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古城物語 〜猫たちの時間4〜  作者: segakiyui
6.碧緑の間

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6

「おい! おい!……おーい! ……おー……い…………おいおい…」

 はぁあ。

 俺は深く溜め息をついた。

 はなから確かにこういう結末は見えていたような気がする。気がするのにまた、どうして俺はここに飛び込んじまったんだろうな?

「迷路…か」

 首を捻り、頭をかきむしり、何とか迷路攻略方法なるものを思い出そうとする。

 ずっと昔悪友に引きずり込まれた迷路ではどうやって抜け出ただろう。呆れ返るほど出られなくて、痺れを切らした相手が迎えに来てくれたのではなかったか。

 迷路なんてありふれたものだ、よくあるイベントだ、だがその完全攻略方法となると意外に知られていないんじゃないのか? この際だから、徹底的に思考を重ね、その秘密と謎を暴いてみるか? うまくいけば本でも書けるか?

「……んなわけ、ないか」

 人は迷いたくて迷路に入るのだ。翻弄され、彷徨う自分を楽しみたくて飛び込むのだ。完全攻略方法なんて考えても、誰も読みたがらないだろう。

 それでも必死に考えて、ようやく以前に読んだことのある迷路攻略方法を思い出した。左手法とか言うやつで、左手を片方の壁について迷路の中を歩いていくのだ。時間はかかるが、出られる確率は高いらしい。

 もっとも、迷路にも二種類あって、この方法では出られないものもあるそうだが、それがどんな迷路なのかは知らない。この迷路がそうでないことを祈るしかない。

「…頑張れよ」

 自分を励まし、際限なく続くように思える通路を歩きながら、俺は本当に朋子が玲奈を殺したんだろうかと考えていた。

 もしそうだとして、どうして朋子が玲奈を殺さなくてならなかったのだろう。悟が玲奈に殺されたのがわかったのは、玲奈が殺された後のことだし、その恨みで、というのはあたらないだろう。

 周一郎は何かを知っているようだった。知っていて黙っているようだった。

 なぜあいつは黙っているんだろう。

「にゃぃ」

「ルト?!」

 いきなり聞こえた声に我に返った。

 前からルトがとことこと歩いてくる。まるで俺の居場所を知っていたような確信に満ちた足取り、後光が射しているようだ。ありがたや猫さまルトさまさまだ。急いで小さな姿に駆け寄る。

「助かったぞ、ルト! お前がいないと、俺は未来永劫、ここで迷路遊びを……ん?」

 ルトは駆け寄る俺を一瞬見たが、そのままくるうっと首を回して上を見上げる。

「何を見て……」

 俺もそのまま首をねじ曲げて、

「どわっ」

 驚いた。

 それもそのはず、見上げた天井には、俺の真っ逆さまの像が蝙蝠のように映っていた。

「か、鏡か…」

「んゃ」

 逆さまのルトが頷いたように見える。

 天井にも緑青の石が張ってあると見えたのは、実は天井一面に巨大な鏡があるのを勘違いしていたのだ。

「なるほどねえ……こうしていけば…」

 出口を見つけ、上を向きながら何とか指で迷路を辿っていく。

 そうしてみると、さっき朋子が、俺の様子を逐一わかっていたのも、この仕掛けを知っていたせいに違いない。

「しかしま…なんとも……ん?」

 視界に入ってきた薄暗い四角に目を留める。爪先が半分それにかかっているはずだが、妙にふわふわしていて石の感じがしない。知らなかっただけで、ところどころこうして材質の違うもの、たとえばスポンジみたいなものが置かれているのだろうか。

「、ひえっ」

 一体何だ、と見下ろして、思わず飛び退いた。

 スポンジじゃない、布でもない、ましてや黒く塗った板でもない。

 俺が半歩踏み出していたのは、美しく磨き抜かれた床に唐突に口を開けた落とし穴だった。近くの壁の下には石に筋が入り、動いて擦れた跡がある。

 ひょっとすると、この迷路のあちこちにこういう仕掛けがあるのだろうか、壁が動くと現れる落とし穴が。

「…? 何だ……この臭い…」

 腐ったドブ水のような、いやもっと生臭い不愉快な臭いが立ちのぼってくるのに、そろそろと落とし穴を覗き込む。予想しなくもなかったが、怖いもの見たさで目を凝らして顔を寄せたとたん、より強烈な臭いが鼻をついて目を見開く。

 落とし穴の奥底、薄暗闇に、鈍く光るものがびっしりと突き立っていた。数十本、いやもっとあるかも知れない。どす黒く汚れたそれは、まじまじ見なくても針だとわかる。お約束を果たし過ぎるだろう、白骨化した屍体の成れの果てが、ぐずぐずと崩れた服を身に纏って引っ掛かっている。

「おい…」

 ただの迷路じゃない、んだろう。

 振り向いて迷路を見回す。

 動く壁、揺らめくようなこの色彩、微妙なカーブで構築された通路。

 貴婦人が愛するガラス細工のような小部屋の外見とは裏腹に、知らぬうちに人を狂わせ破滅へ追い詰めていく拷問室のような中身だ。美しい色彩に見惚れ惑い彷徨ううちに、疲れ果て感覚を失い気力を削がれて、突然現れた闇の口を避けることもできずに落下する。それとも、狂気に襲われて自ら身を投げ入れるのか、永遠の安息を求めて。

 上を見上げ、そろそろと後ずさりする。ルトが促してくれ、別ルートの脱出路を見つけて歩き出す。

 朋子はこれを知っていただろうか。知っていて、俺を置き去りにしたのだろうか。あの切なげな泣き顔の裏で、甘える可愛い笑顔の影で、俺がこの落とし穴に落ちてしまう可能性を考えていたのだろうか、それとも…。

 ようよう迷路を這い出した俺は、部屋の入り口の左に、中央の小部屋と同じような鎖が数本下がっているのに気づいた。一番端の一本だけ、色が違うのまで同じだ。

(ここからでも、中からでも)

 この部屋の支配者は迷路の構成を変えることができたのだろう。あの落とし穴に沈んだ誰かは、一体何をしたのだろう。ひょっとして俺と同様、ただ紛れ込んだだけか、それとも…。

「…戻るか」

 ここを愛したという女城主のことを思い出し、俺は粟立った腕を撫でた。


 へろへろ、よろよろ、ぐずぐずと、疲労困憊の見本市をやりながら、俺は何とか部屋に戻ってきた。見たもののショックがでかくて、ベッドに倒れ込んでしばらく死んでたが、周一郎の様子も気になったし、そろそろ立ち直ろうとしていた矢先、周一郎の部屋に行っているはずのルトが飛び込んできた。

「にゃっ!」

 鋭い緊迫した鳴き声に飛び起きる。

「周一郎に何かあったのか?!」

「にゃん!!」

 ルトが身を翻すのに、俺はスライムになりたがる足を引きずって走った。

「周一郎?!」

 部屋に飛び込んだ俺の目に、空っぽのベッドが映る。開け放たれたドア、窓、床の上に踏みつぶされたようなサングラス。

 ベッドは僅かに凹んでいるものの、冷えきってしまっていて、主がいなくなってから、かなりの時間がたっていることを示していた。

 今の周一郎が一人で動けるわけがなかった。気丈には見せていたが、かなり熱もあったようだし、休もうとする度に、ハインツや朋子やらに邪魔されていたのだ、かなりぐだぐだのはずだった。

「周一郎!」

 無駄と知りつつ喚く。

 昼過ぎの陽射しに明るく照らされた部屋の中が、寒々とした嫌なものを俺に押しつけてきていた。


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