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古城物語 〜猫たちの時間4〜  作者: segakiyui
6.碧緑の間

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4

 一体誰が。

 一体誰が、周一郎を狙ったんだ。そして、何のために?

 誰にも言うな、と周一郎は口止めした。薄々誰がやったのか勘づいているような顔、もちろん、俺に解説してくれる気はなさそうだ。

 スープに毒を入れることができたのは、マリーネ、コック、そして、朋子。

 俺の右腕にほんの小さな子どものようにしがみついている朋子を見やる。

 ついさっきやってきて、周一郎から俺を引き離せるのが嬉しくてたまらないと言いたげな顔で、俺を連れ出したのだ。

 何度かふっと聞きそうになった、カッツェがどこにいるのか、気にならないのか、と。朋子の腕に猫はいない、今そこに俺の腕がおさまっている。けど、本当は何でもいいんじゃないのか、ただ温もりがあるものなら、猫であろうと人であろうと、と。

 それはきっと、あまりにも非情な問いかけだっただろうが。

「朋子ちゃん、どこ行くんだい?」

「玲奈さんから聞いてない? 伝説の女城主がとても愛した部屋があるの」

 朋子は俺を見上げて無邪気に笑み綻んだ。

「碧緑の間って呼ばれてるのよ、すごくきれいな部屋」

 俺の腕を離し、先に立って石の階段を降りていく。

「地下にあるのか?」

「うん。かなり広い部屋……ふふっ」

 何を思ったのか、朋子はふいに悪戯っぽく笑った。

「このお城の中でも不思議な所よ。滝さん、勘はいい?」

「どうだかなあ」

「試してあげる」

「俺の勘を?」

「ふふふっ」

 黒ずんで湿った石段を降り切った所に、鉄製らしい、赤錆の浮いた扉があった。表面には、昔はさぞかし見事だっただろうと思われるレリーフが施されてあり、図柄はどうやら、かの有名な『ローレライ』らしい。

「ここ」

 きしむ扉を、朋子は重そうに開けた。促され、朋子の後に続いて入る。

「へ…っ」

 一瞬、水中に放り込まれたような感覚に眩んだ。視界一面に薄青、青、青緑、緑青、薄緑、深緑、さまざまの緑がかった青と青みがかった碧が広がったのだ。

「これ、は…」

 茫然自失から何とか立ち直って、のろのろと周囲を見回す。どこからか光が入っているのだろう、地下にしては明るく、物の形もはっきりと見える。

 俺の立っている2m四方の空間から先は、幾重にも重なり突き出る石の壁で満ちていた。その壁の全てが、目の醒めるような新緑の緑から偶然に湧いた泉の青まで、曲がりくねり入り交じった模様も美しい貴石でできていて、じっと見ているとそのままするする意識が吸い込まれていってしまいそうだ。それだけじゃない、壁どころか、床も天井も、部屋全体がそういった石でできていて、碧緑の間の名前の通りの見事さだ。

「すごいでしょ」

「ああ……すごいな」

「本当はもっとすごいんだから」

 自慢そうに繰り返した朋子が、ついと歩を踏み出した。俺の腕をちょんと突き、いきなりぱっと身を翻して壁の間に駆け込んでいく。

「へ? 何だ?」

「ここね、迷路になってるの!」

 部屋のどこからか、朋子の声が響いた。

「おとうさんがちょっと細工したけど、ほとんど昔のままよ。真ん中ぐらいにね、女城主の肖像画のある小部屋があるの!」

 たたたっ、たたたっ、と駆け回る軽い足音に混じって、朋子は語り続ける。

「あたし、その部屋に居るわ! 滝さん、迎えに来てね!」

「えええっ」

 迷路? 小部屋? つまり何か、この中に俺も入れって?

「そんな無茶な!」

「滝さん、迎えに来ないと、あたしここから出ないわ。小部屋は石造りなのよ、何もないんだから、あたし餓死しちゃうわ」

 いやいや自分から飛び込んだんだから、自分から出てくることぐらいできるだろう、って、そんなことで出てくるような相手ではないか。

「ちょっと待てよ! 俺には無理だって、迷路なんて絶対無理っ!」

「来てよ、滝さん」

 声がぽつりと淋しそうに訴えた。孤独な響き、何もかもなくした少女が、精一杯俺に甘えている、ととれないこともない、かもしれない。

 俺はおろおろして、迷路の入り口を見やった。ご丁寧に3つもある。朋子の入っていったのはどれだっただろう。

「ううう…」

 泣きたくなってきた。こんな迷路を通り抜けられるなら、誰も城のトイレを探して迷うわけだろーが! 入ったら最後、俺の方が骨になるまで出られないんじゃないのか? だが、迎えに来なければ出ないと言われては、迎えに行くしかないんだよな、きっと。

「滝さぁん」

「…わかった、行くよっ」

 ああ、ああ、逝く、逝けばいいんだろう! って文字が違う!

 自棄になって手近の入り口に踏み込む。

「うわっ…」

 瞬間にもう後悔した。遊園地にあるのよりずっとヤバそうだ。重なり合う緑と青、揺れ動いているように見える模様、ひやりと冷たいはずの石壁が息づいて自ら動いていくように見える。しかも直線の迷路じゃない、石の壁は微妙な曲面で削られ、しかもそれが一定の幅じゃなくて立てられ、立てられ……。

「あ…れ?」

 俺はいつの間にか元の入り口に放り出されてしまった。朋子が入ったのとは違う入り口に飛び込んでしまったらしい。慌て気味に残った1つに飛び込もうとして、もろに壁にぶつかって跳ね飛ばされる。

「んが!」

 まっすぐに中へ続いていると思ったのは錯覚、すぐ手前で通路が直角近くに曲がっている。したたか打った頭を擦りつつ、よろよろと立ち直り、今度はそろそろと迷路の中へ歩いていった。

 煌めく光が壁に当たって緑色を跳ね、俺の薄ぼやけた陽炎のような像を別の壁へと映し出す。ドイツへ来てから、とにかくやたらと捻りっぱなしの左脚を引きずって歩いていくと、通路が二手に分かれた。ちょっとずつ先を覗いて、右の方を選び歩いていく。

 揺れる光、揺れる青、揺れる世界、揺れる俺。

「ねえ、滝さん」

「…は?」

 迷路に意識を呑み込まれかけていた俺は、突然聞こえた朋子の声に立ち止まった。

「疲れた?」

「かな……ああ、ちょっとは」

 吐息をつく。どうやら朋子には俺の姿が見えるらしい。再びゆっくりと歩き出す俺に、

「そこ、左に行っちゃだめよ」

 アドバイスが聞こえた。右へ歩いていくと、また呼びかけてくる。

「滝さん」

「ふぁい」

「人生って、迷路みたい。一つ道をまちがえると、何もかも見えなくなって、一度曲がりまちがえただけで、どんどん狂っていっちゃうの」

 そして、もう、戻れないのよね、どんなに願っても、望んでも。

「朋子ちゃん?」

 そのことばに含まれた虚ろさにどきりとした。


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