責めたって、どうにもならない。どうしようもない。何の意味もないんだ、そうだぞ、わかってるだろう?

 必死に自分に言い聞かせ、ぶっきらぼうに応じる。

「いいよ。……悪いんだけど、今取り込んでるから」

「周一郎…さんのこと?」

 じわーっと彼女を部屋の外へ追い出そうとするのに気づいたのだろう、朋子は慌てたように尋ねてきた。ハインツがうさんくさそうに朋子を見る。こっちもかなり苛々している。あんまりぐだぐだやってると、ハインツが先に切れそうだ。

「ちょっと…出よう」

 朋子をそっと押し出して、後ろ手にドアを閉めた。

「ねえ…」

「そうだよ」

「みつからないの?」

「ああ」

「滝さん、心配そう」

「心配だよ、あいつ、熱があったんだぞ、あんな体で一体どこに」

 声が高くなりかけて唇を噛んだ。元々死にたがる傾向があるうえに、無茶が大好きときてる。視界に入っていないと、何をやらかしてるやらわからない。体調が悪いときは特にそうだ、周囲に弱みを知られたくないばっかりに、自分を窮地に追い込んじまう。

「滝さん…」

 朋子が唐突に俺を呼んだ。その口調がひどく明るいのに違和感を感じて彼女を見ると、相手は妙な薄ら笑いを浮かべている。

「?」

 何だ、この顔。

「あたし…」

 含み笑いが零れた。無邪気な表情なのに、まるで人形が笑ったような不安感。

「周一郎のいる所、知ってるわよ?」

「…は?」

「こっち…」

「お、おい!」

 影が揺れ動くような頼りなさで、突然朋子は歩き出した。ハインツに知らせるべきかと振り返った瞬間にも、見る見る遠ざかっていく。


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