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古城物語 〜猫たちの時間4〜  作者: segakiyui
6.碧緑の間

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3

「な、に?」

 周一郎は羽織ったガウンをかき寄せ、目を伏せた。

「確かに滝さんは同じ『黒ずくめの服の人間』を見た……でも、同一人物かどうかは見ていません」

「ま、待てよ」

 思わずどもる。

「確かに、そりゃ、そうだが」

 言われてみれば、確かに。浮いた腰をどすん、と椅子に降ろす。

(ってことは?)

「いいですか? 僕達が知ったのは遅かったけれど、悟は事件が起こる前に既に殺されている。殺したのは玲奈、でほぼ間違いないでしょう。死んでいる悟が、敏人と玲奈を殺せるわけがない。誰か第三者が居る、と誰もが考えることでしょう」

 周一郎は目を上げ、次第に眩さを増す陽の光に目を細め、サングラスをかけた。

「だけど、ここで二つの殺人事件が同一犯人の手によるものでなかったとしたら、単に第三者というだけではない、ごく身近に居る、もう一人の人間が犯人になることが可能です」

「え、いや、待てよ」

 俺は頭に閃いた顔にうろたえた。

「玲奈が殺された時、滝さんがその場で見なかった人間。それでいて『黒ずくめの服の人間』がどのような格好をしていたのか、知っている人間」

「けど、あの子は!」

 朋子は、初めて黒ずくめの服の人間を見た時、俺と一緒に居たじゃないか。

 反論しかけて、ようやく周一郎のことばが重みを増して響いた。

『同一犯人の手によるものでなかったとしたら』

 俺は逃げた奴の服を見ただけだった。顔を見たわけじゃない。

 もし朋子が、その敏人殺しにひっかけて、カモフラージュしようとしたのなら、できないことではなかったはずだ。

「でも……どうして玲奈を殺さなきゃならない…?」

 俺は唸った。

「それに、もしそうだとしたら……敏人を殺したのは……玲奈なのか、やっぱり…?」

 玲奈の部屋で見つかったという黒服を考える。

「玲奈が、そんなへまをするとは思えない」

 周一郎は始めの問いを故意に避けるように応じて、軽く首を振った。

「あり得ませんね」

 犯罪の証拠を自室に隠すなんて。

 コン、と思い出したように咳き込む。

「彼女が敏人を殺すつもりなら、もっと万全の準備をしていたでしょう」

「けど、朋子ちゃんは俺と居たんだし!」

「そう、彼女以外で、敏人に警戒させなかった人間です」

「じゃあ、誰が…」

 呟きかけて、みぃん、と小さな鳴き声を聞いた。びくっとする俺の足下にいつの間に入ってきていたのか、カッツェがまとわりついてくる。

「……お前だけかよ」

 一瞬周囲を見回し、戸口の向こうにも誰もいなさそうなのにほっとして、抱き上げる。カッツェはごろごろと喉を鳴らして、俺の腕で落ち着く。ほんと素直で人なつこいよな。主人に半分分けてやればいいのに。 

「……そうか……それじゃあ」

 ハインツも青くなるわな、と思った。

 朋子はきっと捜査対象から外されていただろう。頼りなげで幼い少女に見える、とても人殺しなどしそうにない。それに、二つの事件は同じ男の仕業だと思い込まれていた。根っこのところから、捜査方針の立て直しだ。

「ん…」

 ふと目を上げると、周一郎が物憂げにサングラスを外し、再び横になろうとしている。何気なくスープ皿を見ると、あれから一口も減っていない感じだ。

「こら」

「はい?」

「もう少し食っとけ」

 あーもうーも聞かずに、スープ鍋から新しいのを継ぎ足す。露骨に嫌そうな顔になる相手に、いそいそともう一掬い追加した。

「僕は」

「俺にずっとここで張り付かれたいか? 下の世話まで見て欲しいか?」

「……嫌です」

 ひどく不愉快そうな顔で、溜め息をついて周一郎が起き上がる。

 そうだそうだ、病人は大人しく言うことを聞いてりゃいいんだ。まあ、もっとも、その病人に今何が起こってるのかを解説されてりゃ、世話ないが。

 周一郎がこれみよがしに溜め息をついて、一匙スープを掬って口許へ運んでいくのを、いささか嗜虐的な満足で眺めた。腕の中のカッツェが少しもがいて、ふわりとテーブルへ飛び移り、零れたスープをお相伴とばかりに舐め始める。

 なるほど、厨房がそれじゃ、こいつの飯もあたってなかったのか。

「ぎゃおっ!」

「ひっ!」

 突然、皮を引き剥がれたみたいな声を上げて、何かが戸口、俺の背後から飛び込んできた。青灰色の閃光となって周一郎に飛びかかり、体当たりでスープ皿を弾き飛ばす。

「ルト!」「ルトっ?!」

 中身が床にぶちまけられ、皿が割れて散らばり、スプーンが跳ね飛んで高そうなタペストリーに当たった。

「うわあああっ」

 数百万っ。いや数千万かっ。

「お前一体何だよっ、てか、いつの間に来やがった!」

 周一郎の膝の上で四肢を踏ん張っている猫に喚く。

 ルトはきゅっと鼻に皺を寄せた。牙を剥いて嘲笑うような顔、冴えた金の目でぐい、と俺の視線を誘導する。周一郎も同時にある一点に視線を向け、俺もつられて振り向き、血の気が引いた。

「カッツェ!」

 床に薄茶の猫がひっくり返っていた。ひくっ、ひくっ、と小さな体を痙攣が襲っている。かっと見開いた水色の瞳が見る見る生気を失っていく。髭についたスープ、口許から零れた嘔吐物に、周一郎が淡々と断じた。

「毒物ですね」


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